酵素発現領域を染め分ける高感度ラマンプローブの開発

2023.06.25 From Chem-Station By Zeolinite

第519回のスポットライトリサーチは東京工業大学 生命理工学院 神谷研究室の藤岡 礼任(ふじおか ひろよし)助教にお願いしました。

神谷研究室では、化学に基づき、新しい機能を持った光機能性分子を創出することを目指し、化学・生物の融合分野であるケミカルバイオロジーの研究を進めています。具体的には、細胞内の生体分子と反応して光学特性が変化する化学プローブ(蛍光プローブ、ラマンプローブなど)の開発と、その生物応用を行っています。

本プレスリリースの研究は、ラマン散乱により検出可能な特有の分子振動を有するラマンプローブについてです。本研究グループでは、標的酵素との反応後に凝集体を形成することによって標的酵素の発現領域と非発現領域を染め分け可能な新規activatable型ラマンプローブの開発に成功しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Activatable Raman Probes Utilizing Enzyme-Induced Aggregate Formation for Selective Ex Vivo Imaging

Hiroyoshi Fujioka, Minoru Kawatani, Spencer John Spratt, Ayumi Komazawa, Yoshihiro Misawa, Jingwen Shou, Takaha Mizuguchi, Hina Kosakamoto, Ryosuke Kojima, Yasuteru Urano, Fumiaki Obata, Yasuyuki Ozeki and Mako Kamiya

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16, 8871–8881

DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c12381

研究室を主宰されている神谷真子 教授より藤岡助教についてコメントを頂戴いたしました!

今回の論文は、藤岡さんの弛まぬ努力と慧眼の賜物です(藤岡さんの人となり・研究姿勢は前回記事をご参照いただければと思います)。実は、今回発表したラマンプローブは、テーマ設定当初はどこまで応用可能性があるかわかりませんでした。たまたま試した実験で予想外の結果となったことを見逃さなかったことが、凝集体形成による高い染め分け能力という単なる置換基変換以外の効果があるという発見につながり、大きく研究を展開することができました。幸運の女神には前髪しかないといいますが、これも藤岡さんの常に万全の準備をして臨む姿勢がつかんだ発見です。この4月から当教室の助教として着任し、アカデミア研究者としてのキャリアをスタートした藤岡さんですが、今後、研究者として、教育者として、さらに大きく成長し、活躍してくれることを期待しています。

 

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ラマンスペクトルは蛍光スペクトルと比べて線幅が50–100倍ほど狭いため,ラマン顕微法は蛍光法と比べて多重検出能に優れたイメージング手法として注目を浴びています。我々はこれまでに,生体内の加水分解酵素と反応してラマン信号がoffからonに変化するactivatable型ラマンプローブを世界に先駆けて開発してきましたが,開発したプローブから酵素反応後に生成する色素は細胞内滞留性が乏しいため,生体組織においては酵素反応後に標的細胞から漏れ出してしまうことで標的酵素と非標的細胞を染め分けることができない,という課題がありました。そのような中,我々はこれまでラマンプローブ母核として活用してきた9CN-pyroninのNH2基をOH基に置換した9CN-rhodolが中性水溶液中で高い凝集性を示すことを見出しました。さらに,OH基がプロトン化あるいはアルキル化されたカチオン型の9CN-rhodolではこのような凝集性が抑えられることが分かったことから,酵素反応によって凝集性をactivateできるのではないかと考えました。そこで,酵素反応後に凝集性の高い色素が生成することで細胞内滞留性を向上させる戦略を立て,凝集体形成によって標的細胞と非標的細胞の染め分けが可能となる新規ラマンプローブの開発に取り組みました(図1)。種々の誘導体展開を経て開発した9CN-rhodolプローブは,実際に酵素反応前のカチオン型では凝集性が低いのに対して酵素反応後の双性イオン型では凝集性が高くなることが確認された上,カチオン型から双性イオン型への変化で大きく長波長化する性質も有していたため,以前の9CN-pyroninプローブと同様に吸収波長変化に伴ってラマン信号をactivate可能なプローブであることが確認されました。開発した9CN-rhodolプローブは,9CN-pyroninプローブでは達成できなかったショウジョウバエ組織における標的酵素活性領域の特異的染色が可能であることが示され,凝集体形成による細胞内滞留性の改善戦略を実証することができました(図2)。

 

図1 酵素反応に伴う凝集体形成を利用した標的細胞の特異的検出 (a) 今回デザインしたプローブの特徴 (b) 標的細胞検出メカニズムのイメージ

 

図2 開発したラマンプローブとショウジョウバエ遺伝学を応用した標的酵素発現領域の特異的検出

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実は本プローブがこのようにworkすることは,当初全く想定しておらずセレンディピティカルに得られたイメージング画像が本研究の取っ掛かりとなりました。細胞内滞留性の改善に向けて構造を模索している中で,とりあえず酵素反応部位を導入したプローブを作ってみたはいいものの,(これではうまくいかんだろうな・・・)と思っていたところ,神谷先生に「せっかくできたから組織にかけてみようよ!」と言われるがままにどうせ無理ですよ・・・と内心思いながらプローブをかけたら思いのほか綺麗に酵素発現領域を染め分けられた画像が得られたのです。その時はたまたま共同研究先の小関先生,小幡先生と一堂に会して実験を行った日でもあり,先生方が「おお!」と唸る中,(たしかに境界を染め分けられてはいるけど何でこんなことが起きているんだ・・・)と半信半疑で画像を覗き込んだのを覚えています。その後そういえばこの色素やたら溶けにくかったんだよなというところに思い当たり(むしろこの色素は溶けにくいから当初あまり好きじゃなかったです笑),凝集体形成によってうまくworkしているのではないかと考えました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

先述の通り,本プローブの設計戦略は初めから狙ったものではなかったため,得られた結果から立ち返ってその原因を分析・精査して理論を詰めていく,というような形で研究を進めました。このため,どのようなデータを用意したらこの現象を説得力持って皆さんに伝えられるだろうか,ということに特に気を配りました。ラボのスタッフの皆さんが非常に客観的かつクリティカルに自分の論理展開を評価・修正してくださったので,最終的には自分でも納得できる形で論文にまとめられたのではないかと思います。これまでこのようなアプローチで研究を進めたことはあまりなかったため大変な作業ではありましたが,一研究者としてはこのような形で論文を出せたのは非常に勉強になり,有意義な経験ができたと感じています。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本年度から東京工業大学の助教に着任させていただき,今後もアカデミアの研究者として化学に関わっていくことになります。これからも面白い研究を続けていきたいというのは勿論なのですが,せっかく教育の場にも携われることになったので,1人でも多くの学生さんに「化学って面白いな!やってみたいな」と思ってもらえるような研究ができればと考えています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

セレンディピティカルという表現をしてみたものの,ただ偶然が訪れるのを待っているのではなく,その背景にはセレンディピティを掴みに行く姿勢があってこそなんだということを実感しました。あの時「やってみよう」と声をかけて下さった神谷先生はさすが数々の功績を残してきただけあるなと感服する一方で,どうせ無理だろうと諦めモードだった自分を猛省する出来事として私の胸に刻まれました。どうせ駄目ならやってみよう!

最後になりますが,本研究において大変にお世話になった東京大学先端研の小関泰之教授,理研BDRの小幡史明チームリーダーに,この場を借りて深く御礼申し上げます。

 

研究者の略歴

名前:藤岡 礼任(ふじおか ひろよし)

所属:東京工業大学 生命理工学院 神谷研究室 助教

研究テーマ:機能性ラマンプローブの開発

 

関連リンク

(記事協力:Chem-Station)