研究費がカオスをまねく

2024.04.10

ラボのみなさま、こんにちは。

 

研究費が余っているとわかったら、読者のみなさんは何を買いたい(買って欲しい)ですか?

年度末が近づくとボスから「何か欲しいモノがあったら言ってください」といわれます。「ノートパソコン買ってください」と欲しいものを正直に言ったら買ってくれる、わけじゃない。でも希望を聞かれるのはちょっとうれしい。考えた末、控えめに「単三乾電池ほしいです」と返信したら「もうあります」と引き出しから出てきました。

 

さて今回は研究費と片付かないラボの関係がテーマです。

なにか欲しいものない?と聞かれるとき

 

ボスが急に気前良くなる時期、その頭にあるのは

「余りそうな研究費をなんとかして有効に使い切りたい。一円たりとも残さずに」

ということだけです。

 

たまに景品が変更になってしまうので要注意ですがパン屋のポイントシールであれば、有効期限なく欲しい景品と交換してもらえます。ところが研究費は余ったら返さなければいけない。次に繰越したいのにそれができない。使い勝手の悪さはパン屋のポイントシール以下です。

 

決まった日までに使い切らないと権利が失われ、そして余った研究費を返しても何もいいことがないのでなんとかして使い切ろうとする。

この研究費の仕組み自体がカオスを誘発する原因になっている。その現状をお伝えしていきます。

 

 

余った研究費でなにを買う?

 

消耗品を買ってストックする。または特に必要じゃなくて、今あるモノで足りているけど、お金が余っているから買っちゃうか、という類のモノを買っています。

 

そしてクリップや消しゴムという文具で端数合わせをする。(真偽のほどは不明ですが、某大学で研究費使い切り目的でのクリップ購入が禁止された、との伝説があります)。

 

バイオ系ラボだったら、試薬、ゴム手袋、プラスチックのチューブ、注射筒、研究材料を買うのですが、余っている金額が多いと、なかなか使いきれません。すぐには使いきれない量を買ってしまうので未開封のまま消費期限が切れます。消費期限がないと思われているゴム手袋やラップやテープも寿命は永遠ではなく、劣化して破れやすくなります。


 

消費期限切れでも捨てられない

 

ものを買いすぎてラボに溜まっている実態をよく目にします。家で新品のタグがついたままの服やバッグを使わずに衣装ケースに眠らせている間に、トレンドから遠くなってしまっている状況とよく似ています。

 

こうしたものは、いずれは「新品のまま捨てられる」という末路をたどります。消費期限が書いてあれば、「10年超え」が捨てに踏み切る目安となることが多いです。

 

ある日、7年前に使用期限が切れている測定キットがあるのを見つけました。7年、というのは(ある人にとっては)捨てのハードルを超えられるかどうか微妙な年数です。

何年も測定していない、ということはその実験はずっとやっていなかったことを意味しています。それが今でも本当に使えるのかどうかはやってみないとわかりません。もし奇跡的に使えたとしても、出てきたデータを信用できるという保証はありません。

 

それでもボスが「とっておく」と言うのはなぜか?

 

経験上、「まだ使える」から、という場合もありますが、たいていは捨てて後悔するよりも保留の方が気楽だからです。捨てるのには手間暇がかかるのでそのために時間を割くのも面倒ですし、捨てなければ、いちども使わずに研究費を無駄にしたという罪悪感を感じなくてすみます。しかし人件費と時間をかけて、使用期限切れキットの品質を確認し、(すでに興味が失せている)昔のテーマを復活させる面倒臭さがあるので、ほとんどの場合使う機会は訪れません。

 

 

適正量がわからない研究

 

適正量の予測ができないのに買い物をしなければいけないのもモノがたまる原因です。

スーパーマーケットであれば、寒い日が続きそうだから鍋の材料を多く仕入れようとか、コントロールしているでしょうが、ラボでは何をどのくらい使うかはお天気ではなく進展状況とテーマによって変わります。身に余る高額の助成金をもらっても使いきれない。分割して賃金に上乗せしてくれればいいのに、あらかじめ研究費の使い道がきめられているのでそういうわけにもいかない。


買ったものに汎用性がない場合、10年かかっても使いきれない物量の在庫となります。やがてフリーザーの霜の中に埋もれたまま何年もすぎてゆき、発見されたころにはその実験をやっていた人もいなくなり、ラボ自体も世代交代して研究テーマもなくなっているのです。


テーマが違うと使うモノが違う

 

企業の開発研究寄りのラボは、確立された手法で一つのテーマを研究しているため物品を共有しやすい。一方、メンバーがそれぞれのテーマで基礎研究している大学や国研ラボでは共有できるものが少なくなります。子供は体が大きくなるとわかっているので、上の子が着たものをとっておきます。しかしラボではそうした「つかいまわし」や「お下がり」がしにくい。上の子はクワイエット・アウトドア、下の子はバレエコア、お母さんはダークアカデミア(こういう専門用語は要検索)、みたいなもので、それぞれで研究分野やテーマが違うと使う用語も違うし使いたいモノも違うのです。それゆえ、共有できない特殊な機器や試薬が残っていく傾向にあります。

お金がないから捨てられない

 

実家には、新聞販売店からもらった洗濯用粉石鹸の大箱が物置にあるものです(うちだけですかね)。昔の粉石鹸は“無りん”と巨大フォントで書いてあり、箱もデスクトップパソコンのハードディスクくらいあります。モノもお金もない時代に育って苦労した経験から「いつ買えなくなるかわからない」「いつ足腰が弱くなって買い物に行けなくなるかわからない」という不安があるゆえに物持ちが良いのです。

 

 

ボスには、こんどの科研費が取れなかったらどうしよう、企業とのコラボが打ち切りになったらどうしよう、の不安がある。そういう心配はお金があるときに手に入れたモノをたくさん備蓄する方向に向かわせます。それだけでなく、すぐに使う当てがなくても他のラボで不要になった機器をもらってきたり、むちゃくちゃ遅いパソコンをとっておいたりします。「研究業務員が勤怠時間を入力するだけなら使えるかも」ととってあるので、捨てないのです。

ラボの片づけをすると「これ、〇〇さんがやってた実験の試薬だー」みたいな、いなくなった人のモノが必ず出てきます。これはもう処分なのかな?とゴミ袋の口を広げて待っていても、ボスの手は止まったまま、何か考え込んでいます。研究費を稼いでくる人としては、今は誰も使っていなくても「誰かまたこの実験やるかも(やらせるかも)」「学生のなにかの練習に使えるかも」と捨てられないのです。

 



まとめ

カオスのラボにいるみなさん。物持ちのいいボスも、きっかけがあれば思い切れることが多いです。「もうここを整理しないと新しいサンプル入りません」「新人さんがきたときモノをいれてもらう場所がありません」「いるのかいらないのかわからないモノがあるので見ていただけますか」と言って、ボスに整理の時間をとってもらいましょう。

 

整理の目的はボスに何かを捨てさせることではありません。ラボを使いやすくすることです。「これ、いらないんじゃないですか」は禁句です。今回書いたように、ボスがモノを捨てないのにはそれなりの理由がある。特に、研究費をゲットするための様々な苦労が溜め込みにつながっている。それを理解し尊重しつつ整理の機会をつくりましょう。

 

ラボで働く人が集まると研究費をめぐるエピソードに事欠かないですね。面白い話があったらぜひおしえてください。

 

今日の整理収納Tips

・余った研究費で買いすぎるとラボがカオスになる

・ボスにはお金(研究費)がなくなる不安があるゆえに備蓄を多めにもつ傾向がある

・きっかけがあれば整理が進む

・すっきりさせたいから整理したいんだろう、と誤解されないよう言葉に気をつけよう

 

【著者紹介】ショウボ

筑波大学卒業後、製薬会社の研究所に30年以上研究者として勤務。博士(医学)
医学部の大学院研究室を経て現在は国立研究機関で研究業務員。
2017年よりラボ専門整理収納アドバイザーとしても活動中。
ラボ整理研究室を主宰。

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