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「研究業界の情報発信の手助けをしたい」という共通の想いで意気投合したLab BRAINS(アズワン株式会社)若林とtayo magazine(株式会社tayo)熊谷。
折角なのでお互いの強みを活かし、実験装置などの「モノ」にフォーカスして研究室の紹介をするような企画をやろう!ということで、「モノ」から見る研究室という連載シリーズが始まりました。
第3回のお相手はドイツで食虫植物を研究するヴュルツブルク大学 福島 健児 先生。多彩な食虫植物の愛らしい姿と、ドイツと日本の消耗品事情の違いをお楽しみください!
CONTENTS
-Nepenthes rafflesianaとHeliamphora
tayo magazine 熊谷:本日はよろしくお願いいたします!早速お話を伺いたいんですが、いきなり食虫植物がすごいですね笑
University of Würzburg 福島先生:ついさっき温室から持ってきました。
福島先生:これが東南アジアにいるウツボカズラの仲間でNepenthes rafflesianaで、こっちは南アメリカのギアナ高知の上だけにいる、ウツボカズラとは全然違う植物なんだけど「壺」をつける、Heliamphoraというやつです。
若林:「壺」・・・?ウツボカズラの壺型の葉っぱの部分のことですか?
福島先生:確かに一般の方には伝わらないですね。食虫植物業界ではこの、壺の形状をした葉っぱの部分を「壺」と呼んでいます。
若林:めっちゃきれいですね!
福島先生:これをちょっとペンで触ってみましょうか。
熊谷:いいんですか?お願いします!
福島先生:こんな風にトラバサミみたいになっています。片側に3つ感覚毛というのがあって、これが二回触れられると閉じます。一回触ってもう一回…ほい!ほら、閉じた。
若林:おお〜〜!ほんとだ!
福島先生:僕自身はこの植物はあまり本格的に扱っていないんですけど、お隣の学科長のラボではよく使っています。ハエトリソウは閉じるときに僕らの神経と同じように電気が走るので、電気生理学的な研究がされています。
フクロユキノシタ
福島先生:僕がメインで扱っている植物は、こっちのちっちゃい壺を作るフクロユキノシタです。
福島先生:こいつもなかなか見た目が面白いです。オーストラリアの植物なのですが、最初にお見せしたNepenthes rafflesianaやHeliamphoraとは異なる系統です。フクロユキノシタはカタバミの仲間で、Nepenthes rafflesianaはかなりざっくり言えばナデシコの仲間、Heliamphoraはかなりざっくり言えばツツジの仲間です。
別系統なのに似たような壺を作るので、それがどんな進化を経験してきたのか、壺の中でイオンの交換がどうやって行われているかっていうのを研究しています。
熊谷:収斂進化(しゅうれんしんか)ってやつですかね?
福島先生:そうです!
※収斂進化(convergent evolution)とは、異なる系統の生物が、環境要因などにより同様の選択圧にさらされることで、似た形態へ進化を遂げる現象。有名な例はオーストラリアに生息する有袋類で、フクロギツネ、フクロオオカミ、フクロモグラ、フクロモモンガなどはそれぞれキツネ、オオカミ、モグラ、モモンガとは全く異なる系統だが類似した形態的特徴を持つ。
福島先生:フクロユキノシタは、壺型の葉っぱをつけるだけでなく、温度によっては平らな葉っぱも作るんです。平らな葉っぱと壺を一つのゲノムから両方作っているので、それぞれの葉っぱがどのように作られているか研究するためにはとてもいいサンプルです。
例えばこれとか平らな葉っぱですね。平らなんだけど先端がちょっとくぼんで壺っぽくなっていたりしているんです。失敗してどっちつかずな葉っぱも作っちゃうような、ちょっとお茶目なところがあります。
若林:さて、このシリーズでは、研究者の先生方に、ご自身の研究に必要不可欠な実験器具や道具など、「こだわりの一品」をお聞きしています。福島先生のこだわりの一品はズバリなんでしょうか?
福島先生:食虫植物の培養に使うプラスチック容器ですね。これらは、なかなか日本では見かけなかったのですが、調達のしやすさも含めてとても重宝しています。今持ってきているのでお見せしますね。
福島先生:さっきのHeliamphoraをプラスチック容器に入れたのが、これですね。水滴がついていて少し見づらいですが、壺みたいになってるのがわかりますかね?
若林:あ、本当ですね!
福島先生:面白いのが、プラスチック容器で無菌培養すると、サイズがすごくちっちゃくなるんです。普通のやつはこのくらいの大きさです。
これは別の種類でも同様で、Nepenthes rafflesianaも、容器に入れると、こんな感じに小さくなります。ここにちっちゃいツボがついてるの見えますかね?
熊谷:本当だ!かわいい!
福島先生:僕らは植物の進化を研究していて、実験的にはゲノムを読んだり、電極をさして細胞がどういうイオンを出し入れしているのかを調べたりします。しかし食虫植物は栽培が難しいものが多く、楽に維持する方法が欲しい。そこで便利なのが、プラスチック容器を使って無菌培養で寒天培地の上に植物を乗せるという方法です。
培地の中に必要な栄養が大体含まれているので、植えるだけで水やりも何もせずに食虫植物を維持することができます。培養装置の中に入れておけば、成長が遅い種類ならば2年くらい放置しても生きています。
熊谷:食虫植物の栽培はすごく手間のかかるイメージだったので、意外です。
福島先生:温室で育てる場合は、どんなに少なくとも毎週一回の水やりは必須ですし、その他にも様々な管理が必要になってきます。だから、無菌培養ってすごく楽なんです。その時に使う容器として、このプラスチック容器を僕らは使っています。
福島先生:日本にいるときは、それこそアズワンさんの製品を使ってた気がしますね。
若林:ありがとうございます。
福島先生:当時僕らはイエローボックスって呼んでました。一個500円くらいのプラスチックで、サイズが同じくらいで、繰り返し使えるポリカーボネート製の物だったと思います。ヴュルツブルク大学でもほぼ同じ製品がラボにあるんですが、あまり使われていない。代わりに使ってるのがこのプラスチック容器です。
これは本来は肉とか野菜を入れる容器なんですね。食品にカビが生えないように、きちんと滅菌してあって、この中に培地を入れると、そのまま無菌状態を維持することができる。ポリカーボネート製の物だと使うたびに毎回滅菌処理をする必要がありますが、その手間が要りません。
しかも大量に生産されているので安くて、この大きさの箱で多分20セント行かなかったと思います。例えばポリカーボネート製の箱を買うと一個500円かかるのに対して、プラスチック容器なら使い捨てで30回使える。
一度この容器に植え継げば、ものによっては2年近くそのままにしておいて大丈夫なので、価格的にもバランスが取れるのが何十年後とかになります。そうなると使い捨ての方が便利だよね、ということでみんなこっちを使っています。
福島先生:そうそう、今日見せようと思って先週末にスーパーに行ってきて類似製品がないか探してきたのですが、これとか瓜二つですよね。(右の2つ)
熊谷:あ、本当だ。そっくりですね。これ、何が入ってるんですか?
福島先生:「珍味の肉サラダ」みたいなことが書いてあります。これは蓋もそっくりで、開けてもう一回蓋しておけるというタイプですね。他には、オリーブのピクルスとか。これも近いですよね。あまり背が高くない植物はこのくらいの背丈の低い容器を使っています。完全に同一の製品ではないですが、食虫植物の容器には、お肉や野菜を入れるためのプラスチック製品をそのまま買ってきてるような感じです。
熊谷:この蓋は密閉性が高いんですか?微生物がコンタミしたりしないのでしょうか。
福島先生:蓋も薄っぺらいプラスチックで、カポッとはめるだけなのですが、基本的にはほとんどコンタミしないです。とはいえ、培地の中に抗生物質を入れてるっていうのもあって、多少はコンタミしてもオッケーという事情もあります。
熊谷:実際の商品を見ると、完全に食品向けという感じですね。
福島先生:そうなんです。誰が思いついたのか僕もよく知らないんですよね。ここにきたら当たり前に学科の同僚が使ってたんで、じゃあ僕もそれを…という流れでして。ドイツ以外でこれを使ってる人っていうのは知らないですね。
熊谷:日本でも、ライフサイエンスの研究者はサランラップを使うので、そんな感覚なんですかね。例えばサランラップとかはそちらでも使いますか?
福島先生:僕はラボに置いてますけど、他のラボは使ってないですね。
熊谷:サランラップは日本の製品で手に入りやすいから使ってるのかも知れませんね。逆にドイツではこういった容器が手に入りやすい。大量に流通するから安くて品質が高くて、実験室でもそれなりに使える。この辺りの消耗品事情は国によって意外と違うのかも知れませんね。
・手間のかかる食虫植物の培養にはこれ以上ないほど最適
・日本では繰り返し使うポリカ製容器を使っていた
・調達の容易さは、ドイツの食品流通事情と密接に関係していそう
・アズワンも自社品、輸入品、メーカー品…プラスチック容器の取扱いは何千品目とあります。「滅菌済みで使い捨て」といえば、微生物検査や医療機関で用いられる検体容器などに代表されますが、食品の流通分野でこうしたプラスチック製品の流通が盛んだと聞いて驚きました。
容器以外にも、海外と日本の実験器具の違いなどももっと深堀できると楽しいですね。
熊谷:先生の所属する研究所は食虫植物にかなり注力しているんでしょうか?
福島先生:そうですね。複数のPIが食虫植物の研究をしている研究所は、世界的に見て稀だと思います。歴史的にハエトリソウは電気生理の研究によく使われてきたんです。うちの学科長がそれを再興させる流れをここ10年くらい作っていて、ハエトリソウで色々面白い発見をしてるんです。
例えば、さっき二回触れて(ハエトリソウが)閉じたじゃないですか。閉じた後も、虫は罠の中でもがきますよね。もがく時に、感覚毛に触れ続けることでアクションポテンシャルを発生させるんですけど、それが消化液の分泌に必要だということは、彼らの研究でわかったことなんです。もがくことで感覚毛に五回触れると消化液が出る。
熊谷:食虫植物、そんなにシステマティックに動くんですね・・・!大学付属の研究所とのことですが、メインのキャンパスとは離れているんですか?
福島先生:これは色々と歴史があります。まず、大学のメインキャンパスが現在は街中からちょっと外れたところにあります。歴史的には街の中に点在していた学科の多くが1960年代のキャンパス新設に伴って郊外へ集められたのですが、植物園は植物が植えられているので簡単に引っ越せず、元の場所に残りました。僕らの研究室は、その植物園の横にあります。十数年前までメインキャンパスの隣に米軍基地があり、その撤収に伴って大学キャンパスが大きく拡張されましたが、そのときにも僕らの学科の移動は実現しなかったようです。
熊谷:僕がいた東大柏キャンパスももともと米軍の施設の跡地だったので、似たような話は世界中にあるんですね。日本でも小石川植物園は300年以上の歴史がありますが、植物園自体も歴史があったりするんでしょうか。
福島先生:植物園の成り立ちも面白くて、実は、もともとは薬草園だったんですね。ヴュルツブルクはシーボルトの生誕地でもあります。彼は色々な植物を日本からヨーロッパに持ち帰りましたが、今も当時の名残として、植物の名前のパネルに赤い印がついているものは、シーボルトが持ってきた植物と同一の種だそうです。
※ヴュルツブルク大学植物園は1696年に誕生した薬草園が元になっている。
Botanic Garden of Würzburg University
熊谷:ロマンがありますね!日本とのつながりがあるのも面白いです。
福島先生:元が薬草園なので、研究者も博物学系の人はあまり多くなくて、薬理学などの人が多いですね。僕らは植物学になりますけど。
熊谷:一般的な植物園だと分類学など、博物学系が強い印象があるので、ちょっと特殊ですね。
熊谷:植物園としても、食虫植物が有名だったりするんですか?
福島先生:実際には食虫植物はたくさんあるんですけど、表向きは有名ではないかもしれません。とはいえ一般に公開していない裏方ではすごくレベルが高いです。食虫植物は世界中にたくさんの愛好家がいて、大概のものは手に入るんですけど、まず個人レベルでは手に入らないようなものを持っていたりもします。
熊谷:本を出されるとお聞きしたんですけど、書籍を出した経緯などをお聞きしたいです。
福島先生:はい、食虫植物の本を一冊書きました。岩波の科学ライブラリーシリーズから3月の中頃出版になります。ドイツにきたのが3年とちょっと前になるんですけど、その前はアメリカでポスドクをやっていて、その間の2−3週間だけ日本に帰っていたんです。そのときに、岩波の編集者の方からお話をいただきました。それからこっちにきて3年くらいかけて、夜子供が寝静まってから少しずつ執筆しました。
熊谷:内容としてはどんな本なんですか?
福島先生:実は、食虫植物がどういうものかは、正しく理解されていない部分があります。植物なのに動物を食べてるっていう、規格外なすごいことをやってるじゃないですか。一方で、そんなに優れているのに、どこにでもいるわけではないですよね。能力はすごいのですが、これを使うには色んな制約があるということです。
この本はそういう部分にフォーカスした内容の一般向けの科学書になっています。彼らはすごいことやってるんだけど、実はそれなりの葛藤があるんだよね、という。
若い学生さんから読んでいただけるような内容になっているんじゃないかなと思います。
ひとこと紹介+『食虫植物: 進化の迷宮をゆく』岩波書店から発売中!
●株式会社tayo 熊谷
博士(環境学)の元深海微生物学者。今は株式会社tayoの代表として、研究者のキャリア問題の解決や産学連携の支援に取り組む。
●アズワン株式会社 若林
「Lab BRAINS」の活動を通じ、研究者と研究者を支えるプレイヤー、双方の発信活動をサポートしたいと考えています。ラボブレTwitterも投稿中です。