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カーボンニュートラルというキーワードはLabBRAINSでも度々登場しておりますが、私達が持続可能な経済活動を続けていく上で、環境への配慮は必須のものとなってきております。製造業では特に事業内容に直結することが多く、工場でのエネルギー消費量の低減に苦慮されている企業様もたくさんいらっしゃるかと思います。
今回ご紹介する株式会社EnergyColoring(以下、当社)は、電流AIを用いた消費電力内訳クラウドサービスの開発運営、スマートフォンを用いたIoTデバイスの開発を行っているベンチャー企業であり、これまで日本全国の幅広い業種のご相談を受けてこられたそうです。
平成最後の平日に設立というユニークな会社で、令和の技術革新、価値観の躍進への貢献を志す、技術集団でらっしゃいます。一般的なクラウドサービス事業では自社化できていないようなセンサハードウェアからAI開発、クラウドサービス、ウェブインタフェースに至るまで、すべて自社で設計・開発・運用を行っていらっしゃるそうです。
本稿では「エナジーカラリング」の概要と特徴について導入事例を交えながらお伺いいたしました。
CONTENTS
エナジーカラリングは、これまで省エネルギー化を専門とするコンサルタント(以下、省エネコンサルタント)が直接、依頼のあった事業所に出向いて行っていた「省エネルギー化に必要な情報の計測・分析」をIoTデバイスとAIを用いたクラウドサービスで実現し省力化、省エネルギー化に寄与しています。
エナジーカラリングの特徴的機能は、電力使用量の内訳を推定する機能にあります。仮に1つの電源系統に2つの装置と1つの空調がある工場を想定すると、従来の方式ではそれぞれの装置や空調に対して電流計を設置するか、各装置を自身の電力消費量の計算・出力が可能な製品に変更する必要がありました。
エナジーカラリングは、電源系統の根本に1つの専用IoTセンサを設置・計測するだけで、AIが各装置でそれぞれどの程度電力を消費しているかを推定することができますので、非常に手軽に計測を開始することができます。
エナジーカラリングは大きく4つのシステム(図1)で構成されています。
図1 サービスを構成する4つのシステム
一見多くのIoTサービスで用いられるシステム構成なのですが、ここにもエナジーカラリングならではの技術的特徴があります。
エナジーカラリングの特徴の1つは、計測データの収集と可視化結果のリアルタイム提供です。スマートフォンをベースにしたセンサによって測定された電流波形データは、適切な前処理が施された後サーバにリアルタイムで送信されます。サーバは電流波形データを受け取ったのち内訳AIを用いた分析処理を逐次行います。これにより、サービス利用者は設置回路の電力消費状況を最短1分程度の遅延で把握できることが特徴となっています。
このリアルタイム性を実現するためにまず重要なことは、センサとサーバ間の通信である。昨今普及が進んでいる安価なIoT用通信回線や低速定額通信回線の上り通信速度は、128 kbps程度が主流であり、一般なIoTセンサの場合、温度や電力値といったスカラ値のデータを扱うものが多いのですが、それら用途に対しては、IoT用通信回線は十分な通信速度なのです。
一方、エナジーカラリングでは、ベクトル値である波形データそのものを測定しサーバに送信します。これは、電流実効値ではなく電流波形1周期を送信することに相当し、電流実効値1つを送るのに対して100倍以上のデータを送信していることになります。
IoTセンサとして見た場合には比較的大きなデータを扱うため、そのままだと安価な低容量回線を採用することが難しいのです。この課題を解決するため、センサ内部で独自形式による電流波形データの圧縮処理や、送信データのバッファと時間的な送信容量平滑化処理をしており、比較的安価な通信回線を用いてもサービス価値提供に必要十分なデータをリアルタイムに収集できるというのがエナジーカラーリングの大きな特徴なのです。
またサーバ側においても、センサからのデータ処理を逐次的に行う処理系を構築しています。大手クラウドサービス事業者が提供するサーバーレス環境を利用し、流入データに応じた計算リソースが自動的に確保されることにより、接続できるセンサー数の上限がありません。
これらの組み合わせにより、電力推定値を設置直後からWebダッシュボード(図2)上で提供できるのです。
図2 実際のWebダッシュボード画面
例えば総消費電力が過剰となってしまった場合に空調や照明のOn-Offを実施すれば、1分後には影響をリアルタイムに把握できます。これは、電力会社から提供されるスマートメータで測定された電力データ(30分間隔、数時間遅れ)では実現できない機能です。エナジーカラリングを用いることで、適応的な省エネ行動が可能になると考えています。
設置が容易であるということも大きな特徴のです。測定対象となる電力消費機器が複数ある場合であっても、設置するセンサはそれらが接続されている分電盤の根本の1箇所のみです。スマートフォンをベースにしたセンサ端末(図3)であるため比較的小型であり、タッチパネル式のディスプレイ操作で一連の操作が可能となっています。センサは非接触電流センサのみを用いているため電気工事を伴わず、設置や撤去が簡単に行えます(図4)。
図3 スマートフォンと電流センサ
図4 センサ設置作業
従来の電力測定サービスの場合、測定対象となる回路それぞれに消費電力計を設置する必要がありました。特に力率計算に必要な電源電圧の位相を非接触で安定して測定することが難しく、電源工事を伴うことが課題となっていました。エナジーカラリングでは非接触で取得可能な電流波形のみを用い、電圧波形と位相情報を内訳AIで推定し、複数接続されている装置それぞれの消費電流・消費電力を逆算するという手法をとることで、こういった課題に対応しています。
この手法は、事前に個々の装置の電流波形データベースを用意するといったことは必要なく、従来手法に比べて個々の装置に対応するコストが抑えられます。具体的には、センサを分電盤の根本に設置し数日程度の電流波形を取り貯めます。
この期間、分離対象となる個々の装置は独立して運転状況が変化するため、例えば装置Aだけが稼働している電流波形、装置Aと装置Bが稼働している電流波形など、様々な組み合わせの電流波形が取得されます。そしてその取り貯めた波形から、AIを用いた分析処理により各装置固有の電流波形を逆算推定するのです。
このようにして推定された各装置固有の電流波形と力率を用いて、新たに測定された電流波形を”最も上手く”説明できる装置の組み合わせを推定し、そこから各装置の電力をリアルタイムに計算しています。以上のような内訳AIによる推定処理を用いることで電圧測定をなくし、簡便にセンサの設置ができる構成となっているのです。
エナジーカラリングでは、ユーザーが測定結果を受けて行動に反映しやすいように、敢えて行列演算を中心とした古典的なAIを用いてます。昨今、AIというと深層学習を用いたものが数多く実用化されてきていますが、深層学習の課題として出力結果が得られた理由を説明しづらいという点、大量の人間によるデータのラベル付けが必要になる点が挙げられます。
エナジーカラリングが採用しているAIでは基本的な概念としては、いくつかの波形パターンとその大きさの組み合わせを探索することで波形の分離をしています。そのため波形パターンには大まかにどのようなタイプの機械で発生しやすいか、顧客の環境ではどの機械が当てはまるかがパターンマッチ的に判別できるのです。ここであえて無限の波形パターンからではなくある程度の幅を持ったいくつかのパターンを用意することで深層学習のようなデータに対するラベル付けも不要となるようにしたのですが、ここはAI技術者だけの集団ではないからこそ生み出せた特徴だと思います。
分離後の電力が具体的にどの機器によるものなのか、どう対処すれば今後の省エネ行動に役立てるのか、といった点まで含めてユーザーに価値提供するため、説明可能な結果を提供することに重きを置いて古典的なAIを用いた処理系を採用しています
図5 AIを使った電力の可視化例
これらを全て実現するにあたり、エナジーカラリングでは”既存のプラットフォームを最大限活用する”ことを重視して開発しています。
例えば電流センサの中心となるのは市販のスマートフォンです。自社でセンサデバイスを開発することもできますが、バッテリー、無線通信、画面表示、入力、及び、アナログ・デジタルコンバータ(音声入力端子)を備えたデバイスとして十分な性能を有したデバイスとして、スマートフォンを採用しました。音声入力端子を用いて電流波形の測定を行う本来の用途とは異なる部分もありますが、電力を「推定」するという特性上、信号処理による補正を前提に開発しました。
また、サーバ処理についても前述の通りクラウドサービスを最大限活用しています。クラウドサービスの中でも”サーバーレス”と呼ばれるクラウド事業者が管理するシステム内で実行される処理を利用することで、従来のようなサーバのメンテナンスやリソース管理を意識せずにサービス提供を行える体制を取っています。
こういった差別化を実現するための技術以外のものについてできる限り既存のプラットフォームに乗ることで、開発の効率化とユーザへの価値提供に注力しているのです。
エナジーカラリングを用いると、電力消費の現状が容易に把握できます。用途は省エネに限らず、業務改善にも生かされています。例として一部ご紹介させていただきます。
・宿泊施設
ホテル・旅館などの宿泊施設において、お客様の快適性向上は省エネよりも重要であり、言い換えると、快適性を犠牲にする省エネは許容されません。例えば、顧客が行くエリアは事前に適温に調整し快適性を高めなければなりません。一方、深夜の食堂など立ち入ることのないエリアは徹底した省エネを追求することができます。
最たるものは、チェックイン・チェックアウトであす。インターネット予約の際にチェックイン予定時刻の入力を求められた経験があるとおもいますが、あれは夕食の準備もありますが、客室に案内する直前にエアコンを稼働し、客室の快適性を高めるためでもあるのです。一方、チェックアウト直後は客室担当者が客室に急行し、忘れ物のチェックだけでなく、なんとエアコンの停止も確認していることをご存じでしょうか?お客様の快適性を損なわずに、無駄なエネルギー消費を削減する努力は至る所でなされています。
エナジーカラリングを用いると、建物全体で空調にどの程度電力を消費しているのかをほぼリアルタイムで可視化できるので、お客様の快適性を高めつつ削減可能で最も効率的な電力用途を従業員自身が特定できます
・プラント工場
プラントや自動化された工場において重要なのが、メンテナンス管理や保守運用であす。メインプロセスは多くの装置の組合せで構成されており、それを構成する装置1台ずつに状態を監視するセンサが無数についています。これらのセンサデータを一元管理し、データの傾向からメインプロセスの正常異常などを判定するAIの開発が盛んです。
ところが、既存システムからデータを取り出すのは、思った以上に難しいのです。連携可能なベンダーの最新のシステムであればいいですが、日本では50年以上現役で動き続けている装置は少なくなありません。アナログ端子としてしか出力されていない、データベースはあるが扱える技術者がいない、もはや活用困難なインターフェースしかない、などの事情によりデータの利用には課題が多いのです。
エナジーカラリングを用いると、装置の電源の根元に1台のセンサを設置するだけで、設置の直後からデータをリアルタイムな入手が可能です。このデータを用いることで、AIによるデータ活用の実証実験を容易に開始でき、顧客課題の分析に早期着手できるのです。
近年、脱炭素や省エネに課題感を持つ企業が多くなっていますが、激変する事業環境の中で会社自体の持続可能性を高めるためには、なにか新しいモノを買ってきてその場を凌ぐよりも低コストで長く利用できるIoTサービスを活用しながら機動的に取り組んで行く必要があるでしょう。
変化の中で生き残るために最も重要な要素は、強いことではなく適応することだと言われています。企業が変化への適応を実現するためのファーストステップは、イメージによる思いつきではなく現状の計測だと私達は考えています。我々は技術革新、価値観の躍進への貢献を通じて、誰もが変化に適応できるより豊かな社会の実現に貢献していきたいと思います。