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「研究業界の情報発信の手助けをしたい」という共通の想いで意気投合したLab BRAINS(アズワン株式会社)若林とtayo magazine(株式会社tayo)熊谷。
折角なのでお互いの強みを活かし、実験装置などの「モノ」にフォーカスして研究室の紹介をするような企画をやろう!ということで、「モノ」から見る研究室という連載シリーズをやってきました。
第5回となる今回のお相手は、分子科学研究所の杉本 敏樹先生です。
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熊谷:今回はどんな機器をご紹介いただけるのでしょうか?
杉本先生:はい、私たちが物質の観測に使っている真空関連装置とレーザー分光装置を紹介させていただきます。
若林:お写真、すごくかっこいいですね。いろんなパーツが見えていますが、自作装置でしょうか?
杉本先生:はい、私達の研究室では、買った装置をそのまま使うというよりも、いろいろな部品を組み合わせ、世界に一つしかない装置を自分たちで組み上げて、独自の分析をしております。やはり自分で組み上げた装置には思い入れがあるので、ぜひご紹介できればと思っています。
熊谷:左の窓はなんの装置ですか?
杉本先生:真空状態をつくるためのものです。この真空の中は防湿で、非常に清浄に保たれています。空気中のゴミはもちろん、酸素や窒素大気などの分子すらも付着しないクリーンな環境を整えて、想定している化学反応が起こる舞台を用意しているんです。
熊谷:具体的には、どんな風に観察をしてるんでしょうか?
杉本先生:この装置では、まずは、分子レベルで構造を定めた物質の表面をサンプルとして準備します。そこに分子を吸着させて、どういうふうに反応が進むのかとか、どんな吸着形態をとっているのかを見るんです。例えば、分子が割れて吸着するのか、あるいは分子のまま固まって吸着するのか、もしくは向きがどういう風になっているのか。これらを観察することは化学反応のメカニズムを理解する上で非常に重要です。
熊谷:なるほど…!
若林:こちらは、観測中のお写真でしょうか?
杉本先生:そうなんです。この窓から覗いて、サンプルの位置調整をしたり、光を当てたりします。見たい分子の反応を加速させるためにレーザーで光を当てるんですが、そのときに使っているのがこの子(ミラー)です。
熊谷:おお、きれいですね。
杉本先生:このミラーも、銀のミラーとか、金のミラーとかがあって、どういう材質のミラーがより良いのかを、実験に応じて選んでいるんですよね。
若林:ミラーにも種類があるんですね。
杉本先生:右手に持っているのが金ミラーで、左手のすぐそば側にあるのは軸外し放物面鏡という特殊なミラーです。
若林:どんな使い分けをしているんですか?
杉本先生:計測に合わせて、使う光の波長を変える必要があるんです。例えば材質については「金の方がより反射率が良くて、少ないロスでチャンバーの中まで光を届けられる」という場合や、あるいはある状況では、「金よりも銀の方がむしろふさわしい」ということもあります。また、光をただ反射させるだけなのか集光させる必要があるのかで平面ミラーと放物面ミラーも使い分けたりします。
熊谷:次のレーザーのお写真もすごく気になります。
杉本先生:そうですよね。やはり可視光はインパクトがあるかなと思いまして。笑
若林:いやあ、これすごくかっこいいですね!
杉本先生:先ほどの写真の装置とは異なりますが、これがまさに、いろんなレンズやミラーを配置して、真空チャンバーにサンプルを入れて、光を入射して、反応観測を行っているところの写真です。
熊谷:この真空の中で、反応が起きているんですね。
杉本先生:はい、この真空装置の中に圧力を制御した水蒸気を導入して、水分解光触媒の反応がどのように起きるのかを観測しています。この写真の外に質量分析による反応生成ガス評価を行う装置もあり、触媒の表面で起きる化学反応の様子をその場で観測する分光観測装置と組み合わせて同時に使用しています。そのような装置は市販品ではなかなか売ってないもので、特注すると5000万円はかかると思います。我々は自分たちで要素的なパーツ・装置を集めて装置をデザインし構築していますので、おそらく5分の1から3分の1ぐらいの価格で作れていると思います。
若林:細部まで考え尽くして設計されているんだなと感じました。元々、自作装置を作り始めたきっかけってどんなことだったんでしょうか?
杉本先生:そうですね、私達の分野だと、いわゆる定番の測定ってなかなか無いんです。例えば生物系・生命系の例を挙げると、タンパク質分子などで結晶を作って構造解析して、構造を特定して論文にすると。そういう場合には、使う装置がある程度決まっていることが多いのですが、物質の表面や界面を舞台とした分子科学の分野の場合は、そもそも物質の表面や界面の反応活性種をどうやって見たらいいのか、どんなアプローチが有効なのかとか、これまでの実験の限界を突破して新たな観測の方法論を構築していく余地が非常に大きくある研究分野になります。
先人たちの営みにより、単に物質の表面構造を観測することだったり、分子を吸着させるだけというようなことなら現在ではある程度のことはできるようになってきています。原子レベルで物質の表面を観測する走査型トンネル顕微鏡(STM)という装置なども現在ではある程度汎用機器として販売されていますが、やはり適用できる対象にも限りがあるんですよね。見たい物質の表面や界面の世界の片鱗しか、私達はまだ知ることが出来ていないんです。
その氷山の一角の海の下にある、本当の姿をもっとダイナミックに明らかにしたいと思った時に、それを実現する観測法のアイデアをひねり出し、それを実現する装置・観測システムを自分達で作っていくことに研究の醍醐味を感じています。
・市販されていない装置が研究に必須
・研究と装置の自作が切り離せない分野
・個々のパーツの選定にも強いこだわり
熊谷:このような自作装置を分子研で作る前はどのように研究を進めていたんですか?
杉本先生:前任の京都大学で2012年から18年まで6年間研究していた時には、既にある装置で研究せざるを得なかったので「ここまでは分かったけどその先にはいけそうにないな。でもどうしたらいいんだろう」と、妥協しながら目の前のできることを研究をしていた部分があります。
若林:もどかしいお気持ちだったのですね。
杉本先生:はい。着任したころは分野の変更もあったので新鮮に様々学んでいたのですが、数年間研究して実力をつけていくと、自分が更に目指したい事とその環境でできることのギャップを感じるようになっていました。そんな思いを抱えながら、縁があって分子科学研究所に異動したのですが、分子研には研究室の立ち上げのために装置の構築などに使用できる「スタートアップ研究資金」というのが4,000万円ありまして。
熊谷:それはめちゃくちゃすごいですね!分子研で研究室を主宰する時は最初に4000万円もらえるってことですか?
杉本先生:そうなんです。2000万円ずつ2年間です。これが国内ではもうほとんど類のないことなんですよね。「これ以上氷山の一角だけを調べていても仕方がない。さらに実像に迫るような研究をしないと意味がない」と思いつつ、ならば次はどこで准教授としてやっていくべきなのかと考えあぐねていた時に、分子研の研究室スタートアップ支援制度の存在を知って、日本のアカデミック分野にある意味で大きな希望を感じました。
熊谷:若手研究者だと科研費の「研究活動スタート支援」がありますが、300万円程度なので桁が違いますね・・・
杉本先生:そうなんです。その金額だと出来ることって、せいぜい真空チャンバーのポンプを買うとかで、システム全体を作るということは到底出来ません。幸い、約一年遅れにはなりますが、私の場合は幸運にも分子研の予算以外に国の科学技術研究費をそれなりに獲得することもできたので、合わせて1億円程度の研究費を最初の2年間で集めることができました。その様な規模の研究費は、通常だと50代くらいの教授クラスにならないとなかなか難しいので、30代の准教授にその様な規模の挑戦の機会を与える文化を大事にしている分子研には非常に感謝しています。
若林:素晴らしいですね。4,000万円のスタートアップ研究資金の枠組みを作った分子研もすごいし、その枠を適切に活用して、ここまで装置を作れる人がいるのもすごい。大変いいお話ですね。
杉本先生:そうですね、新たな研究や、それに必要な装置・環境づくりにはお金がかかりますが、科研費の取得には実績を求められるので、そもそもある程度スタートしてないと取得が難しいんですよね。なので、新しい分野や新しい計測方法に挑戦したくても、スタートする素材がなくてなかなか始められないというハードルがあります。一方、分子研の若手准教授は、新しい研究に着手してそれを開花させることを最大の責務として課されながら人事選考をパスして採用に至っていますので、直ぐに成果が出にくいようなチャレンジングな研究に正面から挑んでいくことはむしろ当然の美徳とみなされている空気感もあります。その様な分子研の気風とスタートアップ支援制度のおかげで最初の研究室立ち上げの難所を超えることができ、それがきっかけとなってより大きな研究構想を練ることができるようになってきたという側面もあります。
熊谷:予算を獲得した後も、装置を組み上げるまでに苦労があったりされたのでしょうか。
杉本先生:パーツ選び一つとっても、実際に組み合わせてみないと分からない事も多いですし、その他にも、図面を書いたり、業者さんと打ち合わせしたり、周辺機器も仕様策定したり、チャンバーもまた再成型したりと…結構時間がかかりましたね。作った後も、それをしっかり定常的に運転させるようにするのにはいくつもの工夫が必要になることが多いです。
若林:実際作ってみたからこそ分かる部分も大きそうです。
杉本先生:装置の癖をつかむと言いますか、装置は生き物みたいなところがあって、性格を掴んでいかないと、呼吸が合わなくていいデータが出なかったりします。もはや一緒に生活しながら相棒になっていくという感覚です。
熊谷:現在の研究室の規模や研究室の運営費はどれくらいになるんでしょうか?
杉本先生:現在メンバーは10人を超えるぐらいになっています。研究所からのベースの運営資金としては年間600万円程度あります。
若林:運営資金も潤沢ですね・・・!
杉本先生:聞くところによると昔はもっと潤沢な予算だったそうですが、現状でも潤沢な方だと思います。それを装置や、消耗品の購入に使ってもいいですし、研究者を雇用するのに使うこともできます。
熊谷:もう、大学とは大違いですね。例えば優秀な博士学生の方とかがいれば、学振で落ちていても雇ったりできるんですね。
杉本先生:はい、状況にはよりますが、そういうことも可能だと思います。学生や研究スタッフの人達には、目先の成果・業績を出すことにばかりに変にとらわれる必要がなく、高い志で挑戦的な研究を続けることができるような環境を提供したいと強く思っています。私の知る限り、殺伐としたような研究室もたくさんあり、世知辛い世の中において私の考えは甘ちゃんの理想論かもしれませんが、その様な理想論を王道的に貫いていけるような底力と先進性のある研究室を目指していきたいと思っています。
若林:分子科学研究所にはどんな人が多いんですか?
杉本先生:東大・京大などの有名国立大学と比べるとどうしても一般の人たちへの知名度が高くないため、その分、研究に本気の人が集まっていますね。ある意味で、中途半端な志の人はなかなか来にくい研究所なのかなという気がして、逆にそこに飛び込んでみると刺激があるのではないかと思います。
熊谷:少数精鋭の研究所なんですね。
杉本先生:やはり学生さんの人数が多すぎると、学位をとるためにこの装置でみんなが成果を出さなきゃならないと。そんな中で装置を数か月止めて改良・試行錯誤、とかはなかなかできなくなってしまう。そうすると、ルーティン的にできる研究をやるだけの研究室になってしまう可能性がありますので、気をつけないといけないところだと思っています。
熊谷:なるほど、スモールチームだから定期的なアップデートや新しい挑戦ができるということですね。
杉本先生:実際、私の研究室では、一つの装置を使う人は多くても2人くらいになります。2人で連携しながら、「新しくこんな計測ができるように、こういう風に変えてみよう」と共に改良し高めあうことができるんです。こういった経験は研究力を向上するのに非常に重要ですから、新しい研究のアプローチを身に付け実行力を養いながらやっていきたい学生さんには、非常に向いているのではないかと思っています。実際、そういう志のある学生の人が私の研究室に進学しているように感じます。
熊谷:ありがとうございます。改めて、本企画はモノから見る研究室というものですが、”研究機器”と”研究”は不可分なのだということを改めて感じました。そういう意味でも、今回は大変面白いお話を伺えたと思います。杉本先生、本日はありがとうございました。
●分子科学研究所 杉本敏樹先生
京都大学の学部生時代、田中耕一先生と勘違いして話を聞いた田中耕一郎教授の講演に感動し、光物性物理学の世界へ。現在は分子科学研究所の准教授と科学技術振興機構さきがけ研究者を兼務。
趣味はジョギングで、博士時代にはフルマラソンへの出場経験も。・研究室ホームページ
●株式会社tayo 熊谷
博士(環境学)の元深海微生物学者。今は株式会社tayoの代表として、研究者のキャリア問題の解決や産学連携の支援に取り組む。