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1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。
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インドールやベンゾフランに代表される五員環芳香族ヘテロ環(ベンゾヘテロール:図1A)は、天然物、医薬品、有機材料などにみられる有用な構造単位であり、その合成法の開発は長年にわたり精力的に行われてきた[1,2]。なかでも、金属触媒存在下、アリールハライドやアリールメタル種とアルケニル基との分子内カップリングが極めて有効な手法として広く活用されている (図1B)[3]。しかしこの方法では、芳香環のオルト位にハロゲンまたは金属置換基をあらかじめ導入しなければならない。
そこで、筆者らは、アルケニル炭素から芳香族炭素への1,4-金属移動を伴う反応を利用して、官能基の導入工程を簡略化したベンゾヘテロールの合成法を考案した (図1C)。本戦略では、出発原料として、モノ置換ブロモアルケン(Ar-XCBr=CH2)を用い、Pd触媒を作用させれば、①C–Br結合の酸化的付加、②1,4-Pd移動、③分子内カルボパラジウム化(C=C結合への付加)、④b-水素脱離、という一連の反応を経て、ベンゾヘテロールが合成できると考えた。モノ置換ブロモアルケンは臭素化と脱離により容易に調製可能であり、Xを変えることで多様なベンゾヘテロール合成へと展開できる。1,4-金属移動を伴う環化反応は、林らによる、Rh触媒を用いたアリールプロパルギルアルコールの環化反応など、いくつかの例が知られており、合理的な戦略であると考えられた[4]。
実際反応を行ったところ、高収率でベンゾヘテロールが得られ、当初の予想通り1,4-Pd移動を伴う連続反応が進行したと考えた。しかし、その後の詳細な機構解明により、反応は予想に反して1,4-Pd移動ではなく、これまでに報告例のなかったtrans-1,2-Pd移動を経由して進行していることが明らかとなった (図1D)。つまり、酸化的付加後のPd(II)種が、②C=C二重結合上のa位からtrans-b位に移動し、その後、③芳香環オルト位のC(sp2)–H結合を活性化して六員環パラダサイクルを形成、④還元的脱離という予期せぬ連続反応が進行していることがわかった。
“Synthesis of benzoheterocycles by palladium-catalyzed migratory cyclization through an unexpected reaction cascade.”
Li, W.-C.; Zhang, L.; Bai, S.; Zhao, J.-H.; Liu, G.-R.; Lan, Y.; Chen, S.; Ming, J. Nat. Commun. 2025, 16, 3367.
研究者: Shufeng Chen (陈树峰)
研究者の経歴:
2008 Ph.D., Peking University, China (Prof. Jianbo Wang)
2008–2009 Lecturer, Inner Mongolia University, China
2009–2014 Associate Professor, Inner Mongolia University, China
2014– Professor, Inner Mongolia University, China
研究内容: 遷移金属触媒を用いた新規不斉合成法の開発、グリーンケミストリー
研究者:Jialin Ming (明佳林)
研究者の経歴:
2014–2016 National University of Singapore, Singapore (Prof. Tamio Hayashi)
2019 Ph.D., Nanyang Technological University, Singapore (Prof. Tamio Hayashi)
2019–2024 Postdoc, Inner Mongolia University, China
2024– Professor, Chengdu University, China
研究内容: 遷移金属触媒を用いた新規不斉合成法および多成分連結反応の開発、キラル配位子の設計と開発
研究者:Yu Lan (蓝宇)
研究者の経歴:
2008 Ph.D., Peking University, China (Prof. Yang Zheng)
2009–2012 PostDoc., University of California, Los Angeles, USA
2012 Professor, Chongqing University, China
研究内容: フリーラジカルカップリング、遷移金属触媒を用いたC–H官能基化、電子環状反応
Pd(OAc)2/DPEPhos触媒、CsOPiv存在下、モノ置換ブロモアルケン1aをDCE中80 °Cで12時間反応させることで、望みのベンゾホスホールオキシド2aが収率94%で得られた (図2A)。続いて、基質適用範囲を調査したところ、1aの芳香環に種々の官能基をもつアルケンでも反応が進行した (2b–2d)。さらに、同条件でインドール2eやベンゾフラン(2f)、ベンゾチオフェンジオキシド2gも効率よく合成できた。
上述のとおり、本反応は1,4-Pd移動でなく、trans-1,2-Pd移動を経由して進行することが、各種重水素化標識実験およびDFT計算によって示された。1aの芳香環上を全て重水素化 (1a-d10)してもビニル基に重水素が全く導入されないことや、エチニル体2a’およびZ-ブロモエテン誘導体3でも反応が進行することから、ビニル基のb位へのtrans-1,2-Pd移動と芳香環C–H活性化を経た環化が示唆された (図2B)。DFT計算においても、合理的なエネルギープロファイルを示した。より詳細な実験と機構は本文を参照されたい。
さらに、配位子を(R)-DM-segphosに変更することで、リン原子に不斉点をもつ2aや2b、2hを良好なエナンチオ選択性で合成できた (図2C)。得られた2aからホスフィン配位子L1を調製し、不斉水素化反応において高エナンチオ選択性を示すことも確認された (5→6)(図2D)。
以上、計画通りに進めば面白みに欠けたかもしれないが、実験と検証を重ねたことで、全く新しいtrans-1,2-Pd移動機構が見いだされた。予想外の展開が化学的意義をもつ成果へとつながった。