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今回は、数々の秘密のうち、片付けが始められないラボの方にもおすすめしたいテクニックをシェアします。
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前回の記事(ラボのカオス形成につながる5つの誤解)に「使いやすいラボの秘密を紹介していきます」と書きました。
使いやすくする近道は不要品を整理すること。「物が少なきゃ収納テクはいらない」という名言の通り、まず整理をするほうが後々の管理も掃除も楽になり、床でブレイクダンスしてもいいくらいの余裕ができます。これは秘密ではなく、片付け常識の一つとなっています。
しかし「知った」と「できる」はイコールではありません。それに、勝手に捨てられるなら苦労はしないよ、という呟きも聞こえてきそうです。
世の中にはいろいろな事情で整理に手をつけられないラボというのがあります。研究所のように用途すらわからないもの・ゴミにしか見えない腐ったミカンなどがたくさん転がっている場所では、専門の人にしか判断できないことがあるのです。今後の実験に使うかどうか、判断できる人に時間を取ってもらわないと、整理することは難しいです。
管理責任者や実験指導者であっても、情報なしで判断はできないものがあります。「(実験は学生がやったから)いつの実験の何のサンプルかわからない」。もし実験途中のサンプルを捨てると論文が書けなくなって各方面が困ることになります。
しかし今は整理に手がつけられなくても、いざ管理責任者が整理する気になった時(もしくは時間がつくれたとき)に備え、要不要の判断をしやすくするような情報の整理整頓をしておくことは、管理責任者以外の人にもできます。
それが「在庫調べ」のようなリストアップです。そのリストアップ作業を助けるのが、
収納に地名番地をつける
ことなのです。
実際の作業として、収納に地名番地をつけるだけだったら部外者でも簡単にできます。部屋をぐるりと見渡し、時計回りに目についた棚や冷蔵庫などにペタペタシールをつければいいだけですから。荷造りテープやシールプリンターで目立つように大きい文字で貼ればいいのです。
もうすこし具体的に考えていきましょう。
地名地番という言葉から真っ先に思い浮かぶのは「住まい」の住所でしょう。
区別したい箇所が多くなればなるほど、体系的な仕組みが必要です。住所は〇〇県 〇〇市 〇〇1-2-3という「地名」と「数字(地番)」がセットになっています。そして郵便番号も併用されていますね。このような住所表記体系がないと、郵便も宅配便もコウノトリもサンタクロースも正しく届けるのが難しくなります。
ところで、なにかをシンプルに表現することの難しさは小説「我輩は猫である」を読むと理解できます。
教師の家で飼われることになった「我輩」に対し、近所の美しい猫・三毛子は自らの飼い主について以下のように自慢しています。
「天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘」
三毛子の真似をして、ラボ冷蔵試薬の保管場所を表現してみましょう。
地名地番がないとこうなります。⇩
「〇〇実験室に入って左手の奥の流し台となりにある冷蔵庫の下から3段目の右側の引き出し」(41文字)
「…ニャんて?」
小説であればこの回りくどいことがユーモアになりますが、これほど多くの文字列を実験ノートに書くのは「面倒」でしかないです。
一方、収納に地名番地がつけてあればかなり文字数を減らせます。
それではどういう付け方をすればいいのか?
簡単で他と重複せず、順序がわかりやすい名前であることが条件です。
ではここで、みなさんのラボにはどんな収納があるか思い浮かべてみてください。
棚・実験台・引き出し
低温室や恒温室、クリーンベンチやドラフト
冷蔵庫・冷凍庫・キャビネット・試薬庫・・・
どのくらいの数の収納があり、またその中はどのように分かれているでしょうか。
次に、地名にふさわしいのはどんな名前ですか。
和食弁当、宴会場や旅館の部屋名によく使われる松、竹、梅? グレードが違うことを表したいですか?
群馬県の某付属小学校でクラス分けに使っているのは赤城・榛名・浅間・妙義です。この名づけ方は競技をやらせ、ライバル心をあおりたいときには便利です。
…このように名称自体に意味のある言葉や並び順の共通認識がないものを使うのは、何らかの隠れた意図がある時なのでやめたほうがいいでしょう。
ためしに、フリーザーに以下のような名称を付けるとどうなるかを想像してみたら、「やめたほうがいい」理由がわかるでしょう。
教授の研究費で買ったフリーザーは松、准教授の研究費で買った冷蔵庫は竹、もう一人の准教授の棚は梅。
・・・・職位の順位付けになってしまいますね。
「俺の棚、梅なの!?」
上記のような理由から、あんまり頭や気をつかわずに済み、簡単で順序がわかりやすいという点で、A、B、Cのアルファベットと数字の組み合わせが無難です。独立した収納1つに対しアルファベット一文字をあてはめ、段や引き出しには数字を当てはめます。
同じ段にいくつか箱があったら、それぞれに枝番をつけます。
アルファベットなら最大26まで使えますし、それに続く数字、さらに枝番があれば相当な数の場所を区別することができます。
ただ、この名づけにはひとつ難点があります。
I-1-1のように“アイ”を使うと、これ単体で見た時に数字と頭文字の区別がつきにくいという点です。9以上収納がある場合、スキップしてJやKにしてもいいのではないかと思います。
さきほどの面倒な「〇〇実験室に入って左手の奥の流し台となりにある冷蔵庫の下から3段目の右側の引き出し」41文字をアルファベットと数字で表すなら、
201室A-4
と7文字にできます。実験室がひとつしかないなら、“A-4” だけでも通じるでしょう。
実験ノートに試薬やサンプルのありかを書くとき、文字数が少ない方が便利なのはいうまでもありません。
では次に、枝番がついている収納の例を見てください。
収納Mの3段目にカゴを複数おく場合、以下のようにカゴに枝番をつけます。
このように地名地番を与えてから、エクセルのような表計算ソフトで在庫リストをつくっておけば、調査、検索、入れ替えが容易です。
実際、M3-3に納品して後から試薬管理シールを貼るという場合に探しやすいです。
また発注者の代わりに納品を受け取って「M3-3に入れましたよ」と発注した人にありかを伝えるのも便利です。
長々書いてきましたが、ラボを使いやすくするためにまずやってみてほしいおすすめテクニックは、
「すべての収納に地名番地をつける」
なのです。
管理責任者やボスからの指示待ち中にできることは、どこになにが入っているかをわかりやすくすることです。収納ごとに中身の情報の整理整頓をしておけば、聞かれる方も報告する方も楽になるのです。
ところが地名地番がついていないとどうなるか。
冷蔵庫が2台並んでいて、それぞれに引き出しが8つあったら、目的の冷蔵庫たどり着けたとしてもさらに探す手間が発生します。
だれかに場所を説明するとき、かならず聞き返されます(猫の我輩も三毛子に対し「何?」と聞き返していました)。
高価な実験ノートの空間が2行分消費されます。
ノートに書くのが面倒になり、記録しなくなります。翌日には忘れてしまい(わたしのことです)、同じ実験をやろうとしても探すのに時間がかかる、ということになります。
冷蔵庫内の区割りマップとして誰のものが入っているかという個人名や、何があるか品名を表にして貼り付けているラボはよくあります。地名地番をつけて、さらに区割りマップをつくるのならいいのですが、マップだけでは不十分です。
マップだけで用がたりる、と思っている皆さん。わたしも前の職場ではマップでいいやと思っていましたが、このマップだけだと不便なことがあります。どんなとき不便かというと、実験ノートにサンプル保管場所を記録するときと、他人に伝えるときです。フリーザーが複数ある部屋なので場所を特定しにくいのです。
ほとんどの収納に地名地番がついているのですが、数箇所だけついていないところがある。あとから買い足したか、持ち込まれたからだと思われます(ここにも区割りマップは貼られています)。
誰かに実験を教えたり引き継いだりする際、プロトコール(実験手順)を渡します。そのとき、多くの試薬のありかをいちいち「〇〇実験室に入って左手の奥の流し台となりにある冷蔵庫の下から3段目の右側の引き出し」と書いていたら、一発では理解されません。教える方も教わる方もうんざりでしょう。
(次回に続く)