カオスの研究現場は整理できるのか

2022.11.01

はじめまして。整理収納アドバイザー・ショウボと申します。

サイエンス関連記事が並ぶような格調高い場所で整理収納の記事を書かせていただけることになりワクワクしています。ラボの雰囲気(衝撃の実態?)が伝わるような、楽しんでいただけるような記事になっていたら嬉しいです。どうぞよろしくおねがいします。

 

ではさっそく本題です。今回は“整理”がテーマです。

 

整理整頓はラボの常識ではない

 一般には知られていませんが、世の中には整理整頓が常識のラボと、そうではないラボがあります。

 

・・・・・シーン(沈黙)。

 

「なにを言ってるんだ? 整理整頓するなんてことは当たり前だろう」

 

と思った方はきちんとしたラボで快適に過ごしている幸運な方です。もう拙文は読まなくてもいいくらいですが、せっかくなので「整理整頓が常識じゃないラボ」というのはどんなラボか? をシェアいたします。今のラボ環境が恵まれたものであることに気づくでしょう。

 もし読者のラボがなんとなく雑然としている、とか、使いにくいな、と思うことがあるようなら以下に当てはまるラボかもしれません。

 

  1. 研究リーダーが片づけというものに無頓着、または苦手
  2. ラボ内のコミュニケーションや人間関係がうまくいっていない
  3. だれも時間的余裕がなく朝から晩まで実験するだけで疲れ果てている
  4. 研究費がとれないので(もったいないから)モノを捨てられない
  5. 棚卸しの習慣や整理のきっかけがない
  6. 物品管理をサポートしてくれるスタッフがいない(人手不足)

 

 当てはまることがありませんか。控えめに書いていますのでこれら以外にもカオスなラボになる要因は存在します。どれもやっかいです。チャンスがあればさっさとこのラボから離れよう、と密かに我慢している人がいたとしても不思議ではありません。

 

片づかないラボのはじまり

  ローマは1日にして成らず、という格言がありますが、片づかないラボも1日でできるわけではありません。でも2日で片づかないラボ形成の再現実験ができます。

 

Day1:実験の後片付けをせず、すべて静置する。

Day2:片づかないラボのタネが形成される。

 

 この後は以下のように進展していきます。

 

物品をもとに戻さない、またサンプルに名前を書かずに冷凍庫や安全キャビネットやクリーンベンチや低温室の中に放置することにより、最初は1個だったものが時間経過により増えていく。

自分のものがどれだったかわからなくなり、片付けたくても誰のものかわからず、ガラス瓶中の液体にはモヤモヤした何か得体の知れないものが浮遊し、さわりたくないので捨てられなくなる。

置いた本人も忘れたまま卒業したり、よその大学院に進学したり、就職したり転勤したり… 音信不通になったりする。

 

こうしたことが数年に渡り繰り返されると、成熟したカオスのラボが観察できるようになります。

 

なぜ整理ができないのか

  汚部屋片づけの動画をみたことがありますか? 雪崩がおきそうなモノの山が天井近くまで積み上がっている部屋から超高速で動く作業着の人々によってゴミが掻き出され消えていくのです。

 

 安全巡視がおこなわれている組織ではさすがに「天井までゴミ」になる前に指摘されるでしょう。しかし、研究現場にあるものは「これは研究用です」と言えばそれ以上のことはツッコミにくいものです。それに、多少ホコリがついていたとしてもゴミには見えないものがほとんどで、カビの生えた食パンのようにわかりやすいものはめったになく、あるとしたら培養器中のコンタミ(雑菌が繁殖)したフラスコくらいです。

 

 ゴミに見えないものの例としては、冷蔵庫にあるサイトカイン測定キットのようなものがあります。とっくの昔に使用期限が切れており、まだ使えるのかどうかわからないし、実際はまったく使っていないし、今いる人たちは使ったことがない、だけど立派な箱に入っており、お値段高そうで捨てられない。そういった「専門性たかすぎ」で捨ての判断ができないモノがラボのあちこちにしまいこまれています。

 

整理しないことのメリット

 整理しないのは“しないこと”のメリットがあるから。それは整理するための時間をとらなくてすむ、ということです。代々のラボの人々がこのメリットの方を選択することによって、いよいよどうしようもなくなる時が必ずやってきます。その時期にラボに居合わせた人が大量のモノと格闘することになります。

 

 だれも怪物をやっつけようとせず、散々村を荒らし回ったところに現れた勇者がその怪物を退治するというお話、どこかできいたことがありませんか。この場合、インセンティブはお姫様との結婚や金銀財宝。モチベーションは勇者と呼ばれたい気持ちでしょうか。

 

 しかしラボの整理は「貧乏くじ引かされる」や「火中の栗をひろわされる」としか捉えられていません。名前がないものを処分してゴミを廊下に出したからと言ってもだれにも褒められず、見返りとしてキムワイプの大箱とか、レイニンのマイクロピペッター純正チップ付きといったごほうびがもらえるわけではありません(ほしいです)。ましてや研究費1億円とかそういうことはありえません。むしろ、やり方を間違うと周りから嫌がられたり怒られたりする懸念すらあります。

 

整理することのメリット

  整理したらその部屋を自由に使っていい、という場合は(人によっては)金銀財宝に匹敵するごほうびになるでしょう。教授やPIが定年や転任などでそのラボから去る場合、後任の研究者がこうした整理を行う場合があります。大物や中身不明なものが大量に残っていると体力的にも時間的にも大変ですし、すっきり全部捨てるわけにはいかない時もありますが、複雑な人間関係のラボで気を使いながら整理をすすめるよりはずっと気楽でやりやすいと思います。

 

また、大抵の場合、整理することによって様々な効果が得られます。最大のメリットはいうまでもなく「実験しやすくなる」ことです。

 

 実験台の上にごちゃごちゃモノが乗っているのは、使い終わった道具をしまう場所がないから、という理由と出しておいた方が便利だからという理由があります。

 たしかに台所でお玉や菜箸をだしておいたほうがさっと取れるので、便利です。しかし調理台の上に夏しか使わないかき氷機や月1回しか使わないホットプレートまで広げておいたら、調理の邪魔になります。

 これとは反対に、置く場所がないために床置きにされている重い測定機器も、台の上にスペースを作れれば、使うたびによいこらしょ、と持ち上げなくて済むようになります。水交換がしにくかった恒温水槽も、流し台のそばに置く場所が作れたら藻が生えるような事態にならなくてすむでしょう。

 

 しかし共用部分をひとりで整理しようとすると自分の研究時間が食われ、だれかの協力を頼もうとするなら自分も動かないといけない。先生や上司や先輩や同僚には取り合ってもらえない。勝手にやるわけにいかない。こうした沼から抜け出すにはどうしたらいいか、をこれから書いていきます。

 

まとめ】

  • 整理整頓は常識、とは言えないラボが存在する
  • 整理できない理由のひとつは「専門性たかすぎ」だから
  • 整理のデメリットは時間が食われること
  • 整理のメリットは実験しやすくなること

(次回に続く)

 

【著者紹介】ショウボ

筑波大学卒業後、製薬会社の研究所に30年以上研究者として勤務。博士(医学)
医学部の大学院研究室を経て現在は国立研究機関で研究業務員。
2017年よりラボ専門整理収納アドバイザーとしても活動中。
ラボ整理研究室を主宰。

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