琥珀の新たな付加価値を求めて【地面の下のたからもの】

2023.04.27 From Science Portal

木村さんの研究室で使用している久慈産琥珀(こはく)の粉末(右)と琥珀のメタノール抽出物(左)。囲みの写真は琥珀の原石(久慈琥珀提供)
木村さんの研究室で使用している久慈産琥珀(こはく)の粉末(右)と琥珀のメタノール抽出物(左)。囲みの写真は琥珀の原石(久慈琥珀提供)

 特集「地面の下のたからもの」では、地中に眠っている資源に注目し、その価値や新たな利用方法について紹介する。第1回の「たからもの」は岩手県久慈市周辺で産出される琥珀(こはく)。有名な宝石だが装飾品として使えるのは採掘したうちのほんの一部だ。そこで、岩手大学農学部教授の木村賢一さんらは、地球から人類への素敵な贈り物である琥珀のもつ生物活性物質を探索して新たな付加価値を追求し、琥珀エキスを配合した商品の開発も進めている。

太古の植物樹脂の化石

 宝石として世界中で珍重されている琥珀。その正体は、太古の植物樹脂の化石である。

 樹脂は樹皮などが損傷した際に補修のため分泌される。それが倒木などで地上に落ち、川から海へ流されたり再び陸地に流れ着いたりして、気の遠くなるような年月を経て化石化し琥珀となる。初めの段階で樹脂の中に植物の葉や昆虫が入ることもあり、それらは当時の生態系を伝える貴重な資料となっている。

 琥珀は世界各地で見つかっているが、産地のほとんどは海岸近くだ。琥珀は真水よりは重いが飽和食塩水よりは軽く、この微妙な比重の違いにより、海に流された琥珀が荒天時に打ち上げられた結果とも考えられる。また、商業利用できるだけの埋蔵量があるところは少なく、ポーランド、ロシア、リトアニアのバルト海沿岸地域、カリブ海に浮かぶドミニカ共和国、そして久慈市周辺が三大産地とされている。

世界の三大琥珀の産地と特徴(写真は久慈琥珀提供)
世界の三大琥珀の産地と特徴(写真は久慈琥珀提供)

久慈市の特産品として今も採掘

 久慈市周辺の琥珀はナンヨウスギ科の植物の樹脂が化石化したものだ。およそ9000万~8600万年前、恐竜が繁栄していた白亜紀後期の地層から発見されており、琥珀の採掘で恐竜の化石が見つかることもある。一方、バルト海沿岸やドミニカ共和国の琥珀は恐竜が絶滅した約6600万年前よりもはるかに後のもので、恐竜の化石と一緒に見つかることはない。

久慈産の琥珀は他のおもな産地よりも年代が古い
久慈産の琥珀は他のおもな産地よりも年代が古い

 装飾品としての利用は旧石器時代から行われており、約2万年前の遺跡から琥珀製の小玉が見つかっている。古墳時代には近畿や中国地方にも琥珀製品が広がり、分析により久慈周辺で産出されたものと判明した。また、奈良の東大寺でも琥珀玉が出土しており、これも久慈産の可能性が高いそうだ。江戸時代には南部藩が特産品として採掘を奨励し、江戸や京都など各地に輸出した。

久慈琥珀博物館に展示されている久慈産としては最大の琥珀の原石。重量は約10キログラム
久慈琥珀博物館に展示されている久慈産としては最大の琥珀の原石。重量は約10キログラム
久慈琥珀博物館の裏手にある坑道跡。ここでは大正時代まで採掘が行われていた
久慈琥珀博物館の裏手にある坑道跡。ここでは大正時代まで採掘が行われていた

 琥珀利用の歴史や文化を継承し、その魅力を全国に発信するため1981年に設立されたのが久慈琥珀(久慈市)だ。この会社では採掘から販売まで一貫して行い、代表取締役社長の新田久男さんは「今でも宝石を商用として採掘しているのは極めて珍しく、国内でも当社だけでしょう」と語る。

 同社が運営し新田さんが館長を務める久慈琥珀博物館では、琥珀の特性や利用の歴史について学べる他、さまざまな体験メニューもある。4月中旬~11月に実施される採掘体験では、4キログラムを超える巨大な琥珀や、恐竜など白亜紀の動物の化石も発見されたという。

発掘体験の様子(久慈琥珀提供)
発掘体験の様子(久慈琥珀提供)

「ケミカルバイオロジー」に基づく共同研究

 琥珀に関わる新田さんたちには、実は長く抱えている問題があった。せっかく琥珀を採掘しても装飾品として利用するのは35パーセントほどで、残りの約65パーセントは使い道がなかった。「もったいない」と感じていた新田さんは岩手大学農学部の当時助教授だった木村さんに相談した。

研究室の学生を優しく見守る木村さん
研究室の学生を優しく見守る木村さん

 木村さんは民間企業で18年近く生物活性物質の研究に携わった後、大学教員に転身して岩手大学に赴任。化学を用いて生命現象を探る「ケミカルバイオロジー」によって、天然資源がもつ化学構造や生物活性を分析して新規の物質を見つけ出す研究をしている。「岩手は非常に広い県で、植物や海藻や山菜など多様な資源があります。私たちが取り組んでいるのはそれらの可能性を探る、世界でもオンリーワンの研究です」と木村さんは説明する。

 実は、琥珀は昔から装飾品だけでなく香料や塗料、医薬品などにも用いられていたほか、燃やして家畜の虫よけとして活用していたという。また、琥珀に含まれるコハク酸は、一部医薬品や化粧品、食品添加物やサプリメントでも使用が認められている。琥珀を化学的に分析すれば、可能性や活用法は他にも広がりそうだ。

 相談を受けた木村さんは「現代の植物からはこれまでさまざまな生物活性物質が発見され、医療の進歩に貢献しています。だから太古の植物の樹脂の化石である琥珀には、コハク酸以外にも役立つ物質があるのではないか。ぜひ構造や活性を調べてみたいと思いました」とのことで、共同研究がスタートした。2006年のことだった。

 ちなみに、新田さんは岩手大学の別の研究者とも共同研究を行い、それまで使い道がなかった琥珀の細かいかけらをいったん粉末にしてから精製し成形する新技術「リファインドアンバー」を開発。現在は装飾品や筆記具などに成形品が用いられている。こちらも「もったいない精神」によって生み出された技術と言えるだろう。

新規物質の抗アレルギー作用、動物で確認

 木村さんたちは琥珀の粉末を入手し、メタノールを用いてそれを抽出。遺伝子を変異させて病気の状態にした酵母を使用し、活性の有無を調べた。酵母が生育して元気な状態に戻れば、人の病気の予防や治療への効果が期待できる。

ケミカルバイオロジーの内容(木村さん提供の資料をもとに編集部作成)
ケミカルバイオロジーの内容(木村さん提供の資料をもとに編集部作成)

 研究を進めていくうちに、久慈産の琥珀にはこれまで見られなかった構造を有する物質が多く含まれていることが明らかになった。「バルト海沿岸やドミニカ共和国の琥珀の生物活性物質は、ほとんどが現代の植物からも単離される物質だったのに対し、久慈産の琥珀はおよそ8割が新規物質でした。」と木村さん。

 病気の酵母を元気にすることがわかり、ヒトでも高血圧やがん、免疫抑制やアレルギー、2型糖尿病やアルツハイマー型認知症などさまざまな疾病に対する効果の可能性が考えられた。それらの中から標的を絞っていくのだが、「久慈琥珀で琥珀の加工に携わる方々には花粉症の人がいないという話を聞いたことがあったんです。科学的な根拠は全くないのですが、琥珀の粉には抗アレルギー作用があるのではないかと推測し、最初に調べてみました」と木村さんは言う。

 これが見事に的中した。マウスでかゆみ、モルモットで鼻詰まりについて既存の臨床点鼻薬と比較して調べたところ、かゆみ対する効果はほぼ同等、鼻詰まりの抑制効果は約5倍であることを確認した。「アレルギー患者に優しい日用品やヒト向けの医薬品としても可能性を探っていきます」(木村さん)。

木村さんの研究室では、学生たちがさまざまな天然資源の可能性を探っている
木村さんの研究室では、学生たちがさまざまな天然資源の可能性を探っている

クジガンバロールの命名で被災地に元気を

 こうして研究は着実に進んでいたが、2011年3月11日に東日本大震災が発生。内陸にある久慈琥珀博物館は無事だったものの、沿岸部は津波によって甚大な被害を受けた。

 そこで木村さんは「機能性物質の研究を一刻も早く実用化して、地域を元気づけたい」と思った。そして翌年、抗アレルギー作用をもつ新規物質を論文で発表し、Kujigamberol(クジガンバロール)と命名。Kujiは久慈、amberは琥珀、olは水酸基を示す接尾語で、Kujiとamberの間にgを加えて「久慈頑張ろう」と読めるようにした。「自分で名前を付けられるのも新しい物質を見つける楽しみの一つです」と木村さんは語る。

 また、化粧品企画開発の実正(東京都足立区)と共同で商品開発を進め、化粧品に関わる生物活性も見いだし、2015年には久慈産琥珀の抽出エキスを含む化粧品の商品化を達成した。

Kujigamberolの化学構造(木村さん提供)と久慈産琥珀エキス入りの化粧品(久慈琥珀提供)
Kujigamberolの化学構造(木村さん提供)と久慈産琥珀エキス入りの化粧品(久慈琥珀提供)

誰もが偉大な発見者になり得る

 木村さんは研究についての発信や啓発活動にも力を入れており、特に高校での出前講義は依頼が多く積極的に行っている。総回数は50回近くにもなり、出前講義を聴いて岩手大学農学部に進学した学生もいるという。

 若い世代へ向けた発信の重要性を感じているのは、新田さんも同じだ。「採掘体験に来た高校生がティラノサウルスの歯の化石を見つけたことがありました。こうしたすごい発見をするのは、ほとんどが小さなお子さんや中学生、高校生なんです」

 地面の下に眠る資源には、大いなる可能性がある。そして、その可能性を掘り起こすのは研究者だけではない。好奇心や探求心があれば、誰もが偉大な発見者になり得るのだ。土壌から発見した新種の放線菌を元に、画期的な抗寄生虫薬を開発した北里大学特別栄誉教授の大村智先生のように。

モンゴルからの留学生も木村さんの研究室で学ぶ
モンゴルからの留学生も木村さんの研究室で学ぶ

木村賢一

木村賢一

岩手大学農学部応用生物化学科教授/岩手大学大学院連合農学研究科長
東北大学大学院農学研究科農芸化学専攻修士課程修了。民間企業に勤務後、岩手大学農学部農業生命科学科食品健康科学講座助教授、同准教授を経て、2010年より現職。22年より連合農学研究科研究科長を兼任。

 

 

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