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昨年、一般家庭の物置から放射性物質の缶が見つかったというニュースが報じられました。発見場所は、大学の元教員(故人)が住んでいた家。現在その家は無人で、発見者は家族だったとされています。研究者ご本人は、定年後大学に戻せなくなってしまったのか。家族にも言えず悩んでいたのではないか。その心中を想像すると切なくなってきます。
今回は、ラボ専門整理収納アドバイザーが考える、秘密を抱えなくてすむラボ整理について書いていきたいと思います。
CONTENTS
今回のケースはニュースになって世間に知られ、大学のトップが謝罪会見していました。
ここまで行かなくても、研究者や技術者が使っていたものが処分されず放置され、後の人が困る、というのはラボ内ではよくあること。ラボにいる人にとって、決して他人事ではありません。「組織として整理をしていればこんなことは防げる」と思われるかもしれませんが、なかなかそれができないのがラボという場所のやっかいなところです。
時間が経つほど整理が難しくなるのは、以下のような特徴を持つものです。
・規制がなかった時代には問題視されなかったが、現在では規制対象となるもの
例:今回発見されたような放射性物質、麻酔薬、麻薬の代わりに使われるようになった化合物(いわゆる脱法ドラッグ)
・帳簿管理されるべきなのに、記録が残っていないもの
例:誰が購入したか分からない試薬や装置
・鍵付きの保管庫で管理されるべきものが、無造作に置かれているもの
例:麻薬や毒劇物、麻酔薬、向精神薬
つまり、規制がゆるかった時代の名残が「いま見つけてしまったらやっかいなモノ」として眠っている可能性があり、なにか出てきても不思議ではありません。
放射性物質はかつて一般のラボで使われていた時代がありました。また、現在規制対象となっている化合物の中には、かつては一般試薬として扱われていたものもあります。
しかし現在ではこれらが不適切に保管されているとニュースや事件の発端になり、その結果、組織の責任者が謝罪会見を開くなど、対応のために時間を費やす事態に陥ることもあるのです。
「ラボ遺物」が家や別の場所に持っていかれたら発見は困難になりますから、早めにラボ内で対処したいものです。ラボ内で発見される場所は、多くの場合、長い間棚卸しが行われていない収納や箱の中です。特に、いなくなった人の箱からは危険物が出てきます。実際、片づけサポートでクロロホルムや向精神薬の瓶がでてくることがあります。
発見が遅れる・または発見できない理由は 3 つあります。安全巡視の限界、専門性の壁、研究組織の風土、です。
まず第一に、安全巡視の限界です。問題となるようなモノは収納のなかに潜んでいるのに、収納の中まで見られることはないからです。そもそも、収納の中がぎっしり詰まった状態だったら、他のものに紛れてしまうため発見は不可能です。安全巡視で目が届かない部分に何があるか完全に把握できるのは、まめに棚卸ししているラボの責任者だけです。
専門性の壁、というのは、研究者本人以外の人からは危険度や重要度が分かりにくいことを指してこう呼んでいます。研究内容によって使うものが異なるので、同じラボの人であってもなんだかわからないモノはよくあります。たとえば、合成サンプルがガラスの容器に入っており、内容物の記載が略称だったり構造式だったり、ということだとそれ以上の情報は研究者本人に聞くしかありません。
会話例:
巡視担当者「(オレンジ色の液体を指して)これはなんですか?」
研究者「蛍光ナノ粒子です」
巡視担当者「危ないものですか?」
研究者「危ないものじゃないです」
この会話例のように「これは危ないものじゃありません」と言われたら、それを信じるしかない。さらに、それが必要なのかそうでないのかというのは、研究者本人以外にはわかりません。
研究組織は、片づけができない・あるいは苦手な研究者に優しく(寛容に)できています。「人がやらないことをやって成果をあげる」ことが求められる職業なので、「見た目を整える」や人と同じ振る舞いを求められる「同調圧力」は他の職場に比べたらずっと少ないと思われます(個人の感想です)。そうした組織風土は研究者個人にとっては過ごしやすく自由である反面、カオスになりやすい土壌といえるでしょう。
「いなくなった研究者のモノ」というのは、内容物の表示があれば捨て方がわかるので、薬品や廃棄物の一斉回収日に持っていけます。しかし物量が多いと分別や運搬の手間と時間がかかり、「どうして捨てて行ってくれなかったのか」と誰かを恨みたくなります(多くの場合、だれが置いて行ったのかわからない)。
この「ラボ遺物」問題を解決するには、ラボのトップが主導し棚卸しと整理を進めることが必要です 。危機管理意識があるラボのみなさんは、放置されているあやしい段ボール箱の中身を真っ先に確認しましょう。早期に問題が発見されれば、その分リスクを軽減できますし、自分の不要品を一緒に整理しておけば、その後研究に集中できます。
今、現場にいる人は過去の物に責任を持たされることなく、そして自分も残すことなく、誰も謝罪会見せずに済む未来であってほしい。大学名や研究機関名を背負った会見は、晴れやかな研究成果発表時だけにしたいものです。