歯車の回転数は、当てる光次第 -触媒量のDDQ光触媒で行うベンゼンC-H結合アミノ化反応-

2023.07.13 From Chem-Station By Zeolinite

第530回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院 生物システム応用科学府 食料エネルギーシステム科学専攻に在籍されていた中山 海衣(なかやま かいい)博士にお願いしました。

 

本プレスリリースの研究内容はDDQを用いた光反応についてです。本研究グループでは、光エネルギーを用いた穏やかな反応で極めて安定なベンゼンを有用な物質へと変換する技術の開発に取り組みました。

 

この研究成果は、「The Journal of Organic Chemistry」誌に掲載されSupplementary Coverにも採用されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

 

Arene C-H Amination with N-Heteroarenes by Catalytic DDQ Photocatalysis

Kaii Nakayama and Yohei Okada*

J. Org. Chem. 2023, 88, 9, 5913–5922

DOI:doi.org/10.1021/acs.joc.3c00293

 

現場で研究を指揮されていた岡田洋平 准教授より中山博士についてコメントを頂戴いたしました!

 

「中山は有機化学が好きですよ。」

いつどこで誰から聞いたのかはすっかり忘れてしまいましたが(おそらくは学生実験の合間に、彼の同級生から聞いたのでしょう)、これが中山君に関する最初の思い出です。好きと言われると意識してしまうのが人の性というもので、彼はどこの研究室に行くのだろう?と一方的に気にしながら、学生達の「配属希望調査」を眺めていました。「先生が好き」とは全く関連がない点に注意が必要ですが、そうは言っても、大学教員にとっては自身の専門分野を好きと言ってもらえることは嬉しいものです。はたして、中山君は無事に(?)我々の研究室に来てくれました。だいぶ後になってから実は第二志望だったという衝撃の事実が発覚することになるのですが、それも今となっては良い思い出です。

中山君との忘れられない思い出の一つが、ポスター紛失事件です。彼の海外学会デビューとなった台湾出張の際、空港の荷物受取所で、待てど暮らせど「筒」が出て来ません。学生の手前、私としても頼りになるところを見せたかったものの、空港のカウンターで「筒」を説明できず・・・(あれ、英語で何と言えば良いのでしょうか?)。結局ポスターが手元に戻ることはなく、現地でA4サイズにバラバラで印刷してボードに貼り付けたものの、残念ながら見映えは今一つ。この経験がバネになったかどうかは定かではありませんが、中山君はその後、スライドやポスターをそれまで以上にますます綺麗に作るようになり、昨年度の学会ではついに優秀ポスター賞を受賞!!記念の一枚を、本スポットライトリサーチの紹介写真にも選んでくれました。

本人のインタビューにもある通り、今回取り上げて頂いた研究は初期検討において意図した成果が全く得られず、私自身は早々と諦めモードでした。中山君が意欲的に(?)「闇光実験」を重ねてくれたおかげで、晴れて日の目を見ることになりました。実際に反応の鍵となっていたのは、日の光(可視光)ではなく紫外光なのですけれど!

 

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

適切な波長の光を照射することで、犠牲剤フリーにも関わらず触媒量のDDQで進行する反応系の構築に成功しました。本反応系を用いることで、ベンゼン等の安定かつ反応性に乏しい化合物を直接活性化、有用化合物へ変換することを可能にします。

 

2,3-Dichloro-5,6-dicyano-p-benzoquinone (DDQ) は、最も有名な有機酸化剤の一つとして知られています。近年、青色光を照射することによって発現する高い酸化力を利用し、反応性の低い化合物から電子(とH+)を奪い取ることにより活性化させる研究が報告されています。

 

代表的な例としては、極めて安定なベンゼンを一電子酸化することで活性種とし、フェノールやアニリン等の有用化合物へと変換する反応が挙げられます。現状、使用するDDQを触媒化するためには、副生成物として生じるDDQH2をDDQへと再活性化させる犠牲剤、あるいは電解再酸化を用いる手法が主に利用されています。

 

本研究では照射する光の波長に注目し、DDQ光触媒反応ではほぼ普遍的であった青色光から、Ultra Violet (UV) 光へと光源を変更することにより、触媒量のDDQ単独で光触媒反応を進行させることに成功しました(図)。

 

ベンゼンを含めた、高い酸化電位を有する芳香族化合物の直接的アミノ化が達成されており、医薬品等の有用化合物合成を持続可能かつ短工程化することが期待されます。

 

図 芳香環C-H結合の直接的活性化におけるDDQ光触媒サイクル

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究は、「新反応の発見」ではなく「新たな反応系の構築」として発表しました。反応自体には新規性がないことから、図の見せ方や文章の構成を工夫しました。

 

特にGraphical Abstractは、本研究において重要な主張である「DDQH2がDDQへと再生している」ことが一目でわかるような絵となるように描いています。

 

また、本研究は私自身で立ち上げたテーマであり、確かに反応自体は新規ではないかもしれませんが、それでも「研究室に新しい風を吹かせているのだ!」という気持ちで進めていました。

 

反応条件の検討は、最適解を探すために何パターンも試しており、中でも反応雰囲気の影響を考察するために行った凍結脱気は、Chem-Stationの記事を参考に実施したので、思い入れがあります。私も、フラスコからピシッと音がするたびに逃げていました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

第一コンセプトから、最終的な結論へ落とし込む過程が難しかったです。本文を読んでくださった方はすでにご存じだと思いますが、最初からDDQ単独での光触媒サイクルを目指していたわけではありません。

 

我々がよく扱う酸化チタン光触媒に、DDQH2の再活性化を期待して研究をスタートさせましたが、相当な低収率が叩き出され、テーマは頓挫しかけていました。ここでお蔵入りにせず、隙間時間に念のため酸化チタンを省いて試行したことが功を奏し、収率の劇的な向上という予想外な結果を得ることに繋がりました。

 

事実お蔵入りとなった反応は数え切れませんが、この経験から「時には諦めの悪さも肝心」であることを知りました。結果として、論文自体はかなり赤裸々な内容となってしまいましたが、自身としてはそれなりにまとめることができたと考えています。反応機構の解明は後輩に期待します。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在、企業の研究職として働いており、化学との縁は続いています。化学の中でも有機化学への興味は、テストの点数が決して良いわけではなかった高校時代から抱いており、運よく有機化学者として博士号を取得するという一つの節目まで付き合うことができました。

 

高校の担任に私の話をしたら驚かれることは必至ですが、人生では一ミリも想像できないことが起きる、ということを自身が体現していると思います。研究職として働きだしてからは、化学と関わると言っても有機化学ばかりでなく、無機化学や物理化学、さらには物理学等の異分野に触れる機会が多くなりました。

 

(有機)化学が好き、という気持ちは大切にしつつ、各分野とうまく付き合いながら仕事をしていくことで、何があるかわからない人生を楽しく過ごしていきたいと考えています。また、主な有機化学系雑誌は定期的にチェックしておきたいです。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

有機化学の研究は、しんどいことが多いと思います。そして、やるからには特大ホームランを狙いたくなる気持ちもわかります。

 

しかしながら、そうそう打てるものではありませんし、恩師の言葉をそのまま引用しますが、単打を打ち続けることも研究者として重要なことです。ですので、小さな成果でも形にしようとする癖をつけておくと良いと思います。

 

たとえシングルヒットばかりとなってしまっても、打ち続ければホームランと同じ得点が得られるわけです。その積み重ねが、いつしかホームラン級の飛球を生みます(ホームランになるかは運が絡むので何とも言えません)。この教えを胸に、私は単打を打ち続けました。

 

皆様の抱く夢がいつしか達成され、偉大な研究者が生まれることを願っています。

 

最後に改めて、本研究にスポットを当てていただいたChem-Stationスタッフの方々、指導に雑談と公私ともにお世話になった岡田先生には、この場を借りて深く感謝申し上げます。

 

研究者の略歴

名前:中山 海衣(なかやま かいい)

所属:東京農工大学大学院 生物システム応用科学府 食料エネルギーシステム科学専攻 一貫制博士課程5年(研究当時)

研究テーマ:光/電気エネルギーを用いた有機電子移動反応

 

関連リンク


(記事協力:Chem-Station)