分子のねじれの強さを調節して分子運動を制御する

2024.03.29 From Chem-Station By Zeolinite

第602回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科 塩谷研究室の中島 朋紀(なかじま ともき)さんにお願いしました。

 

塩谷研では、生命システムの仕組みを視野に入れつつ、分子の自発的な集合によって構築されるナノからサブミクロンサイズの新しい超分子構造体およびそれらが生み出す超空間の創製と機能化を目指しています。本プレスリリースの研究内容は、環状パラジウム三核錯体の反転制御に関する内容です。

 

本研究グループでは、環状分子のねじれの度合いが異なる2種類の異性体を選択的に合成し、弱くねじれた異性体と強くねじれた異性体のらせん反転速度を制御することに成功しました。

 

この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Selective synthesis of tightly- and loosely-twisted metallomacrocycle isomers towards precise control of helicity inversion motion

Tomoki Nakajima, Shohei Tashiro*, Masahiro Ehara and Mitsuhiko Shionoya*

Nat Commun 14, 7868 (2023)

DOI:doi.org/10.1038/s41467-023-43658-5

本研究を現場で指揮された田代 省平准教授と研究室を主宰されている塩谷 光彦教授より中島さんについてコメントを頂戴いたしました!

本研究を現場で指揮した田代省平 准教授からのコメント

中島さんの実験に対する粘り強さのおかげで、今回の論文が良い形に仕上がりました。例えば、研究の途中でいろいろな問題点が生じて一緒に議論した際に、私は「そこはまあ諦めてもいいんじゃない」と妥協してしまうことが時々ありましたが、彼は高い完成度を目指してこだわって実験を積み重ね、最終的には諦めなくてよかったね、ということが何度かあったと記憶しています。また、本論文では多くは登場しませんが、ほぼ独学で理論計算を身につけ、共著者の江原正博先生とも実りある議論をしていました。中島さんはもうすぐ卒業ですが、2月末の現在でもまだ粘り強く実験を続けているので、ぜひこの仕事の続報を楽しみにしてください。

 

塩谷光彦 教授からのコメント

本研究では、同じ原料から、金属塩の添加方法を変えるだけで、構造が著しく異なったねじれ構造をもつ2種類の異性体が得られました。片方は反応中に系外に沈殿し、両方とも結晶化に成功しました。また、適度にエナンチオマー比が片寄った混合物を得ることができ、らせん反転速度を見積もることもできました。ここまで書くと、非常にラッキーだったと思われるかもしれませんが、これは、中島さんが実に多くの実験を注意深く行い、決してへこたれずに邁進した結果です。中島さんはこれと平行して、理論計算も身に付け、研究室対抗のソフトボールとサッカーの両大会で大活躍をされ、ダブル優勝ももたらしてくれました。本当にスーパーマンです!今後どこに行かれても、間違いなく活躍されると期待しています!

追伸:私はこの3月で定年退職ですが、中島さんは試薬の整理など(実験も継続しつつ)研究室の片付けでも大活躍してくれています。頭が下がります。ありがとう!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

分子機械の研究は、光や熱、酸塩基などの外部刺激によって分子の運動を制御することを目的としており、2016年にはこの分野の化学者にノーベル化学賞が与えられるなど、非常に注目を集める分野となっています。本研究では、分子のねじれ度合いの強さを調節することによってらせん反転運動の制御を達成しました。

 

まず、環状パラジウム三核錯体の二種類のねじれ異性体、弱くねじれた異性体(1loose)と強くねじれた異性体(1tight)を、同一の原料である環状配位子Lとパラジウム塩から適切な反応経路を経ることでそれぞれを高選択的に合成しました。この二種類のねじれ異性体のらせん反転速度を見積もったところ、1looseでは速い反転が観測されたのに対し、1tightでは検出できないほど反転が遅いことが明らかとなりました。

 

構造の比較から、この顕著な反転速度の違いはねじれ方の違いに伴うPdIIイオンの配位様式の違いによるものであることがわかりました。このねじれ異性体の選択的合成やねじれ度合いの違いによる運動速度の制御に関する本研究の成果は、金属錯体や分子機械の分野において分子設計の可能性を大きく広げると期待されます。

図、二種類のねじれ異性体の高選択的合成とらせん反転。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で思い入れがあるのは、構造が著しく異なる二つのねじれ異性体を作り分けたところです。当初、類似錯体の報告があった1looseを合成することを目的としておりました。配位子Lにパラジウム塩を滴定した際の錯体形成反応をNMR測定にて追跡し、目的の錯体が沈澱として形成していることが確認されました。

 

この実験を基に、より大きいスケールで錯体を合成しようと、同様の条件でLと金属塩を一度に加えて反応させましたが、目的物の沈澱は得られず反応溶液は透明なままでした。この溶液から幸運にも結晶が得られ、全く想像もしなかった1tightの錯体が得られました。

 

その発見から三年半が経ちましたが、金属塩の加え方を変えるだけで、同じ原料から構造が全く異なる二種類の異性体を作り分けられたことに驚いたことを、今でも鮮明に覚えています。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究で難しかったのは、1tightのエナンチオマー比を偏らせることでした。1tightのらせん反転速度を見積もるためには、ラセミ混合物ではなくエナンチオマー比が偏った1tightの合成が必要でした。そのために、キラルアニオンを用いたジアステレオ選択的結晶化、およびキラル補助剤存在下の不斉合成の二つのアプローチについて条件検討を重ねました。

 

様々なキラル化合物を試した結果、キラルスルホキシドを補助剤とする不斉合成がエナンチオマー比が偏った1tightの錯体を得るのに適していると突き止めることができ、1tightのらせん反転速度を見積もることができました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

2024年4月からは、化学メーカーの研究員として働く予定です。大学での基礎研究は自分の興味のままに実験や研究ができる点をとても魅力に感じていますが、それとは対照的に、企業での研究では、製品という形で直接人や社会に貢献することができることを非常に楽しみにしています。これまでに培ってきた考え方やスキルなどを活かして、新たな製品を生み出すという形で化学に貢献していきたいと考えています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今実験を頑張っている学生の皆さんには、期待していた結果が出なかったとしても実験結果を丁寧に隅々まで解析してみると思いがけない発見に繋がることがあるということをお伝えしたいです。実験中に予想もしていなかった発見に出会うことがあるかと思いますが、そのような発見を見逃さないように準備する心構えは非常に重要であることを、私は本研究において痛感しました。

 

最後になりますが、六年間という長い間ご指導いただきました塩谷光彦教授および田代省平准教授、計算科学にて大変お世話になりました江原正博教授にこの場を借りて感謝申し上げます。また、このような機会を与えて下さいましたChem-Stationの方々にも御礼申し上げます。

研究者の略歴

中島朋紀(なかじま ともき)、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 塩谷研究室 博士課程3年

研究テーマ:環状ねじれ金属三核錯体のらせん反転速度制御

略歴

2019年3月 東京大学理学部化学科卒

2021年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了

2024年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程修了見込み

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  •                          記事協力:Chem-Station