構造の多様性で変幻自在な色調変化を示す分子を開発!

2023.06.26 From Chem-Station By spectol21

第522回のスポットライトリサーチは、北海道大学 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)で博士課程を修了された菅原 一真(すがわら かずま)さんにお願いしました。

鈴木研究室は、物理的および生物的な機能性有機化合物をさまざまに研究しており、分子エレクトロニクスを目指した酸化還元型応答系やキラリティ創出に関する研究と機能探索を精力的に展開されています。

今回紹介いただけるのは、立体障害を適度に調整することで、折り畳まれた構造、捻じれ構造、平面構造などの様々な構造を取ることができる色素を開発され、結晶の色調および発光を制御された成果です。Materials Chemistry Frontiers誌に原著論文として公開され、プレスリリースもされています。

 “Exceptionally flexible quinodimethanes with multiple conformations: polymorph-dependent colour tone and emission of crystals”,
Kazuma Sugawara, Toshikazu Ono, Yoshio Yano, Takanori Suzuki and Yusuke Ishigaki, Materials Chemistry Frontiers 2023, 7, 1591-1598. DOI:10.1039/d2qm01199a

現場の指導に当たられている石垣准教授からは、以下のようにコメントをいただきました。

菅原君は、持ち前の観察眼と丁寧な実験の積み重ねで、想像もし得なかった現象を明らかにすることのできる優秀な研究者です。研究室に在籍していた6年の間に、いくつもの新しい成果へと導きました。その一つが本研究です。X線結晶構造解析を行うたびに違う構造が得られるのが興味深い反面、結晶形のわずかな違いを見極め手作業で分ける根気のいる実験でしたが、粘り強く乗り越えたのは本人の性格ともうまくマッチしたものと思います。また、研究に限らずどんなことでも嫌な顔一つせずコツコツと進めてくれるため、何かあれば菅原君にお願いしてしまい、私が頼り切っていました。そのすべてを引き受け遂行してくれるため、(さらに多くの仕事をお願いするという悪循環だったと正直思いますが…、)どんな時でも頼りになる存在です。次の舞台での活躍を期待しています!

また、鈴木教授からは以下のコメントをいただきました。

結晶格子に取り込んだ溶媒の種類で固体の色が変化するのは、結晶相ソルバトクロミズム(?!)かもしれません。格子中の溶媒の形や体積の違いが、分子構造に影響を与えて、それが結晶の色調や発光波長を変化させる、というメカニズム自体が驚きです。菅原君が根気よく結晶を作り続けて、石垣准教授がそれに応えてX線構造解析を続けてという積み重ねがあって、大変な時もありながら、その上で、ピカピカのデータが出せたことをすぐ傍らで見ていましたので、このように公表できる機会があり、本当に嬉しく思っています。良く頑張った!

それでは、菅原さんのインタビューをお楽しみください!

 

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、結晶中の分子構造の違いによって、その色調や発光色が劇的に変化することを明らかにしました。

結晶の色調や発光色は様々な要因によって変化しますが、その要因の一つに「結晶中の分子がどのような形(構造)で存在しているか」というものがあります。しかしながら、基本的に分子は最も安定な状態で存在しようとするため、通常、取り得る構造はただ一つのみです。言い換えると、一つの分子が示す結晶の色調や発光色は、ただ一つであることがほとんどということです。分子内の置換基や骨格そのものを変更してしまえば、色の変化というものは簡単に引き起こすことができますが、「同一分子でありながら結晶中の構造の違いのみで色を変化させる」ということは挑戦すべき課題でした。

この課題を解決すべく、私は炭素=炭素(C=C)二重結合に着目しました。教科書からも学べるように、C=C二重結合は平面構造をとることが広く知られています。一方、C=C二重結合周りに大きな置換基が複数置換している場合は、折れ曲がり構造やねじれ構造など平面ではなくなった構造をとることも報告されています(そのような分子群を“超混雑エチレン”と呼びます)。先述したように、「構造が変われば化合物の色調や発光色も変わる」ということを踏まえると、骨格内にC=C二重結合を有する分子において折れ曲がり構造とねじれ構造の両方を創出できれば、先ほどの課題をクリアできると考えました。

本研究では適度な柔軟性を兼ね備えたテトラアザアントラキノジメタン誘導体を独自に設計し、結晶化条件を変えるだけで、折れ曲がり構造で存在する結晶とねじれ構造で存在する結晶の両方を創出することに成功しました。これまでにも、これらの二種類の構造を観測した例が少数存在しますが、今回はこの二種類だけではなく、中間ともいえるねじれ折れ曲がり構造や C=C 二重結合がほぼ平面となる構造を含む複数の結晶が得られました。

興味深いことに、酢酸エチル、エタノール、ヘキサン、クロロホルム、ジクロロメタンの 5 種類の溶媒の組み合わせから9 種類もの結晶が得られ、結晶中の構造に応じて、その色調と発光色が黄色から赤色へと多彩に変化することを見出しました。さらに、これらの構造や色調/発光特性はすりつぶしによっても制御可能です。

これらの色調変化は分子構造に由来するため、逆に言えば、結晶の色から分子構造を推測することに繋がると期待されます。また、結晶の色、取り込まれた溶媒分子、分子構造のパラメータに関するデータを集めることで、多くの溶媒分子に応答可能なセンサー材料としての応用が期待されます。

 

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

分子設計にはかなりの工夫を施しました。詳細は論文を読んでいただければと思いますが、試行錯誤の末、この分子なら間違いなく折れ曲がり構造とねじれ構造の両方をとることができるだろう!というところまでたどり着きました。そして、目的のテトラアザアントラキノジメタン誘導体を実際に合成してカラムによる精製操作を行った後の出来事でした。そのフラクションを濃縮していくとナスフラスコの壁に黄色い部分と赤い部分が混在していたんです。単離したはずなのに二つの色が現れるなんて、別々の構造として存在しているに違いない!これを発見した時、非常に感動したのを今でも覚えています。そして実際に単結晶を作製してみると、溶媒条件によって黄色の結晶が出たり赤色の結晶が出たり…とここまでは予想していたのですが、まさか橙色の結晶や赤橙色の結晶も出るとは正直思ってもいませんでした。構造解析をしてみたらどれも違う構造で、その構造によって結晶の色が変わっていそうということが分かった時、とても胸が熱くなりました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

先ほどは感動したと述べましたが、実際は単結晶作製が本当にしんどかったです。本研究では単結晶を作製する際、良溶媒としてジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルを、貧溶媒としてヘキサンとエタノールを選択しました。ある溶媒の組み合わせ(例えばジクロロメタン‐ヘキサンなど)から得られる結晶はただ一つ、ということであれば楽だったのですが、析出した結晶を見てみると橙色もあれば赤橙色もあって、形状も板状だったり針状だったり…と何種類も混ざって出てくることが多々ありました。結晶の発光特性を評価することも視野に入れていましたので、十分なサンプル量を得るために何百ものロットを仕掛け、得られた結晶を細い針を使って一つ一つ丁寧に仕分け…。元々手先が器用だったのと、単純作業を繰り返すことを苦に思わない性格でしたので、持ち前のスキルと「これをやり遂げれば絶対良い成果につながる…!」という情熱でどうにか乗り越えることができました。これは余談ですが、本論文中に半ページにわたって得られた結晶のリストをまとめているのですが、構造解析はしたもののほとんど同じ構造だから載せなくていいやとなったものがこれの倍近くはあったと思います(笑)。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学という素晴らしい学問の力を借りて、たくさんの人の助けになれたらと思っています。私は人助けが趣味と言ってもいいほど周囲の人のために行動することが好きで、時には自分のタスクや予定を犠牲にしても動いてしまうような性格です。そのため、困っている人が笑顔になってくれると自分のことのように嬉しくて、一人でも多くの人を笑顔にしたい、そう思いながら今まで生きて(研究室では後輩のサポートをして)きました。その気持ちもあり、就職活動の際は「人助け」を直接イメージしやすい製薬企業一本に絞り、実際に今年の4月から製薬企業で働いています。まだまだ駆け出しの身ではありますが、大学で学んだ化学についての知識や経験を全力で活用して、一人でも多くの方を救うことができれば、私にとってこれ以上の幸せはありません。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

自分が少しでも疑問に思ったり違和感を抱いたりしたことを大切にしてください。研究活動を行っている際、「あれ?変だな」とか「前はこんなことなかったのに」とか「なんかこれすごい!」ということに遭遇することがあるかと思います。それを「まあこんなもんなのかな」とスルーしてしまうと、せっかくの大発見の機会を見逃してしまっているかもしれません。私はそう思うことがあればすぐさま先輩や先生に「こうなるのって普通ですか?」と聞くようにしています(思い返してみると博士課程3年生の時でさえも先生に聞いていた気がします)。実際に学部4年生の時にそのようなことがあり、これをきっかけに研究テーマが一変し、ゆくゆくは本研究へとつながりました。物事を様々な視点から捉え、当たり前を当たり前と思わないことが大発見へつなげる第一歩かと思います。
最後になりましたが、本研究の遂行にあたり鈴木先生と石垣先生にはあらゆる面において熱心なご指導を賜りました。また、九州大学の小野利和先生には結晶の発光特性評価の際に大変お世話になりました。その他ご協力いただきましたすべての皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。並びに、今回このような研究紹介の機会を与えてくださいました、Chem-Stationの皆様にも深く感謝いたします。

 

関連リンク

  1. 研究室HP:北海道大学 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)
  2. プレスリリース(日本語):多彩な色調・発光を示す結晶を与える柔軟な分子を開発~結晶中の分子構造を目で見ることができる!?~
  3. プレスリリース(英語):Toward tunable molecular switches from organic compounds
  4. Cover picture
  5. WeChat記事

 

研究者の略歴

Profile:

名前: 菅原 一真(すがわら かずま)
所属: 塩野義製薬株式会社
専門: 構造有機化学(機能性分子)
略歴:
2018年3月 北海道大学理学部化学科 卒業
2019年9月 北海道大学大学院総合化学院 修士課程短縮修了
2022年9月 北海道大学大学院総合化学院 博士後期課程修了 博士(理学)取得
2022年10月~2023年3月 北海道大学大学院理学研究院 博士研究員 [有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)]

2023年4月 塩野義製薬株式会社 入社

2020年4月~2022年9月 日本学術振興会特別研究員DC1
2022年10月~2023年3月 日本学術振興会特別研究員PD

(記事協力:Chem-Station)