天然の接着剤 工芸品から医療まで用途が広がる【今に息づく 和の伝統】

2023.11.17 From Science Portal

漆で割れた陶磁器を接着する金継ぎ(きんつぎ)は、人気の漆工芸だ
漆で割れた陶磁器を接着する金継ぎ(きんつぎ)は、人気の漆工芸だ

 「今に息づく 和の伝統」の第3回は、生物由来の素材による接着をクローズアップする。日本では昔から壊れた陶磁器などの破片を接着する金継ぎに樹液由来の漆が用いられてきた。この漆がどのようにして接着剤となるかを探るとともに、別の生物由来の接着剤であるニカワの最新研究を追った。

金継ぎでの接着剤は漆

 賑やかな東京の下町の一角、漆専門店の播与漆行(はりよしっこう)が主宰する金継ぎ教室では、十数人の受講生が欠けたり割れたりした食器や茶器を手にしていた。「金」継ぎというのに、金を手元に置いた人はごくわずか。破片に竹ベラで漆を塗っていたり、漆と粉をヘラで練っていたりと、漆を扱う人が多い。実は、陶磁器の破片をくっつけるのは金ではなく漆なのだ。

播与漆行での金継ぎ教室。修復方法や工程は器によって違うため、受講生は自分のペースで作業する
播与漆行での金継ぎ教室。修復方法や工程は器によって違うため、受講生は自分のペースで作業する

 播与漆行は漆芸教室を60年以上続けていて、金継ぎに特化したクラスを開講したのは2006年のことだ。漆による接着は縄文時代にさかのぼるともされ、茶の湯が発展した戦国時代から江戸時代にかけて金継ぎの技術が誕生したとみられる。金継ぎは複数の工程に分けて漆を塗り重ねることが必要で、各工程で漆を乾かすのに数週間かかることもある。「すぐに完成しないからこそ、慌ただしい現代社会においては魅力に感じられるのかもしれません」と同社代表取締役の箕浦和男さんは微笑む。

破片がくっつく鍵は重合反応

 漆はウルシという落葉樹の幹を傷つけてそこからしみ出す樹液を集めたものだ。主成分はウルシオールという樹脂分。もともとはとろりとした液体だが、高温多湿の環境でウルシオールに含まれるラッカーゼという酵素が働き、空気中の水分から取り込んだ酸素とウルシオールとの酸化反応によってウルシオールが高分子樹脂に変化する。このように複数の分子が結合して分子量の大きな化合物をつくることを重合反応(じゅうごうはんのう)と呼び、それによってまるで漆が乾くかのように液体だった漆が硬化する。

 陶磁器の接着はこの反応を利用する。土を焼き固めた陶磁器は内部に細かい穴を多く含む多孔性物質で、破片の断面はザラザラしており、漆を塗ると表面に出た小さな穴に液体状の漆が入り込む。時間がたつと漆は固まり、ミクロなレベルで破片と漆が物理的に食いつく。

 では、金継ぎはどのような工程だろうか。講師の1人である漆芸家の松田環さんは、まず準備段階で重要なこととして「器を水などでよく洗うこと」を挙げた。割れた器には割れる前に入れていた料理や汁の油分や塩分が付着していることが多い。油分や塩分がついたままの状態で漆を塗るといつまでも液体状で乾かないため、事前に確実に汚れを取り除いておく必要があるのだ。

 また、割れた破片同士をいきなり漆で接着するのではなく、その前に下地となる漆を塗る「漆固め」と呼ばれる工程が必要だ。割れたり欠けたりした断面のすべてにウルシの木から採取した樹液を精製した透漆(すきうるし)を塗り、1日ほどかけて乾かす。磁器のように表面がツルツルしたものを接着する時には表面をやすりで削って傷をつけて漆を塗るといった工夫もあり、「漆が器の断面にしっかりと馴染み、完全に乾燥したことを確認してから、次の接合工程に進むのがポイントです」と松田さんは話す。

修理する食器の状態などによって金継ぎのやり方は微妙に異なる。受講生と話しながら松田さん(中央)はそれぞれに合った指導をしている
修理する食器の状態などによって金継ぎのやり方は微妙に異なる。受講生と話しながら松田さん(中央)はそれぞれに合った指導をしている

漆に小麦粉や木粉などを混ぜて接着強度を高める

 いよいよ破損部分の修復作業に入る。漆だけでも接着効果はあるが、接着の強度やスピードを増すために、透漆に少量の水で練った小麦粉を混ぜて麦漆(むぎうるし)をつくる。

割れた破片同士を漆で接着する工程
割れた破片同士を漆で接着する工程

 麦漆は破片の断面に竹ヘラで薄く均一に塗り、30分ほど自然乾燥させる。完全に乾ききる前に破片同士を接着し、マスキングテープで固定。そのまま2~3週間おいておくと接着する。

 破片をくっつけるのではなく、器の欠けた部分を補修するときには刻苧(こくそ)付けを行う。部分補修用のパテとなる刻苧漆をつくり、欠損した部分に埋める作業だ。刻苧漆は、透漆に木粉や繊維を混ぜ合わせてつくる。そうすることで、小麦を混ぜてつくった麦漆よりも高粘度の漆のパテができあがる。竹ヘラで刻苧漆を欠けた部分に埋め込み、形を整えたら、2週間ほどかけてしっかりと乾燥させる。

器の欠けを補修する刻苧付けの工程
器の欠けを補修する刻苧付けの工程

 ここまでの工程で、破片の接着や欠損部分の補修は終えたことになる。このあとは、美しく仕上げるための「錆漆付け(さびうるしづけ)」、「塗り」、「金粉蒔き(きんぷんまき)」といった工程を経て、金継ぎは完成する。金継ぎとはいえ、金は装飾的な意味合いが強く、器のアップサイクルにつながる。

松田さんのクラスの受講生の金継ぎ作品(播与漆行提供)
松田さんのクラスの受講生の金継ぎ作品(播与漆行提供)

漆の乾燥には湿度が必要?

 漆を使った接着や補修では、漆が乾燥することで破損部分をしっかりと固定・補填する。一般的に「乾燥」と言えば高温・低湿の環境下で進むものだが、漆の場合は高湿度(60~80パーセント)と一定温度(20~30度)内である必要があり、温度が40度を超えると乾かなくなる。

 播与漆行の金継ぎ教室では壁の棚が「漆風呂」という乾燥の場となっており、修復途中の受講生の器がたくさん並んでいる。漆風呂は温度20~30度・湿度60~80パーセントに保った「湿し(むし)風呂」と、常温常湿のままの「空(から)風呂」の2つに分かれており、どちらを使うかは工程によって異なる。「トレイの底に濡れタオルを敷いたり、霧吹きで水をかけたり、カーテンで覆ったりして湿度を調整しています」と松田さん。

 「水分の蒸発によって起こる通常の乾燥とはメカニズムが違うのです。科学的に話すと難しいですね」と、箕浦さんは横で笑いながら「もっとややこしくなりますが、漆は40度を超えると乾かない一方で、実は100度超の高温では乾くという、一見すると矛盾した特性も併せ持っています」と続けた。金継ぎ教室ではこの特性を利用し、電気炉を使って漆を強制乾燥させて時間短縮を図っている。

受講生の作品をチェックする松田さん(左)と箕浦さん
受講生の作品をチェックする松田さん(左)と箕浦さん

 このメカニズムについて、生物由来の物質による接着に詳しい物質・材料研究機構バイオポリマーグループリーダーの田口哲志さんは「ウルシオールの分子構造はカテコール基を含んでいます。100度超の高温では、カテコール基に含まれる水素原子(H)と水酸基(OH)が離脱し、分子と分子が新たな化合物をつくる脱水縮合が起きている可能性があります」と話す。

ニカワも古くからの接着剤

 金継ぎでは漆を接着剤として使うが、ニカワも古くから絵画をはじめ建造物や工芸品、楽器などを接着するのに使用されてきた。動物の皮や骨、爪を煮出した液体を分離、冷却、乾燥させてつくる。水につけて加熱して溶かして使う接着剤として、長く利用されてきた。高温では液体のように振る舞う一方で低温になるとゲル(ゼリー)状になる性質を使い、漆と同じようにくっつけたいものを物理的に食いつかせるのだ。

 そして今、田口さんはニカワを精製して純度を上げたゼラチンを使った医療用接着剤の研究を進めている。医療用接着剤とは外科手術において血管の破れや臓器に空いた穴をふさぐために使われるもので、その肝となるのがスケソウダラの皮から抽出したゼラチンである。

 生体由来の医療用接着剤には、すでにブタから抽出したゼラチンで作られたものが存在していたが、ブタ由来のゼラチンは常温でゲル化する。実際に外科手術の現場で使用する際にはいったん加熱する手間がかかるため、緊急手術では使い勝手がよくなかった。田口さんは「常温でもゲル化しないゼラチンを探し求めて、魚のスケソウダラにたどり着きました」と語る。

哺乳類(ウシ、ブタ)や魚(ティラピア、タラ)に由来するゼラチンとゲル化温度の関係。スケソウダラはウシやブタなどよりゲル化温度が低く、常温でも液体となる(田口さん提供)
哺乳類(ウシ、ブタ)や魚(ティラピア、タラ)に由来するゼラチンとゲル化温度の関係。スケソウダラはウシやブタなどよりゲル化温度が低く、常温でも液体となる(田口さん提供)

生物由来の接着剤はメリット大

 田口さんはスケソウダラ由来の医療用接着剤の実用化に向けて研究に取り組んでおり、「今後3年以内で実用化にこぎつけたい」と意気込んでいる。そのメリットはコストがかなり抑えられること。化学合成したものよりも1000分の1、1万分の1くらいのコストで接着剤をつくることができる。スケソウダラは身や卵、白子、油などが食品や加工品として利用されているが、骨や皮はほとんど廃棄されている。加工後の廃棄される部分が接着剤になるので、資源の無駄もない。

 伝統工芸である金継ぎに使われる漆、日進月歩の医療分野での応用が期待されるニカワ。私たちの暮らしを豊かで安全なものにする、生物由来の接着剤の可能性は計り知れない。

箕浦 和男
株式会社播与漆行 代表取締役
播与漆行の6代目当主で、一般社団法人日本漆工協会理事、全国漆業連合会副会長などを歴任。漆アドバイザーとして漆文化の継承、振興に尽力する。

松田 環
漆芸家
東京藝術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了。修了作品がNippon Paint Good Luck Award 受賞。播与漆工芸教室では金継ぎの専門クラスを担当。天然漆を使い日本古来の手法で器を美しくリユースする作品作りの楽しさを伝える。

田口 哲志
物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター バイオ材料分野 バイオポリマーグループ グループリーダー
鹿児島大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2002年に物質・材料研究機構に入所し、2023年4月より現職。日本接着学会理事、2022年日本接着学会賞、2010年つくば奨励賞、2008年文部科学大臣表彰 若手科学者賞他。

関連リンク

株式会社播与漆行
松田環
物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター バイオ材料分野 バイオポリマーグループ

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