ラボ整理とコミュニケーション ~腐ったミカンはゴミか?研究材料か?~

2022.11.28

ラボのみなさまこんにちは。前回の記事

  「ラボにはカビの生えた食パンのようにわかりやすいもの(捨てる判断をしやすいもの)がほとんどない」

と書いたところ、読者から「いやいやそうでもないよ。ウチの上司はカビの生えたミカンをラボに隠し持っていましたよ」と言われました。

 

・・・・・・(ここで青くなったミカンをご想像ください)

 

今回はこれを題材に、ラボ整理に影響を与える“コミュニケーション不足”について解説していきたいと思います。

 

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見解がずれている可能性を考えよう

 まず、発見されたのはただのミカンにみえるが実は違う、という可能性を考えてみましょう。

 

 一般の人はカビが生える前に経口摂取するので、カビが生えたらダメになった“食品”として認識します。しかし研究室には常人には理解できない研究をしている人もいるので、一般常識は当てはめられません(ピロリ菌を飲んで胃潰瘍ができることを確かめるとか、回虫を自らの体内で飼育する人すらいます)。

 

 もし「来年になったらこのカビから抗ガン物質を抽出する」と上司が思っていたとしたら、それはただのミカンではなく「研究材料」です。実験条件を変更して12月からは鏡餅(かがみもち)との共培養を開始するつもりなのか、それともこのテーマでの研究は諦めたのか、本人に聞かないとわかりません。

 

多くの場合、いちいち聞くのはめんどうなので放っておくか、発見者が自身の廃棄基準に当てはめて勝手に捨てるか、のどちらかでしょう。しかし、あやしい物体を放置しておくとゴキブリやハエを引き寄せてしまうかもしれませんし、何も聞かずに捨てた場合、ミカン培地での青カビ培養試験が再度行われることになるかもしれません。

 

研究現場では、こうしたコミュニケーション不足によるトラブルを避けるため、最も基本的で重要なルールがあるはずです。それは、

 

「実験中の研究材料には名前と日付と何のサンプルなのかを他人からみて読めるように書く」

 

ということです。

このルールが徹底されず、さらに、「記名なきものは捨てられても文句は言えない」という共通認識がいないラボには、由来不明な謎のモノが溜まるのです。

 

周囲には伝わっていないかもしれない

  飲食禁止のバイオ系ラボでは、ラボにミカンを持ち込んでいた、ということからしてルール破りです。それを隠す行為に及んだという状況証拠から、この上司は給食の食べ残したパンやテストの答案を机の中に押し込んでいた経歴の持ち主と思われます。わたしには同じ経歴があるのでよくわかります。これは「隠した」のではなく教科書やノートの奥に「隠れてしまっていた」のが真実なのです。

 

しかしそうした経験のないラボメンバーは「隠れてしまっていた」という好意的(?)解釈はしてくれません。また、上司本人は「まだ実験続けよう」「年末にオートクレーブ(高圧蒸気滅菌)かけて捨てよう」と思っていたとしても、周囲にまったく伝わっていません。

 

 口に出さなくても伝わるように、ラボの引き出しにA6サイズのメモ用紙(文献や取説の印刷に失敗したA4紙を切ったもの)と学会でもらってきたどこかの社名入りボールペンを常備しましょう。それらを使って

 

“RT culture 2022. 11.30~12.28  Shobo”

 

と書いてミカンのそばに貼っておけば、少なくとも2022年の1228日までは勝手に捨てられる心配はなくなります。このメモは“20221130日から1228日までショウボが室温(Room Temperature)培養実験をやっています”、という意味です。

こうしたメモがあれば「今日はもう202315日だから実験は終わっているはず。捨て忘れているな」とわかり、発見者も声がかけやすくなります。

 

 

想像力でアンガーマネージメント

  「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」、という言葉のように、もし嫌いな人がカビの生えたミカンをラボにおいていたら、離れた場所に立っていても胞子が飛んで鼻腔に侵入するような錯覚を覚え、戦慄(さつい)を誘発するなどバイオハザード的にスリリングなラボになりそうです。

 

気をつけた方がいいのは、

 

「これは確実にゴミであり処分するべき対象物である」

 

の前提で持ち主(と思われる人)に声をかけると、心中に渦巻く怒りの声(例:「じぶんですてろやオリャあ!」)が険悪な表情やボイストーンとなってつい表にでてしまい、刀の柄(つか)に手をかけたような雰囲気になることです。

 

“怒り”の感情は当然こうあるべきという自分の常識から外れている行いに対して発生します。しかし他者、特に研究者とは自分の常識やモラルが通用しない相手であることを思い出しましょう。

 

言葉に含まれるトゲトゲ感を抑制するため、アンガーマネージメントしてから接するようにしましょう。

「このミカンは上司の89歳のお母さんが愛媛から送ってきてくれたものかもしれない」

「これから研究に使うつもりかもしれない」

と万一のケースを想定してから話しかけるのが有効です。

 

また表現方法として、

「これ捨てちゃってください(怒)」

よりも、

「この青いボールのようなものにお心当たりは?」

「こちらは実験中でしょうか?」

 

などとアルカイックスマイルで聞くほうが、「さつい」を気取られません。

「そんなことよりあの〇〇はどうなった」

という、上司からの返り討ちにあうリスクも低くなるはずです(〇〇、のなかには解析、論文、実験という単語が入ります)。

 

 このように、衝突を回避するには

 

「怒りの心を持った状態で話しかけない」

「(たとえゴミにみえたとしても)だいじな研究材料や研究資料と仮定する」

「想像力や分析力を働かせる」

 

が有効です。

 

名前をかくとき古代文字はやめよう

  整理が必要になるのは、モノがたまらないような仕組みができていないからです。ラボでモノがたまらないような仕組みづくりの第一段階は、

 

「記名ルールを全員が守るようにすること」

 

です。これにより、持ち主不明ゆえに整理しにくくなっているものを減らすことができます。つまり、モノが溜まるのを防ぐ効果があるのです。

 

 名前を書くと言ってもエスペラントとか古代ルーン文字は使わないでください(エスペラントで書いていた人が実際いましたので念のため)。理系ラボではこれらへの識字率はゼロに近く、持ち主の特定が言語知識の習得から始まり、半端なく大変な作業になってしまいます。

 

 また、イニシャルだけ書く人がいますが、「MS?・・・ってこれ誰?」、とイニシャル照合に時間がかかります。過去・現在・未来に同じイニシャルの人がいないとも限りません。少なくとも苗字、あるいは本人が特定可能な情報を書きましょう(マイナンバーカードの番号は記入しないでください)。また、日付は廃棄の判断に役立つ情報です。できるだけ西暦から書くことをお勧めします。

 

 なお、油性ペンで書いた文字がナナエタ(70%エタノール)噴霧によって消えてしまって判読できないことがあります。書いた上から透明なテープを貼っておくか、エタノールで消えないペン (ラボマーカー)で書くようにしましょう。

 

 

 他者との感覚差やモラル・常識の違いが、ラボが片づかない原因になっていることがあります。こうしたギャップを埋めるのがコミュニケーションです。それは口頭で行うものばかりではありません。まめに記名し、メモやラベルを書くことがラボにナゾのモノが溜まるのを防ぐことにつながります。

 

【まとめ】

  1. ラボのモノに自分の常識を当てはめない
  2. 怒りの心に任せず想像力・分析力を使う
  3. “名前や日付を書く”が片づく仕組みの第一歩

 

(次回へ続く)

 

【著者紹介】ショウボ

筑波大学卒業後、製薬会社の研究所に30年以上研究者として勤務。博士(医学)
医学部の大学院研究室を経て現在は国立研究機関で研究業務員。
2017年よりラボ専門整理収納アドバイザーとしても活動中。
ラボ整理研究室を主宰。

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