混ぜるだけで簡単に作製でき、傷が素早く自己修復する透明防曇皮膜

2022.09.09 From Chem-Station By Zeolinite

国立研究開発法人 産業技術総合研究所  極限機能材料研究部門 材料表界面グループ 佐藤 知哉 主任研究員、穂積 篤 研究グループ長は、防曇性が長期間持続し、傷が素早く自己修復する透明皮膜を簡便に作製する手法を開発しました。市販の原料を最適組成で混合するだけの極めて簡便な手法で作製が可能な上、これまで24~48時間かかっていた物理的な傷の自己修復を3時間まで短縮することができます。この技術により、レンズやガラスといった透明基材の曇りを長期間、抑制することが可能になり、使用者の視認性/安全性の向上や医療/分析機器、センサー、太陽光パネルなどの効率低下を防ぐ効果が期待されます。(産総研プレスリリース8月8日)

 

今回紹介するのはAISTから発表された論文で、優れた防曇性と自己修復性を持つコンポジット皮膜についてです。メガネやカメラのレンズなどで需要が高い防曇コーティングは、ひどく曇る条件においては超親水性を活用する手法が実用的だと考えられており、様々な超撥水性コーティング方法が開発されてきました。

 

しかしながら従来の方法ではコーティングに時間がかかったり、複雑な形状に対しては耐久性が弱かったり、そして何より表面がダメージを受けると機能が永久に失われてしまうという欠点があります。そのため、超親水性での防曇性を持ちながら自己修復性を持つコーティング技術の開発が行われてきました。

 

既報の自己修復性を持つ防曇皮膜の中で、ポリビニルピロリドン(PVP)にアミノプロピル修飾ナノクレイ粒子(AMP-NCPs)を添加する方法では、水を吸収することでポリマーマトリックスが動いて機械的なダメージを自己修復できることが示されています。しかしながら、湿度80%以上でも修復には1日から2日かかるため改善の余地があり、弱い水素結合を増やすことで自己修復能を大きく向上できると予測されています。そこで本研究では、様々な分子量のPVPとナノクレイ粒子(NCP)、末端アミノ修飾オルガノシラン(AOS)を使用し、その配合を変えることで防曇性や自己修復性の最適化を行いました。

 

先行研究の結果(出典:産総研プレスリリース

 

使用したPVPとNCP, AOSは市販品で、NCP, AOS, PVPの順で水溶液に添加と撹拌を繰り返し、その混合液をスピンコーティングで各種基板に塗布しました。塗布後は100℃1時間の加熱で架橋を促進させました。

 

まずAOSの濃度については、PVPに対して1%以下であるとスムースでかつ高い光学透過度を示すことが分かりました。PVPについては、MWが55kと360k, 1300kの三種類でコンポジットの合成を試みましたが、360kと1300kでは、条件を最適化しても不透明で灰色がかってしまい高品質な膜を作ることができませんでした。

 

この理由について、PVP溶液が高粘度であり望ましくない凝集が起きていると推測しています。このようにAOSの濃度とPVPの分子量を最適化したコンポジット皮膜を無機材料やポリマーの基板に塗布したところ密着性は高く、ポリマー基板に対して1000サイクルの曲げテストを行っても剥離やクラックは見られませんでした。

 

開発したナノコンポジット皮膜で被覆した各種有機/無機基材の外観(出典:産総研プレスリリース

 

防曇性については、ガラスを10分間4℃で冷却した後、室温湿度60%以上の実験室に出したところ、コンポジット皮膜なしでは直ちにガラスが曇るもののコンポジット皮膜ありでは曇りませんでした。

 

さらにガラスを加湿器の空気に当てたり、80 ℃のお湯が入ったビーカーの直上に置いたり、加湿器を設置したグローブボックス内で7日間静置したりと過酷な条件でも曇らず、コンポジット皮膜の防曇性が示されました。

 

(a) 冷蔵庫で4 ℃に冷却した後、高湿度空気に暴露、 (b) 加湿器の噴出孔付近で10秒間暴露、 (c) 高温高湿度空気 (ビーカーに入れた80 ℃のお湯の直上) に一定時間暴露、および (d) 高湿度環境下 (加湿器を設置したグローブボックス内、室温、相対湿度80%以上) に7日間静置(出典:産総研プレスリリース

 

次に自己修復性を評価しました。コンポジット皮膜に外科用メスで傷 (最大幅で約30 μm)をつけ、湿度80%以上の環境で静置したところ、徐々に傷がぼやけ、数時間で完全に修復されました。

 

先行研究では同じ膜厚で修復に1日から2日かかっており、この自己修復性の向上は、より低い分子量のPVPを使用したことにより移動度と弱い水素結合の割合の上昇によるものだとしています。さらにこの自己修復性は繰り返し発揮し、何度傷をつけても完全に元に戻ることが実験で確認されました。

 

従来技術(上)および新技術(下)で作製したナノコンポジット皮膜の表面につけた傷の修復過程を示す光学顕微鏡像および (b) ナノコンポジット皮膜の自己修復推定メカニズム(出典:産総研プレスリリース

 

さらに膜の密着性と機械強度を向上させるためにSiO2ナノフレームワーク(SNF)を施したガラス基板にコンポジット皮膜を塗布しました。具体的にはUVとオゾン照射できれいにした基板を減圧UV照射下でTEOSの蒸気に曝しSNFを施しました。

 

防曇性についてはSNFあり・なしで大きな違いは見られませんでした。次に砂を基板に落としてダメージを与える落砂試験を繰り返し行い、透過性の変化を見たところ、SNFなしでは透過性の回復が鈍くなるものの、SNFありでは、五回のサイクル後でも試験前の透過率の80%以上まで回復することが確認されました。

 

この原因について、SNFとコンポジットに何か相互作用があるからではないかと論文中ではコメントされています。

 

結果として先行研究より高い自己修復能を持つコンポジット材料の開発に成功しました。

 

本研究では、インテグラルブレンド法と呼ばれる無機フィラーや微粒子表面の修飾と高分子中へのそれらの均一分散を同時に行う方法でコンポジットが合成させており、クレイ粒子の前処理が不要となっただけでなく、シランカップリング剤の添加量を調整するだけで、皮膜中の水素結合と静電相互作用との比率を任意に制御することができます。

 

この方法は他の応用でも便利なアプローチだと主張しています。

 

今、市販されている製品にどのような防曇コーティングがなされているか分かりませんが、メガネや車の窓など活用できる場面は多いと思いました。特にメガネはマスクですぐに曇るだけでなく、細かい傷がつきやすく、最適な応用先だと予想されます。

 

また、溶液で塗布できるのであれば、お手入れのための製品として消費者自身が塗布するようなタイプの製品としても販売できるかもしれません。一方で長期間、屋外で使用する用途を考えると、紫外線によってコンポジット皮膜の有機物の成分が劣化しないかが気になるところです。

 

今後の応用環境での評価と実用化に期待します。

(記事協力:Chem-Station)