【医療コラム】ワクチンの革新的投与経路「皮内投与」の知られざる魅力 -薬剤皮内投与の積もる話

2023.12.12

皆さん、初めまして。免疫学ヲタクの伊純(いすみ)と申します。

私は免疫学をバックグラウンドに、製薬企業で再生医療や癌検査の開発をしてきました。その経験から、現在は株式会社ライトニックスというワクチン関連の医療機器ベンチャーで、薬剤の皮内投与ひないとうよいう投与経路について免疫学の観点から魅力を発信しています。

 

ワクチンのような免疫に作用する薬剤は投与経路によって薬効が大きく変わり、その中でも皮内投与という投与経路は従来の筋肉注射や皮下注射とは異なる特殊な効き方をすることが知られるようになってきました。

 

そんな皮内投与の魅力について、今回から「薬剤皮内投与の積もる話」と題して、色々な感染症のケースについてシリーズでお届けしたいと思います。

 

今回は、皮内投与とは何かに焦点を当てて、その利点について概説したいと思います。

 

皮内投与とは?従来の注射法との違いについて

皮内投与とは、図1の模式図のように皮膚の表面からごく浅い領域に局所投与する方法です。

 

従来の筋肉注射や皮下注射では皮膚に深く針を穿刺せんししますが、皮内投与では皮膚表面から僅か2mm以内にある、表皮と真皮からなる「皮内」という領域を狙い打つことになります。

 

様々な薬理的利点が知られる投与方法ですが、針先をシビアにコントロールする手技精度が求められた投与方法となるため、施術が難しく普及に歯止めが掛かっている状況でした。

図1 各種投与経路の違い

 

では、なぜそこまで難しい皮内投与をわざわざ行うのでしょうか?

その答えはずばり、「免疫学的な利点」と「薬物動態学的な利点」にあります。2種類の利点について、順を追って解説していきます。

皮内投与の薬理的利点(1)免疫学的な利点 ~抗原提示細胞の豊富さ~

まず皮内投与の最たる特徴としては、異物の情報を多様な免疫細胞に伝えて免疫防御を惹起じゃっきする抗原提示細胞へのアプローチにあります。

 

例えばワクチンの作用機序(*1)は、病原体由来の抗原が樹状細胞やマクロファージといった抗原提示細胞に取り込まれて免疫応答が活性化され、ウイルス排除の免疫反応が惹起じゃっきされて免疫防御が獲得されていく流れとなります。

 

このため、ワクチンを機能させるには抗原提示細胞に効率的に送り届けることが必要になりますが、皮内には他の部位と比較して高密度の抗原提示細胞が局在しているという特徴があります。

 

具体的には図2のように、表皮にはランゲルハンス細胞が局在し、真皮には樹状細胞が局在しており、特に真皮に局在する樹状細胞がワクチンの抗原提示には重要な役割を果たすことが知られています。

 

勿論、筋肉注射や皮下注射でも樹状細胞やマクロファージといった抗原提示細胞へワクチンが送達されて免疫防御が獲得されますが、その密度は皮内領域で特に際立って多いため、皮内投与ではより高効率な免疫獲得が惹起じゃっきされるという利点があります。

 

このため、皮内投与ではより高いワクチンの有効性が得られることや、1/5量など大幅に少ない投薬量で十分なワクチンの有効性が得られること、全身性の副反応が少ないこと、従来の投与方法では免疫獲得が惹起じゃっきされなかった方々 (Non-responderあるいはLow-responder) へも免疫獲得が得られること、といった知見が報告されており、特にワクチンの感染症防御については多くの利点が示唆されはじめています。

 

皮内投与の薬理的利点(2)薬物動態学的な利点 ~所属リンパ節への送達効率の高さや血中持続時間の長さ~

皮内投与の薬物動態学的な特徴としては更に薬剤の所属リンパ節への高い送達効率と血中持続時間の長さに分けられます。

薬剤の所属リンパ節への高い送達効率について

身体中には図3のようにリンパ節が縦横に走行しており、リンパ管も無数に各部に分布しています。

 

例えば異物が表皮バリアを通過して体内に侵入した時、抗原を貪食どんしょくした抗原提示細胞はリンパ管を通って最寄りのリンパ節へ遊走(*2)することで、リンパ節内の膨大な免疫細胞へ抗原が提示され、種々の免疫細胞が活性化されて免疫防御が機能します。

 

この時の最寄りのリンパ節のことを、その部位における所属リンパ節と呼びます。

図3 全身のリンパ管走行と所属リンパ節の分布

 

樹状細胞の抗原提示における遊走を例に解説すると、前章で解説したように、皮内には多数の樹状細胞が常在しているため、表皮バリアを通過して侵入した異物は真皮に局在する真皮常在性樹状細胞に貪食どんしょく(*3)されます。

異物を貪食どんしょくした樹状細胞は速やかにリンパ管を通って所属リンパ節へ遊走しなければなりません。

このため図4のように、樹状細胞が所属リンパ節へ遊走しやすいよう、皮内領域には管壁が開孔した毛細リンパ管が走行しており、この開孔を通って樹状細胞はリンパ管に入り、所属リンパ節へと遊走できる構造になっています。

 

 

この構造から、皮内投与された薬剤は毛細リンパ管の管壁の開孔を通ってリンパ管を流れ、他の皮下注射や静脈注射と比較してダイレクトに所属リンパ節へ流れ込むため、皮内投与では薬剤が高濃度に所属リンパ節へ送達されることになります。

 

薬剤の血中持続時間の長さについて

皮下脂肪や筋肉内のような深部には太い主要な血管が走行していますが、皮内領域には太い血管は走行しておらず、図5のように毛細血管が走行しています。

 

皮下注射や筋肉注射のような深部への投与経路と比較して、皮内投与では径が細い毛細血管を通して身体中に循環するため、薬剤の循環速度は比較的遅くなります。

 


皮内投与により、薬剤の循環速度を遅らせることが出来るということは、より薬剤の持続時間を延長できる利点に繋がります。

 

例えば、インスリンやホルモン投与などでは、一時的な血中の薬剤濃度の上昇よりも、ある程度の薬剤濃度が長時間血中に持続することが必要となります。

 

このような医薬品の投与では、筋肉注射や皮下注射、静脈注射よりも、血中の薬剤濃度をより長い時間持続させられる皮内投与は適した投与経路となります。

 

以上のように血中持続時間の延長等に見られる薬物動態学的な特徴は皮内投与の利点となります。

 

まとめ -皮内投与の知られざる魅力

第1回となる今回は皮内投与についてざっくりと利点について概説してみました。

 

大きく大別すると、皮内領域に局在する免疫細胞の豊富さによる免疫学的特徴と、皮内領域に走行する毛細リンパ管や毛細血管の走行による薬物動態学的特徴に分けられます。

 

ワクチン用途では、皮内投与により有効性の向上や、それによる一人当たりの投与量の削減、副反応の緩和などが期待されています。

 

免疫疾患治療薬の用途では、皮内の毛細リンパ管を通ってダイレクトにリンパ節へ送達されるため、薬効の向上が期待されています。

 

その他、インスリンやホルモンのように、ある程度の血中濃度を長く持続させることが必要となる医薬品用途では、毛細血管を通じた緩徐な血中移行により、持続時間の延長による薬効の向上が期待されています。

 

以上のように多種多様な用途で皮内投与は医薬品の薬効向上が期待されますが、投与の難しさや、投与経路として研究が始まった歴史は未だ浅い等の理由により、未だ十分に魅力が広まっているとは言えない状況です。

 

このように多くの魅力が詰まった皮内投与は今後の臨床において革新的な経路となるポテンシャルを秘めていますので、そのような魅力を広めて普及の一助となるべく、今後の情報発信に努めて参りたい所存です。

 

第2回からは具体的な用途について連載を続けていきたいと思います、どうかご期待ください。

脚注

(*1)作用機序  本文に戻る
薬やワクチンが、治療効果を及ぼす仕組みのこと。

(*2)貪食  本文に戻る
体内の細胞が不必要なものを取り込み、消化し、分解する作用のこと。

(*3)遊走  本文に戻る
細胞などが生体内のある場所から別の場所に移動すること。

 

【著者紹介】伊純 明寛

株式会社ライトニックス 技術企画部 部長 兼 薬事担当(品質保証本部 本部長 国内品質業務運営責任者)
製薬企業で免疫学を研究してきた免疫学ヲタク。薬剤皮内投与デバイスを開発している株式会社ライトニックスという医療機器ベンチャーで、皮内投与という投与経路について主に免疫学の観点から魅力を発信しています。