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社会が直面するさまざまな課題を解決するために、科学技術はどう貢献できるか。この糸口をさぐる試みに、新渡戸文化中学校(東京都中野区)の生徒たちが取り組んだ。科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ2023」で、来場者と一緒にカードゲーム「ひみつの研究道具箱」を通じ、新しい価値・アイデアを生み出すワークショップを実施した。
「ひみつの研究道具箱」は2019年、東京大学生産技術研究所准教授の松山桃世さんらが開発した。カードの表には同研究所で実際に研究開発を進めている最新の科学技術のイラストが描かれ、裏に説明や使い方を示してある。IT、健康、持続社会、安全・安心といった工学のほぼ全てをカバーする分野で52枚。与えられたピンチをこれらの最新の科学技術で乗り越えるアイデアを出すのがミッションだ。
ワークショップ企画の中心メンバーは、新渡戸文化中の3年生を中心とした13人。昨年の「サイエンスアゴラ2022」に参加し、放射線の通り道を観測する霧箱を使った実験教室を行った生徒もいる。教員の蓮沼一美さんの指導の下、東大メンバーと内容を詰め、共同イベントが実現した。生徒たちは定例となっている探究型授業(後述)だけでなく、放課後も議論を重ねたという。
今回のサイエンスアゴラでは、オープンスペースとブースで出展した。19日に開かれたオープンスペースでは、ゲーム開発者の松山さんからカードについて紹介があり、カードの1枚であるスーパーコンクリートを開発した東京大学生産技術研究所准教授の酒井雄也さん(土木工学)がその技術について説明した。
5グループに分かれた参加者は課題を解決するアイデアを考え、研究者と参加者が相互に意見交換する体験をすることを目標とした。生徒たちは、進行役、研究者と参加者の対話を促すファシリテーター役となった。
松山さんは「研究者は研究室にこもりがち。一般の私たちが何を問題に思っているかを研究者に伝えたいという思いで科学コミュニケーションを実践している」と話す。だれでも、どこでも、科学技術が好きでなくでも考えられるカードを開発したといい、「カードの内容はSFではなく今の技術。組み合わせて考えることで新しいイノベーションが生まれるので、自由に発想して襲いかかるピンチを回避してほしい」と参加者に話した。
酒井さんは研究テーマのスーパーコンクリートを紹介した。がれきやゴミ、植物までも原料とすることができ、十分な強度がある。一般のコンクリートに不可欠なセメントは作るのに膨大なエネルギーを要しており、大量の二酸化炭素(CO2)を排出している。スーパーコンクリートを活用すれば、地球温暖化というピンチに立ち向かえる可能性があるという。
酒井さんは何度か一般の人とのワークショップに参加しているが、「土木分野の専門家と話しているとどうしても価格面の話になる。一般の方からは生活のどこで役立てたいかという応用面での意見をもらえる」と述べた。
18、19日の両日開かれたブースでは、1組ずつ約10~20分でカードゲームを行った。参加者が自らピンチを考えて回避する方法を考えた。使えるカードは52枚からランダムに選んだ5枚のみ。5つの科学技術をどう使ったらいいか考えて、出てきたアイデアを付箋に書き出していく。生徒たちはこちらでも、参加者の発言を引き出すファシリテーター役となった。
「女性が働きやすい社会でないこと」をピンチにしたグループからは「子育て世代の困り感をリアルタイムで届け、政策に!」「女性視点を活かした研究を紹介」「男性の考え方を固定概念から脱却させる為にも、リモート在宅ワークを進める」といった多彩なアイデアが出された。
筆者が事前に体験してみて、気づいたのは自分の発想力のなさ。ピンチすら思いつかず、生徒が用意していたテーマをつかう有様だった。アイデア出しでも、筆がまったく進まない。生徒たちが科学技術について説明し、考えるヒントもくれたことで、新しい科学技術を知ってようやく新しいアイデアが生まれたしだいだ。
生徒たちとの対話がスムーズでアイデアが出しやすかったことを伝えると、「人の意見を聞くということを『ラボ』活動(後述)の中で学んだ」とみんなが口をそろえて言っていたことが印象的だった。
戻ってアゴラ会場では、カードゲーム体験の最後に「POST」が待っていた。普段なかなか会うことができない研究者に思いを届ける仕組み。自分が使った科学技術について気になったことや研究者について伝えたい一言を書いて届ける狙いだった。3年生の瀧野由香子さんは「元々人と話すより実験が好き。人見知りだったが初めての人とも話せるようになり、今回出てきた意見を研究者と一緒に具体化する活動もしてみたいと思った」と語った。
今回のワークショップについて、オープンスペースでファシリテーターを務めた3年生の瀬川裕行さんは「スーパーコンクリートの研究者が直接参加者へ技術について伝えてくれたことでスムーズにアイデアが出てきた。堅実であるだけでなく面白い発想が生まれた」と振り返る。活動報告をした同学年の荒深歩さんは「ブースではピンチも参加者に自由に考えてもらうことで本心が伝わるアイデアが生まれて良かった。多種多様な意見を聞くことで自分自身も成長してきている」と胸を張った。
生徒たちの企画を支えた蓮沼さんは、日本科学未来館の科学コミュニケーターだった経験を生かし、今年度、松山さんの研究室と連携。サイエンスアゴラへの参加など科学コミュニケーションを取り入れた実験教室「ラボ」を立ち上げた。今年度の前期では「ひみつの研究道具箱」を使い、生徒自身がアイデアを作り研究者の前でプレゼンした。後期では前期の学びをさらに深めるためサイエンスアゴラに出展した。
新渡戸文化中学・高校では、生徒の主体性と創造性を最大限に引き出すため、毎週水曜日を終日、教科横断型の探究型授業「クロスカリキュラム」に充てている。このカリキュラムでは、年度当初に生徒たちに学びを深めたい分野についてアンケートをとり、それに応じて教員たちがそれぞれの専門性を生かしたラボを立ち上げる。生徒たちは学年混合で様々な分野のラボに参加する仕組みだ。
蓮沼さんは「クロスカリキュラムは、生徒の意思で学びを深めていくことができる仕組みです。『卒業するまでに100人の大人と出会う』ということも目標としており、東大生産研と連携しアゴラへ参加することなど学校内にとどまらない開かれた取り組みを考え、生徒が実社会とつながり行動できるようなラボを作りました」と、教員自らも工夫し進めていることをアピールした。