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「研究業界の情報発信の手助けをしたい」という共通の想いで意気投合したLab BRAINS(アズワン株式会社)若林とtayo magazine(株式会社tayo)熊谷。
折角なのでお互いの強みを活かし、実験装置などの「モノ」にフォーカスして研究室の紹介をするような企画をやろう!ということで、「モノ」から見る研究室という連載シリーズをやってきました。
第6回のゲストは、バイオロギングという手法を用いた動物の行動解析の第一人者、東京大学大気海洋研究所の佐藤克文先生です!
熊谷:佐藤先生のホームページを拝見したんですけど、研究内容のページがいきなり「データロガー」の説明から始まるんですよね。面白い生き物を扱っているのに「モノ」の説明から入るのは、やはり意識してのことなんでしょうか?
佐藤:そこは意識しています。まず、研究室のHPの目的は学生募集です。私が対象にしているペンギンやウミガメなどは熱狂的なファンがいますが、そうでなくても、例えば工学部で物を作る能力があって、それを変わったところで活かせないかと考えている若者なんかにも来て欲しいんですよ。
熊谷:一般の方が海洋生物学者に対して抱いてるイメージって、動物に対して熱狂的な思いのある人だと思うんですけど、工学系のセンスとかバイオロジー以外の部分も求められるっていうことですかね。
佐藤:ファーブルみたいな昆虫少年の成れの果ての昆虫博士のような人も、もちろんいるんですけど、他の分野と融合しながら新しい発見をするような人じゃないと、生き残っていけないような時代に変わってきてますからね。
熊谷:研究室にはどんなバックグラウンドを持った方が多いんでしょうか?
佐藤:多いのはやはり動物が好きな人ですね。でも異分野から来る学生もいます。修士課程まで東大駒場の物理の研究室にいて、博士課程からうちに来た学生がいるんですけど、彼は総長賞を取りました。
熊谷:素晴らしい!
佐藤:だからもっと異分野の学生たちに、こんな分野があるんだと気づいてもらって、野心的な学生が挑戦しに来てくれたら嬉しいです。
熊谷:本題のデータロガーについてもお聞きしたいのですが、データロガーを使って研究していく上で難しいのはどんなところでしょうか?
佐藤:僕らがやっているのは、海の動物にデータロガーをつけて行動データを得るということなんですが、動物にデータロガーをつけた後に、もう一回動物を捕まえてデータロガーを回収する、もしくは装置だけ回収するということが必要なんです。
熊谷:戻って来ないのもけっこうあるんでしょうか?
佐藤:ありますね。僕らの使ってる装置は単価が数10万円とか100万円ぐらいのものもありますけれども、備品ではなくて消耗品。ただ通常は消耗品として認められない高額なものなので、事務の方を説得しないといけない。
若林:なるほど。特別枠を獲得してるんですね。実際、使われ方からしたら消耗品ですよね。
佐藤:だから回収率というのがとても大事なんです。バイオロギングは元々、すごく気象条件の厳しい場所であるにも関わらず、南極の動物を対象に進められてきたんですね。
佐藤:何でだかわかります?ちなみに北極じゃダメです。
若林:全然わからないです・・・!
佐藤:陸上捕食者がいないからです。北極にはホッキョクグマがいるので、北極系のアザラシとかは氷の上にいる間も警戒を怠らないのですが、南極にはホッキョクグマに相当する高次捕食者がいないので、氷の上にいる動物たちは完全にリラックスモードなんです。
若林:なるほど。
佐藤:姿勢を低くしてゆっくり近づいていく限り、人間も怖がられないんです。だからまず簡単に捕まってくれて、背中に装置をつけて放すんですけど、また戻ってきて再び簡単に捕まってくれる。これがバイオロギングに非常に適していたわけです。
若林:そういうことなんですね。
佐藤:その後、対象種を温帯や熱帯に住んでいる動物にも広げていこうっていうプロセスの中で、装置の回収の仕方にもだんだん工夫がされるようになってきました。
佐藤:一番手ごわいのは大型の魚です。戻ってきてくれませんから。その場合は、魚に装置をつけて、必要なデータが記録できたら魚体から外れて海面に浮かび上がるようにします。浮かび上がった装置から出てくる電波を受信して、大海原から回収するという仕組みです。
若林:面白いですね!装着方法や回収方法が次々に編み出されていくんですね。
佐藤:そこの部分はまだまだ工夫の余地があって、どんなに偉い先生でも知らないやり方を大学院生が開発して、世界中で誰も知らないようなデータをバンバン出せる可能性があります。その辺りは分子生物学みたいな分野との違いかと思います。
熊谷:データロガーを使った研究で、この工夫はすごいひらめきだったとか、頑張った甲斐があったというものをぜひ教えていただきたいです。
佐藤:ポスドク時代に、アザラシの背中にカメラを付けようっていうプロジェクトがあって、防水型のカメラを持って、南極越冬隊として昭和基地に出向いたんですけど、装置の装着や回収には非常に苦労しました。何とか装着回収できるようになったら、また新たに非常に大きな問題に直面したんです。
若林・熊谷:??
佐藤:得られたデータが全く面白くなかったんです。
佐藤:どういうことかというと、ウェッデルアザラシっていう、授乳中のお母さんアザラシにカメラをつけたんです。子供にお乳を与えるためにお母さんアザラシは餌を取らなきゃいけないから、300メートルくらいまで潜って、深いところの餌を食べるだろうっていうのを、予想してたんです。
若林:全然違う結果が出たのでしょうか?
佐藤:そうなんです。深度記録計を見たら、深度5メートルぐらいのところをチャプチャプしてるばかり。カメラにも浮かんでいる氷が映ってたりとかくらいで。それでも現場で色々見て考えて、お母さんの脇に転がっている子供にも深度記録計をつけてみたら、お母さんと子供の潜水プロファイルが一致していたんです。
若林:ということは・・・
佐藤:そう、これはもう一緒に潜っているに違いないと思って、それまで前向きに着けていたカメラを後ろ向きに着けるという工夫をしたら、ものの見事にお母さんアザラシのすぐ後ろをついて泳いでくる子供の映像が得られたんです。
熊谷:すごいですね!
佐藤:南極越冬ってのは1年半と長いので、手ぶらで帰るわけにはいかないというので必死になって工夫を凝らしたら、こんな別方向の結果が得られたわけです。
熊谷:データロガーの装着回収の仕方とか、データの捉え方にも色々工夫があるんですね。ロガーそのものにも、ものづくり的なところに関する課題とか工夫があるのでしょうか?
佐藤:20年以上付き合ってるメーカーさんが2,3社あって、そこと色々やりながら作ってます。どんなロガーを作るかが一番センスを問われる難しいところですが、実は我々のグループが世界に先駆けたロガーもありまして、その中の代表作が「加速度ロガー」なんです。
佐藤:加速度って、人間のアクティビティとかも加速度センサーで測ってて、今当たり前の手法になってるんですけど、実は我々がペンギンに付けたのが初の例なんですね。
若林:へー!
佐藤:私のボスだった極地研究所の教授の内藤靖彦先生が「加速度ロガーを作る!」ってある日突然言い出したんです。それで、亜南極の島に行ってキングペンギンに加速度ロガーを付けるのを私がやったんですけれども、取れたデータがめちゃくちゃ面白かったんです。
佐藤:実は、開発の時のコンセプトは水中で三次元的な動きをする動物の軌跡を知ることでした。3軸方向の加速度を記録すれば、位置が出せるだろうと。ところが、その論理には穴があって、3軸の加速度だけでは位置の計算が出来ないことが作ってからわかりました。ここは悲しい生物屋の限界というか・・・
若林:じゃあ当初の目的のデータは取れなかったんですね。
佐藤:だけどその中途半端な加速度計をペンギンにつけたら、泳いでる時の羽ばたきの強弱が測定できることが分かっちゃったんです。データを見たら、潜り始めたペンギンが一生懸命バタバタやってて、300メートルぐらい潜ると浮かんでくるんですけど、まだ水面にたどり着いてないのに体の振動がピタっと止むっていう、全く予想外の結果があったんです。
佐藤:大体深度60メートルぐらいのところでペンギンが羽ばたきを止めているということが分かった。ということは浮力を使って浮上しているだろうと。そこで、ペンギンの体の中にどれぐらい空気があるとこの速度になるかっていう計算をやると、ペンギンがこれから潜ろうとする深さに応じて、吸い込む空気量を調節してるっていうことがわかったんです。
若林・熊谷:へー!
熊谷:お話、全部めちゃくちゃ面白いのですが、他にもバイオロギングで出来ることは色々あるのでしょうか?
佐藤:バイオロギングって、今までは生物の研究、種のことを知りたくてデータを取ってたんですけれども、実は別のことにも結構使える余地があるんです。私が一番期待してるのは天気予報の精度向上です。
佐藤:天気予報っていうのは情報があればあるほど計算の精度が上がるんですけど、今もっぱら使われてるのは人工衛星なんですね。ところが人工衛星のデータだと、電波が海中を透過しないので、海の中のデータは取れないんです。そこでウミガメの出番。ロガーをつけたウミガメが海に潜って、水温とか塩分を測ってきてくれるんです。
佐藤:そういう既存の方法ではカバーしきれない部分の海洋物理のデータをバイオロギングで得られるので、そのことを促進するために、今バイオロギングソリューションズの技術屋さん達とデータベース作りをやっています。
若林:ウミガメがこんなところで役に立つなんて・・
佐藤:カメ以外にも鳥も結構使えるってことが分かっていて、ある時うちの大学院生がオオミズナギドリの飛び方から風が分かる!って言い出したんですよね。これも結構なホームランでして。その鳥のデータから現場の海上風が推定できることがわかったんです。それだけではなくて、海面に着水して休んでいる時には、その流されっぷりが海流のデータになる。
熊谷:めちゃくちゃ面白かったです!ぜひ色んな分野の人に、この分野に挑戦してほしいですね。
佐藤:そうですね。今、大学院生を募集しているのですが、色々な分野の野心的な若者と出会えたら嬉しいなと思います。ただ、研究を始めてすぐに成果が出たり、就職がしやすい分野かと言われるとそうではない部分もあるので、そこは募集ページにも正直に書いています。
熊谷:すごく正直ですね・・・
佐藤:ただ卒業生の中には、うちで学んだことを活かして起業した学生なんかもいまして。
熊谷:CATLOG(キャトログ)の伊豫さんですね!
佐藤:彼女は、私が岩手県の大槌町に研究室を構えていた時に、東京海洋大学の大学院生の立場で大槌に通って、一緒に研究を頑張ってくれていたんです。博士課程から海洋研に行きます!とも言ってたんです。ところがですね、突然リクルートに就職しちゃったんですよ。
若林:なんと!
佐藤:私としても当時はすごく残念でした。ところが、15年くらい経って突然連絡が来て、リクルートを辞めて会社を起こしましたって言うんです。就職はしたものの、やっぱり大学院の時にやってたバイオロギングが楽しくて、それを使った起業が何かできないだろうかってことを彼女は考えていたらしいんですね。
熊谷:それは嬉しいですね。
佐藤:リクルートにいる間に会社を立ち上げるノウハウ、育てるノウハウも一生懸命学んだらしくて。それで猫の首輪に加速度計をつけて、加速度波形を使って猫の行動モニタリングをする、ペット産業に関係する企業を立ち上げたわけです。それを聞いた時にはもうもう全面的に協力しますってことで、色々ノウハウを伝えたりしましたね。
熊谷:素晴らしいです。僕も大学発ベンチャーとか大学の研究所のシーズで起業するみたいな色々なケースを聞いてきましたけど、かなり理想的というか。感銘を受けました。
佐藤:私は元々、指導した学生がアカデミアに残り、それぞれ独立した研究者として分野を盛り上げていくことが大事だと思っていました。しかし、伊豫さんの件で、大学で学んでアカデミアに残るだけではなくて、学んだことを活かして起業したりとか、起業に限らずそれぞれの道で活躍してくれれば良いなと心から思うようになりました。
熊谷:本日は素晴らしいお話、ありがとうございました!
・メーカーさんとの二人三脚で成立する研究だった
・学生の工夫や異分野の発想で新発見につながる面白さが魅力
現場の叡智と工夫が色々な発見につながっていて、佐藤先生はひとつひとつのエピソードがめちゃくちゃ面白かったですね。「バイオロギング業界全体で心待ちにしている"技術革新"のようなもの」があるのか?など、インタビューの中で聴ききれなかったお話もあるので、いつかバイオロギングの面白さをさらに深掘りした企画も1つやってみたいなと感じました。
●東京大学大気海洋研究所 教授 佐藤克文先生
博士(環境学)の動物行動生態学者。バイオロギング手法を用い、世界の海でペンギンやアザラシなどの水生動物の生態の調査や、周辺環境の測定手法の開発を行っている。
●株式会社tayo 熊谷
博士(環境学)の元深海微生物学者。今は株式会社tayoの代表として、研究者のキャリア問題の解決や産学連携の支援に取り組む。