日本が抱える多くの困難な課題。その解決に科学技術が果敢に挑戦し、未来社会の展望を切り拓く! ― ムーンショット型研究開発制度とは? ― 後編

2025.05.27

内閣府が主導する大型の研究開発プログラム、「ムーンショット型研究開発制度」。前編では、その概要について、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)のムーンショット型研究開発事業部長、中島英夫さんに聞きました。後編では、この事業の特徴や従来の事業との違いについて深掘りします。

 

 ところで、かつてない規模の事業と聞きました

JSTが担当している目標についてお話すると、2023年度補正予算までの研究開発費は約3000億円に上ります。56件のプロジェクトが進んでいて、参画している研究者は3,000人を超えています。(20253月時点)

 

 これまでも、内閣府の研究開発プログラムには革新的な技術開発を支援するプログラム(FIRST、ImPACT)がありました。規模のほかにもそれらと異なる特徴はありますか?

各目標では「2050年までに〇〇な社会を実現」と掲げています。ある技術を「開発する」とか「達成する」とかではなく、「〇〇な社会を実現する」ことを目指している点が、ユニークで今までにないところです。そうした社会を実現するための科学技術的なボトルネックは何かをバックキャストで考えて、それを解決する研究開発を、マイルストーンを設定して進めましょう、ということなのです。

一方で、「〇〇な社会の実現」は、科学技術だけでできるものではありません。
例えば、正式には「サイバネティック・アバター」と呼んでいますが、アバターのロボットを作って、通信環境が整えば、すぐにアバターが活躍する社会ができるかといったら、そうではなくて。社会活動の中にアバターが入るとはどういう意味をもつか、法的に可能なのか、犯罪や何かよからぬことに使われたらどうするのか、どのようなルール作りが必要か。モラルや、いわゆるELSI※ということも当然考えないといけません。各目標では、科学技術的な研究開発だけではなく、どうやったら社会実装できるのかということも、並行して考えています。

そういう意味では、理系だけではなく人文社会系の研究者も入って、何を考えなきゃいけないかとか、何が解決策なのかを議論しながら進めているというのは、ムーンショット型研究開発事業の面白いところだと思います。

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また、学術的に優れた研究者が代表者になってプロジェクトを進める体制では、産業化までもっていくのはなかなか難しい。そこで、ムーンショット型研究開発事業ではプロジェクトのリーダーをプロジェクトマネージャーと位置づけ、「2050年にこういう社会を実現するために必要なことは何ですか、必要な人材を集めてマネージャーとしてプロジェクトを社会実装までつなげてください」というコンセプトでやっています。

研究期間も最長10年と、長いですね

3年とか5年の研究プロジェクトで短期の成果を求めると、研究者も「まずは目先の成果が出るものを」となってしまう。だからもっと挑戦的な研究をやってほしいという思いもあって、遠い先の壮大な目標に向けて最長10年の研究期間で取り組んでもらいましょうということです。成果を細かく求めないのが狙いです。

通常の研究開発事業だと、論文が一番大事になってきますが、ムーンショットの場合、直接的に論文の数がプロジェクトの評価対象にはなっていません。単にサイエンティフィックに良い論文をたくさん発表すればそれでよいというのではなく、2050年の目標に向かって研究開発を進めているか、実現に向けて考えるべきところもちゃんと考えてやっているかどうかが、最も大事な評価の観点になっています。

とはいえ、2050年に目標を実現するというのは非常にハードルが高くて、それを実現するためには今ある技術の地道な進展だけじゃ到底できない。やはりそこに一つ大きな挑戦というか、科学技術のブレークスルーが必須だと私は思っています。

ところで、この評価についてですが。国のルール上、自己評価を含め毎年何かしらプロジェクトの評価をすることになっていて、プロジェクトマネージャーからは「細かく成果を求めるな」と指摘されることがあります。
あくまで進捗の確認が目的で、短期の研究成果を求める意図はないのですが、研究者に誤解を与えず伸び伸びと挑戦的な研究に取り組んでもらえるよう、いろいろと制度の改善は必要だと考えています。

 

国際連携についてはいかがですか

まず、そもそもチャレンジングな目標を実現しようとしているので、それにベストチームで取り組むには、海外からも優秀な方にプロジェクトに参画してもらうのが理想です。
次に、先ほどの例のように、サイバネティック・アバターがいる社会や、超早期に病気を予測・予防ができる社会が最終的には世界展開されることを目指すなら、国ごとに文化や法律、人種などいろいろ違いますから、今の段階から海外の人とも一緒に考えて協力してもらわないと実現できません。という感じで、必然的に国際連携も入ってきます。
気象とか環境問題についても、日本に閉じたことではないのでグローバルに考えないといけないですし。

一方で、国益や日本の産業発展に寄与してほしいという思いもあるので、海外の研究機関にも、特許など成果物の取り扱いについて予め契約で合意してから、プロジェクトに参画してもらっています。

 

 スピンアウトなどもありだとか

サイバネティック・アバターやAI関連、量子コンピュータの分野では、既にいくつかスタートアップが設立されています。まだお話できないものもありますが、これからも出てくる予定です。

 具体的なビジネスになっていると聞くと、この事業が目指す社会実装へつながっていく感じがしますね!


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 最後に、メッセージをお願いします

各目標で目指している社会が、必ずしも万人に受け入れられるのかというと、そうでないこともたくさんあります。アバターだったり人と共生するAIだったりもそうですし、気象制御とか、こころの安らぎをテクノロジーでサポートするなど、そもそもやっていいのかという賛否両論がありますよね。
このムーンショット型研究開発事業では、社会との対話を非常に重視しています。皆さんには、まずは関心を持っていただいて、賛成でも反対でもいいのでいろんな意見をぜひ聞かせてください。その意見に応じて、随時研究開発の方向性を見直したり、新たに検討が必要な課題に気付いたりすることが重要だと思っています。

 ありがとうございました

 

※ELSI
倫理的・法制度的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字を取った略語。新規科学技術を研究開発し、社会実装する際に生じる技術的課題以外の課題をさす

 

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