MALDI-ToF MSを使用してCOVID-19ウイルスの鼻咽頭拭い液からの検出に成功

2022.04.21 From Chem-Station By Zeolinite

JEOLのJMS-S3000 SpiralTOF™-plus マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を用いた、COVID-19ウイルスの鼻咽頭拭い液からの検出に関する国立医薬品食品衛生研究所の研究論文が「Analytical Chemistry」誌に掲載されました。(引用:JEOLニュースリリース3月28日)

 

COVID-19ウィルスに感染しているか否かについては、流行直後からPCRによるDNA増幅を主の方法で診断されてきましたが、化学において分子構造の推定に用いられる質量分析機器でCOVID-19ウィルスの検出に成功した結果が報告されましたので詳細を紹介させていただきます。

 

研究の背景ですが、上記の通りリアルタイムPCR(PT-PCR)がCOVID-19ウィルスの感染判定に広く使われてきましたが、複雑な器具や試薬を使用しなければならないこと、温度に敏感な反応であること、実験者がコンタミに注意しなければならないといった点が欠点となっています。

 

そこでPCRの代替として、LC-MS/MSやLC-QToF MSを使ってSARS-CoV-2特有のペプチドを検出した例が報告されていますが信頼性がさほど高くない結果にとどまっています。

 

また、免疫親和性精製後にLC-MSで検出する方法も開発されていますが、特別な抗体が必要です。そして何よりもLCを使う以上、カラムで分離する時間が1サンプルずつかかるのが欠点となります。

 

そんな中、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-ToF MS)は、タンパク質やペプチドを複雑な試薬なしでかつコンタミのリスクを最小限で検出できる質量分析装置です。

 

ウィルス学においては、SARS-CoV-1やインフルエンザウィルスなどのタンパク質やトリプシン分解ペプチドを分析した先行研究が報告されていますが、培養後のサンプルが使われており、迅速な検出には不適だと考えられます。

 

SARS-CoV-2においてもMALDI-ToF MSやMALDI FT-ICR MSを使用して様々なアプローチで検出する研究が行われていますが、検出の正確性が高くなかったり、臨床サンプルではテストされていなかったりと正確な診断に適した方法は開発されていませんでした。

 

そこで本研究では、鼻咽頭拭い液からSARS-CoV-2を精製してMALDI-ToF-MSにて検出する方法を検討しました。

 

次に実験の結果を見ていきます。まず、不活性されたSARS-CoV-2のポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)を行い、約50kDaに主のバンドを確認しました。

 

そしてこの50kDaに含まれるトリプシン性ペプチドをMALDI-ToF MSで質量分析を行いデータベースを調べたところ、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質(NP)に由来する20のペプチドが検出されました。

 

よって以後MALDI-ToF MS分析においてこれらのペプチドを対象分子としました。

 

本研究で使用したMALDI-ToF MS

 

次にSARS-CoV-2のNPの精製についてですが、ウイルスの鼻咽頭拭い液にはいくつかのタンパク質が含まれており、それらがSARS-CoV-2の検出において干渉する可能性があるため、精製操作が必要不可欠です。

 

そこで高いウィルス回収率が報告されている限外濾過を検討しました。

 

不活性化されたSARS-CoV-2とCOVID-19陰性のボランティアの方の鼻咽頭拭い液の混合物を使い、種々の分画分子量で精製を行ったところ300 kDa MWCOの限外濾過カートリッジでクリアに分離できることが確認され、加えてアニオン交換を行うことで、コンタミのタンパク質を除去できることをSDS-PAGEにて確認しました。

 

SDS-PAGEの結果 A:濃縮SARS-CoV-2を異なるMWCOの限外濾過カートリッジで精製した結果 B:鼻咽頭拭い液を異なるMWCOの限外濾過カートリッジで精製した結果 C:SARS-CoV-2と鼻咽頭拭い液を300 kDa MWCOの限外濾過カートリッジとアニオン交換で精製した結果 CF= Concentrated Fraction, FF = Flow-through Fraction (出典:原著論文)

 

次に上記で確立した方法を使って実際に生のSARS-CoV-2とCOVID-19陰性の鼻咽頭拭い液の混合物を精製し、MALDI-ToF MSで分析を行いました。

 

測定方法 (出典:原著論文)

 

108.7 コピーの濃度のサンプルでは7つのNPに由来するペプチドが観測されました。SARS-CoV-2が含まれていない鼻咽頭拭い液のみのサンプルの測定ではこの7つのピークのS/N比は0.86から1.10となり、NPに由来するペプチドのS/Nのしきい値は2.0となりました。

 

MALDI-ToF MSスペクトル (出典:原著論文)

 

種々の濃度のサンプルでペプチドピークのS/N比を比較したところ、SARS-CoV-2の検出限界は106.7 コピーとなりました。この検出限界について、数学的モデルなどの結果を参照し、臨床検体から伝染するウィルス量を検出できるレベルの精度だと考察されています。

 

さらに先行研究にて限外濾過とMALDI-FT-ICR MSを用いた研究では、高いバックグラウンドが検出された一方、本研究では限外濾過とアニオン交換を組み合わせ高精度なMALDI-ToF MSを使用したため低いバックグラウンドでSARS-CoV-2に由来するペプチドを測定できたとコメントしています。

 

濃度ごとの各ピークのS/N比

 

最後にCOVID-19陽性と陰性の方の検体を用いて測定を行いました。具体的に19人の陽性の検体とRT-PCRでもTCID50でも陰性だった4人の検体を上記の精製を行いMALDI-ToF MSでペプチドのピークを調べました。

 

陽性の場合は、2から7のペプチドのピークがしきい値を超えて検出された一方、陰性ではペプチドのピークはすべてしきい値以下となりました。

 

そして調べた陽性検体のTCID50の値よりこのMALDI-ToF MSでは伝染性COVID-19患者からSARS-CoV-2 NPに由来するペプチドを検出できることを確認しました。

 

また、m/z 2060付近に検出されるピークの精密質量に着目し、ウィルスの変異によって検出されるペプチドの質量が変わることが分かりました。これによりこの方法がまさに今流行しているSARS-CoV-2の変異ウィルスにも対応できることが示されました。

 

まとめとして、本研究ではマルチサンプルに適切な精製方法とMALDI-ToF MSを使ったSARS-CoV-2 NPに由来するペプチドの検出に成功しました。

 

この方法のRT-PCRと比較した長所と短所は下記のようになり、測定時間とコストに大きなメリットがあると主張されています。

 

感度についてはRT-PCRよりも劣りますが、陽性患者の隔離の判断には適切な結果をもたらすとしており、この方法がSARS-CoV-2の感染拡大防止に役立つことを願っているそうです。

 

二つの方法の比較

 

MALDI-ToF MSでCOVID-19ウイルスを検出するということで興味深い研究だと思いました。

 

RT-PCRではサンプルの機械の中での滞在時間が長いため、同時測定数を多くしたい場合にはRT-PCR装置が多く必要になるものの、この方法では同時測定数を非常に多くしたい場合でもMALDI-ToF MSは1台で間に合うところが大きなメリットではないでしょうか。

 

これから先、SARS-CoV-2に感染しているかを検査する需要がどこまで続くか分かりませんが、未知のウィルスに対する研究や新たな感染拡大においても対応できる研究成果だと思います。