Discorhabdin B, H, K, およびaleutianamineの不斉全合成

2023.11.18 From Chem-Station By Zeolinite

第578回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻・医薬製造化学分野(徳山研)に在籍されていた下村 誠志(しもむら まさし)博士にお願いしました。

 

徳山研では医薬に重要な生理活性を示すアルカロイド、中でも歪んだ中員環など、複雑な構造を持つために合成が困難な多環性高次構造アルカロイドをとりあげ、C–N結合の形成反応をはじめとして、様々な官能基の存在下用いることのできる新規合成反応の開発と、複雑な化合物を短段階で合成するための独創的合成経路の開発を目指して研究を行っています。

 

本プレスリリースの研究内容は、アルカロイドの不斉全合成についてです。本研究グループは、合成終盤に硫黄および窒素原子の架橋構造を構築する独自の合成戦略により、Discorhabdin Bの世界初の不斉全合成を達成しました。さらに、Discorhabdin Bの合成経路を経て、Discorhabdin H、Discorhabdin K、およびaleutianamineの3種の類縁体を網羅的に合成することに成功しました。

 

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Unified Divergent Total Synthesis of Discorhabdin B, H, K, and Aleutianamine via the Late-Stage Oxidative N,S-Acetal Formation

Masashi Shimomura, Kouosuke Ide, Juri Sakata, Hidetoshi Tokuyama*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 33, 18233–18239

DOI:doi.org/10.1021/jacs.3c06578

研究室を主宰されている徳山英利教授と本研究を現場で指揮された坂田樹理助教より下村博士についてコメントを頂戴いたしました!

徳山教授のコメント

Discorhabdin類の全合成は長年に渡って取り組んできましたが、下村君が持ち前のセンスと膨大な実験量によって大きく進展させてくれました。鍵化合物であるdiscorhabdin Bの全合成の達成をブレークスルーとして、これまで合成例がなかった6環性のH、そして、最近特に注目を集めているaleutianamineの全合成を達成し、一連の化合物を一網打尽にする基板を築いてくれました。特筆すべきは、aleutianamineの全合成です。普通だったら見逃していた実験結果を、特異な骨格転位反応を含む全合成へと繋げたのは、まさに、下村君のヒラメキとセンス、決して諦めない精神によるものです。

坂田助教のコメント

下村君は、化学に対する探究力、実験のスピードや遂行能力に優れているのはもちろん、何よりの長所はチャンスを見逃さない行動力、夢や目標に向かって突き進む突破力、体力の三つだと思っています。博士後期課程一年時、彼は本研究とは異なる別の天然物の合成を行なっていましたが、海外の研究者より徳山教授の元に来た1通のメール(ディスコハブディン類の生合成に関する問い合わせ。その後、下村君の留学へのきっかけに…)が大きな転換点となり硫黄含有ディスコハブディン類にターゲットを切り替えることになりました。たった三年しかない博士課程の途中でターゲットを変更するのは、とても勇気がいる行動ですが、下村君は、ここが好機と全力投球で実験に励み、開始から僅か一年足らずでディスコハブディンBの全合成を達成してくれました。

また、下村君は、小さなものから大きなものまで自分の目標や夢を声にだして、熱く語ってくれていたことを今でも鮮明に覚えています。ディスコハブディンBの全合成の後、”次はディスコハブディンHなどの類縁体、さらにアリューシャンミンも全合成したい”と常に掲げていた目標を、次々と達成していく姿は、とても清々しく頼もしいものでした。

最後に、彼の紹介にあたって欠かせないものは、野球部で培ったという無尽蔵の体力です。本全合成は化学者としての頭脳に加え、心·技·体を兼ね備えた下村君だからこそ達成できたものと考えています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ディスコハブディン類は、ピロロイミノキノン骨格と3-アザスピロジエノンが縮環した五環性構造を基本骨格とし、これまでに五十種類以上の類縁体が単離されている一大海洋アルカロイド群です。中でも、ジスルフィド架橋構造を含む硫黄含有ディスコハブディン類は、そのうちのの三十種以上を占め、抗腫瘍活性や抗マラリア活性などの多様な生物活性を示します。

 

しながら、本研究開始時点では、2003年に北らによって達成された硫黄含有ディスコハブディン類である(+)-ディスコハブディン Aの全合成、僅か一例のみしか報告されておらず、硫黄含有ディスコハブディン類の合成は大きく立ち遅れていました。

 

今回の研究のポイントは、世界で初めて(+)-ディスコハブディン Bの全合成を達成したことであるのはもちろん、その合成中間体から、より複雑な環構造を有する硫黄含有ディスコハブディン類に至る合成経路を開拓した点です。今回、(–)-ディスコハブディンHおよび(+)-ディスコハブディンKに加え、2019年に単離されたばかりである(–)-アリューシャナミンへ至るダイバージェントな合成経路の確立に成功しました。

 

具体的には市販の化合物から八工程により導いた光学活性チオエステルに対してPIFAを作用させ、ジアステレオ選択的なスピロ環化反応によりスピロジエノンを合成しました。

 

続いて、モノブロモ化とジアステレオマーの分離を行い、得られた生成物に対しCuBr2を作用させた結果、不斉補助基の除去、位置および化学選択的な酸化、N,S-アセタールの形成を含む連続反応が一挙に進行し、N-Ts-ディスコハブディン Bを得ることに成功しました。その後、Ts基の除去により、(+)-ディスコハブディン Bの全合成を達成しました(図1)。

さらに、合成中間体であるN-Ts-ディスコハブディン Bに対し、L-オボチオールAをマイケル付加させる条件を見出し、(–)-ディスコハブディンH、および(+)-ディスコハブディンKの全合成に成功しました。また、N-Ts-ディスコハブディンBから(–)-アリューシャナミンに至る新規骨格転位反応を見出し、その全合成を達成しました(図2)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

アリューシャナミンの全合成に至った経緯です。この天然物は、2019年に単離構造決定されたばかりであり、硫黄含有ディスコハブディン類とは異なる形式でベンゾチオフェンが縮環した得意な骨格を有しています。

 

博士後期課程一年時にディスコハブディンB誘導体から他の天然物への誘導を検討するため様々な還元反応を検討していましたが、得られた痕跡量の副生成物の構造を決めることができず、学位取得を目前に控えても、そのことが、ずっと心残りになっていました。

 

そんな折、博士論文を執筆のためにアリューシャナミン単離論文や提唱生合成経路を自分なりに熟考していたためか、博士論文提出後に、今回開発した新規骨格転位反応が進行していた可能性を閃きました。

 

急いで再実験を行った結果、予想通りアリューシャナミンの骨格が生成していることに気がつき、僅か2ヵ月というスピードでアリューシャナミンの全合成に至ることができました。副生成物の構造決定の重要さに改めて気づかされたとともに、博士課程でこの化合物群に真剣に向き合ってきた自分自身の成長を感じた瞬間でもありました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

合成終盤での化合物の取り扱い(精製・単離方法)です。ディスコハブディン Bは日光の照射により二量化が進行することや長期保管により徐々に分解することが報告されていました。このような化合物の不安定さは、硫黄含有ディスコハブディン類の多様性の起源である一方、全合成を達成する上での大きな障壁になりました。乗り越えるために工夫した点は、①合成戦略と②精製方法です。

 

スピロジエノン骨格構築後に化合物の取り扱いが、一気に難しくなるため、硫黄原子を含む官能基を合成序盤に導入し、工程数を可能な限り減らす合成ルートを採用しました(①)。また、反応が上手く進行したように見えても、いざ精製すると十数化合物の副生成物が得られることがありました。質量分析、微量NMR、およびH P L Cを駆使して副生成物の構造を丁寧に一つずつ推察し、溶媒の脱気、遮光など最適の反応条件・精製方法を根気よく探索しました(②)。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学を起点に分野横断的な融合領域に挑戦していくことで、患者さんに新たな価値を提供できる創薬研究者になりたいと思っています。製薬会社に入社して2年目になりましたが、日々最先端の創薬研究に触れながらわくわくすると同時に、まだ解決すべき課題があると感じています。

 

私は、東北大学リーディング大学院プログラムに参加し、専門分野の異なる方々と関わることで、多様な視点を持つ大切さや融合領域の高いポテンシャルを学びました。それら経験を活かして、今後は、一つの専門分野に捉われず、何事にも積極果敢に挑戦して、将来自分にしかできない創薬アイデアの実現を目指していきたいと思っています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

拙い文章で恐縮ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。全合成研究を通じて、化学の面白さ、実験することの楽しさを強く感じました。研究室配属以来、ご指導いただきました徳山先生、坂田先生に感謝申し上げます。

 

本研究課題に加え、国内外への留学など多くの挑戦の機会を与えていただいたことで、幅広い視野とかけがえのない人脈を得ることができたと思っています。また、テーマを引き継いでくれた共著者の井手君にも感謝します。さらなる研究の発展をとても楽しみにしています。

 

最後になりましたが、このような貴重なinterviewの機会を設けていただいたchem-stationのスタッフの方々に感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前: 下村 誠志(しもむら まさし)
前所属: 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 医薬製造化学分野 徳山研究室
研究テーマ: 硫黄含有discorhabdin類の合成研究
経歴:
2017年3月 東北大学薬学部創薬科学科 卒業
2019年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士前期課程修了 (指導教員:徳山英利教授)
2022年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士後期課程修了 (指導教員:徳山英利教授)
2022年4月~現在 中外製薬株式会社

2018年6月~2018年8月 北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機金属化学研究室 (澤村正也教授) 短期留学
2019年10月~2019年12月 The University of Western Australia (Prof. Scott G Stewart) 短期留学
2017年4月~2022年3月 東北大学博士課程教育リーディングプログラムマルチディメンジョン物質理工学リーダー養成プログラム
2019年4月~2022年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC1)

関連リンク

(記事協力:Chem-Station)