光を使い神経回路の謎を解く 手法開発した日本国際賞の2人

2023.06.03 From Science Portal By 草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 手足を動かして行動したり、物事を考えたり覚えたり。脳を中心に、体に張りめぐらされた神経細胞は、情報交換を驚異的スピードで行い、ヒトをはじめ動物のあらゆる活動を支えている。言うまでもなく重要ではあるものの、極めて複雑で謎が深い。その解明を目指す神経科学に一大変革をもたらしたのが、光に反応するタンパク質を使って神経回路を調べる技術だ。これを編み出した功績で今年の日本国際賞「生命科学」分野に選ばれた海外の2人の研究者は、記念講演で「さまざまな努力により、神経科学者の仕事は根本的に変わってきた」などと、研究の歩みを振り返った。

日本国際賞を受賞したゲロ・ミーゼンベック氏(左)とカール・ダイセロス氏=4月14日、東京都千代田区
日本国際賞を受賞したゲロ・ミーゼンベック氏(左)とカール・ダイセロス氏=4月14日、東京都千代田区

神経回路研究、限界あった従来法

 受賞した英オックスフォード大学のゲロ・ミーゼンベック教授(57=オーストリア)と、米スタンフォード大学のカール・ダイセロス教授(51)は4月に開かれた授賞式に合わせて来日した。講演では、授賞理由となった「遺伝子操作可能な光感受性膜タンパク質を用いた神経回路の機能を解明する技術の開発」の経緯や仕組みをそれぞれ、詳しく説明した。

電気刺激や薬剤投与で神経細胞の活動を変化させる従来法では、狙った細胞以外の活動も変化してしまうなどの限界があった(国際科学技術財団提供)
電気刺激や薬剤投与で神経細胞の活動を変化させる従来法では、狙った細胞以外の活動も変化してしまうなどの限界があった(国際科学技術財団提供)

 講演内容や同賞を運営する国際科学技術財団の資料などによると、脳には800億とも1000億ともいわれる神経細胞があり、さまざまな回路を作って個体の活動を支えている。回路と具体的な機能の対応関係は、まだまだ解明の途上にある。長く行われてきた実験の手法には、電気刺激法と薬剤投与法などがある。

 電気刺激法は、脳の特定部位に電極を挿し、電気を流して刺激することで、その部位の神経細胞を活発にしたり不活発にしたりして、行動の変化をみる方法だ。短時間の反応を調べられる半面、周辺の細胞にも影響を与えてしまい、目的の細胞に絞って役割を調べるのが難しい。また薬剤投与法では、薬が拡散して目的の神経細胞に働くのに時間がかかり、刻々と変化する神経活動を調べるのに限界があった。

生きた動物の、狙った細胞だけ

講演するミーゼンベック氏=4月12日、東京都千代田区
講演するミーゼンベック氏=4月12日、東京都千代田区

 こうした問題を解決すべく、光を使って神経細胞を操る仕組みを考え、まず実証してみせたのがミーゼンベック氏だ。講演では冒頭、自身のファーストネームのゲロが日本の人気漫画「ドラゴンボール」の登場人物名でもあることに触れ、「私がやっているように、彼は世界征服を企む悪者だ」とユーモアを交えて語りかけた。

 ミーゼンベック氏は2002年、ショウジョウバエの目の細胞にある光を感じるタンパク質「ロドプシン」など3つの遺伝子を、ラットの脳の奥深くにある部位「海馬」の神経細胞に発現させた。ここに光ファイバーで光を当てると、神経細胞の活動を自在に制御できることを発見した。ロドプシンが光を感じると、細胞膜にある門が開いてイオンが出入りし、活動電位が生じて神経細胞が活発化するためだ。

 2005年にはこれを生きたショウジョウバエで試し、飛んだり羽ばたいたりさせることに成功した。08年には、ショウジョウバエのオスに求愛行動を起こさせることにも成功し、この神経回路網を解明した。

2人の成果の概念図。光に反応するタンパク質を特定の神経細胞に発現させておくと、光を照射することで狙った神経細胞だけの活動を制御できる(国際科学技術財団提供)
2人の成果の概念図。光に反応するタンパク質を特定の神経細胞に発現させておくと、光を照射することで狙った神経細胞だけの活動を制御できる(国際科学技術財団提供)

 それまでの電気刺激法や薬剤投与法とは違い、狙った細胞だけに働きかけ、生きた生物の行動の変化をみることができる。神経回路と行動の因果関係が分かる画期的な方法として大きく注目された。

 DNAの二重らせん構造の発見で知られるフランシス・クリックは、2000年頃の論文で「神経科学が脳を理解するため、行動する動物で神経細胞の活動を迅速にオン、オフできる必要がある」旨を説いている。同様に感じていたミーゼンベック氏がこれを実現するための実験を行い、プレプリント(査読前論文)をクリックに送付。するとクリックは返信をくれ、「非常に興味深く読み、仕組みがある程度機能していることに興奮しているが、まだ改善が必要だ」などと、励ましと建設的な批判を与えてくれたという。

より簡単に…「光遺伝学」創始

講演するダイセロス氏=4月12日、東京都千代田区
講演するダイセロス氏=4月12日、東京都千代田区

 別の手法により、ミーゼンベック氏の方法をより簡単にして発展させたのがダイセロス氏だ。緑藻類が持つタンパク質「チャネルロドプシン2」に着目した。これは光を感じるロドプシンと、イオンが出入りする門を兼ね備えている。また、光を当ててから門が開くまでの時間が非常に短く、ミリ秒単位。たった1つの遺伝子を導入するだけでよく、神経活動をより精密に制御できる。

 ダイセロス氏は2005年、培養したラットの海馬の神経細胞にチャネルロドプシン2を発現させ、これを実証した。その後は生きたマウスでも、脳波を生じる神経細胞の集団や、社会性のある行動や学習を制御する神経活動の仕組みを解き明かすなど、成果を上げている。

ダイセロス氏が開発した手法。光を照射するとチャネルロドプシン2(ChR2)の構造が変化し、イオンの通り道の門が開く。イオンが細胞の内外を移動し膜電位が変化し、活動電位が誘発され情報が伝わる(国際科学技術財団提供)
ダイセロス氏が開発した手法。光を照射するとチャネルロドプシン2(ChR2)の構造が変化し、イオンの通り道の門が開く。イオンが細胞の内外を移動し膜電位が変化し、活動電位が誘発され情報が伝わる(国際科学技術財団提供)

 この技術が発展し、さまざまな機能を持つチャネルロドプシンが開発されている。基礎研究から神経疾患の治療法の開発まで、応用範囲が拡大。緑藻類の遺伝子の利用がこの技術を飛躍させている。ダイセロス氏はこうした成果を通じ「光遺伝学」を創始し、神経科学に大変革をもたらした。

 ダイセロス氏は講演の冒頭で「この研究の物語は、単細胞である非常に小さなバクテリアや藻類から、人間の脳のような複雑で大きな構造にまで及ぶ。これらをまたいで理解することは、神経科学の非常に強力なテーマで、私たちが自らを深く理解するのに役立つ」と前置きした。続いて「数十億年前、生命がエネルギーを作るために光を集めた最初期には、単細胞生物の多くで、光に応答してイオンが膜を横切って移動していた」と説明。光に応じたイオンの動きが太古からのものであることなどに触れ、聴衆の関心を惹きつけていた。

 今年の日本国際賞にはこのほか「エレクトロニクス、情報、通信」分野で、半導体レーザー励起光増幅器の開発などで光ファイバー網の長距離大容量化に貢献した日本人2人も受賞した。同財団によると、2分野とも光がテーマになったのは全くの偶然という。とは言え、光が現代の科学技術のキーワードであることは疑いなく、多彩な分野で重みを増していることを象徴する授賞となった。21世紀の今こそ、18~19世紀の大詩人ゲーテが言ったという「Mehr Licht!(もっと光を!)」の時代なのだろう。

 

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