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以前LabBRAINSで#5 カイコから作られる有用タンパク質が人や動物の医薬品原料へにて「カイコから独自の技術でタンパク質を生産する今注目の大学発ベンチャー」としてKAICO株式会社をについてご紹介しました。そのKAICO株式会社が2022年大学発ベンチャー表彰にて、科学技術振興機構理事長賞を受賞されました!
今回は受賞を記念して九州大学伊都キャンパスのすぐ近くにある福岡市産学連携交流センターにお邪魔し、事業や研究、キャリアについてお伺いしてまいりました。その内容をお届けいたします。
前編では開発責任者の谷口さんから、新型コロナウィルス抗体検査キット開発までのエピソードをお伺いしました。
CONTENTS
谷口雅浩
熊本大学大学院の博士課程を修了した後、東京の製薬会社で研究者として従事していたが、治療ではなく診断に興味を持ち富士フィルムへ。その後、地元九州でバイオビジネスに携わりたいと模索していたところKAICO株式会社に出会い、その魅力に惹かれて2020年1月にジョインした。
開発責任者として研究だけでなくビジネスサイドにも幅広く携わっている。
趣味は家族と過ごすこと。子供の影響で最近は電車にも詳しくなったとのこと。
佐々木友樹
宮城県出身。大学卒業後は熊本のワクチンメーカーにて技術職に従事。技術以外のビジネスサイドにも興味を持ち始めたことをきっかけに関東のベンチャー企業へジョイン、その後2021年3月からKAICO株式会社に入社。主に人向けの商材を中心に技術、サービス両面の開発を担当。入社当初は熊本に出向、2022年5月から福岡本社勤務となった。
今回の受賞につながる主な実績は新型コロナウィルス抗体検査キットですね。私は初期から携わっており、佐々木はオミクロン株に対応した抗体測定の開発責任者としてサービス立ち上げまでやっていました。佐々木は入社当初は熊本で経口のワクチンやサプリメントの研究を行っていました。熊本大学の研究テーマは主にヒト向けのワクチンやサプリメントに関するものになっています。福岡には4月に戻ってきてもらい、以降オミクロン株のプロジェクトを無事成功させてくれました。
スタートアップのフェーズで1万キットというのはインパクトが大きい
抗体キットの成功は大きかったですね。狙い通り、やはりニーズがありました。ワクチンを打った後どのくらい抗体が上がっているのかの確認や、いつワクチンを打てば良いのかという指標にするために抗体レベルを測定したいという人が多いようです。
昨年発売された抗体測定キット。自宅で気軽に検査することができる
カイコは元々人が栄養として摂取したり、動物の飼料に混ぜたりと、昔から私達の生活に身近な存在として飼育されてきました。絹の輸出をするために産業目的で養殖されていたという歴史もあります。
1970年頃から今度はカイコに絹以外のたんぱく質を作らせるという研究が広がり始めました。研究が進み、カイコを使った組み換えたんぱく質の開発が事業化されたんです。色々なたんぱく質をつくる技術は大腸菌のような微生物や哺乳類の細胞を使うものもありますが、昆虫であるカイコを使うと大量に製造できるという点で大変メリットがあります。
KAICO社が所有するカイコを使ったタンパク質の生産技術
昆虫の中でもカイコは4000年来家畜化されてきた歴史があます。量産的な観点ではカイコ自体の大量飼育、大量生産も簡単にできますし、組み換えタンパク質を必要とするようなバイオ医薬業界では有効なアプローチになっているんです。
実はカイコは唯一組み換えタンパク質をつくる技術が確立されている昆虫です。コオロギやミールワームといった昆虫も最近は食用として注目されていますが、あくまで素材そのものを食材として使用するというものです。カイコは食材としてだけでなく、他では作れない付加価値の高いタンパク質をつくる原料として利用することができます。
少量で付加価値の高いものを作ることができる、例えるならフリカケのようなものだと思っています。KAICOではその技術を様々な分野に応用して、ワクチンや診断、受託研究などをしています。
カイコの飼育も自社で?
飼育は自社では行わず、基本的には他社から買っています。そもそも大量のカイコを必要とするものではないので飼育自体のノウハウは特に必要ではないんです。その後の薬剤開発フェーズが当社のユニークな領域になっていて、そこで自社技術やノウハウを活かした研究開発を行っています。
冷凍保存された「冬虫夏草」の原料。KAICOでは漢方ではなく、
サプリメント向けの原料として受託生産している
創業当初の2018年からワクチンを作ることが事業のターゲットになっていました。当社の技術は九州大学日下部教授の研究をベースにしております。元々は豚や鶏や魚といった動物の感染症に対する組み換えタンパク質型ワクチンの研究が進んでいましたので、人よりは動物が主なターゲットでした。九州は元々食用の家畜が多い地域ですしね。そんな中、2019年末から新型コロナウィルスがまん延しはじめ、そちらにも着手したという流れです。
日下部研究室では豚のコロナウイルスの研究を行っており、その研究がヒトの新型コロナウイルスに活かせないかと、日下部研究室の主導で研究が始まりました。そうして日下部先生達が開発したタンパク質をKAICOで大量生産することに成功したんです。その際、色々な製薬メーカーにお声がけしました。ところが先行してすでに別のタイプのワクチンが市場に投入されていたこともあり、当時はあまり興味を持ってもらえなかったんです。
インタビューに答えながら当時を振り返る開発責任者の谷口さん
コロナワクチンの開発が難しくなる中、せっかく開発したタンパク質をなんとか活用できないかと検討していたところ、埼玉で診断系のビジネスをしているバイオベンチャーであるプロテックス社と抗体測定に使えるのではないか?という話が持ち上がりました。
プロテックス社はウイルスや細菌を検出する装置、及び体内の抗体の有無を検証する検査キットを開発している会社です。そこでKAICOで新型コロナウィルスのスパイクたんぱく質を作り、プロテックス社で抗体の量を計る技術を組み合わせた抗体キットを開発して市場投入したのです。
そのパートナー企業が検査キットの製造販売を行なっていましたが、抗体測定の意義が浸透せず、検査キットの売れ行きがあまりよくありませんでした。そこで、自分達でTo C向けにサービスを構築しようとなりました。かなり勇気のいる方針転換でしたが、代表の大和が中心となって覚悟を決めて進めました。
To Cビジネスは経験もありませんし、相当苦労しました。当社にはコールセンターもなければシステムも持っていません。ビジネスの流れを組み立てるところから始め、外部との連携が必要なところには直接電話して声をかけ、少しずつ座組を構築していくことから始めました。そしてようやく今の抗体検査サービスの形ができたんです。
ヒリヒリするような意思決定の連続でも苦しさより充実が勝る毎日だったとのこと
これまで研究畑だったのでサービスを構築するというのはこれまでと全然違う仕事でした。研究企画もやっていたので少しは経験があったのですが、ビジネス全般をコーディネーションをするところまでやったのは初めてで、まさにベンチャーらしい仕事だと思いました。不安もありましたし、感染症対策という事業の性質上、ビジネスの賞味期限も決まっていたのでやるしかないという想いでした。
着手してから実際に売るまで半年というスピード感の中で色々な苦労がありましたが、一番大変だった部分は”どんな風にお客さんに結果を見せるか”と、”価格”でした。
アカデミックベンチャーが製品を世に出す際の一番のネックがここだと思うのですが、いくらラボですごいものができたとしても、市場では現実的な価格でないと実際には売れない。お客さんのことを考えて製品と価格に落とし込むところには非常に苦労しました。
当時は社員も7名ほどしかいませんでしたが、3、4名のスモールチームで代表の大和と相談しながらスピーディに意思決定を進めていきました。弊社では現場に裁量権を与えながら比較的自由に進められるという風土があります。そのおかげで、苦しい中でも逃げ出したいというような思いは全然ありませんでした。
研究もしながらビジネス側の経験も詰める本当に貴重な経験でした。今は研究現場ではなくビジネス全体を統括していて、佐々木が私に代わって現場で活躍してくれています。
ワクチン開発から抗体検査キットへの方向転換、To CビジネスからTo B、そしてまたTo Cへと目まぐるしく方向修正を繰り返しながらスピーディに市場化までこぎつけた、まさにスタートアップならではのお話をお伺いできました。
後編では佐々木さんも交えてスタートアップの仕事やご自身の経験について、KAICOの今後の展望についてお伺いした内容をお届けします。
この記事にご興味をお持ちになった方は是非お気軽にお問合せください。