#14 がんゲノム医療の臨床現場を情報技術・AIでサポートする

2022.01.12

2015年に米国オバマ大統領がPrecision Medicine Initiativeを開始したことに代表されるように、プレシジョンメディシン(精密医療)が各国で始まっています。その中の代表的な取り組みの一つが、がんゲノム医療です。がんゲノム医療では、遺伝子情報に基づいて、がんの患者さんの診断、薬剤の選択などの治療、予後予測、予防への取り組みなどが実践されています。
日本においては、2019年6月に、多数の遺伝子を同時に調べ、がん細胞の遺伝子バリアントを見る、がん遺伝子パネル検査の一部が保険適用となりました。がんゲノム医療中核拠点病院などを中心として体制が整備され、全国に普及してきています。
がんゲノム医療において、情報解析は必須です。次世代シークエンサを用いて読み取ったゲノムデータを処理し、品質確認、遺伝子バリアントや構造異常の検出、検出された遺伝子バリアントについての臨床的意義付けなど一連の情報処理を行う必要があります。
株式会社テンクーは、最先端の情報技術を用いて、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア Chrovis (クロビス) とそのサービスを提供する大学発ベンチャー企業です。第一回は、テンクーの設立とChrovis開発の経緯、臨床現場での活用についてご紹介いたします。

テンクーの設立

テンクーは「Chrovisの提供を通じ、医学研究、オーダーメイド医療、ゲノム創薬、遺伝子治療の継続的な発展を推し進めます」というミッションのもと、データ解析技術、データベース化技術、⾃然⾔語処理技術や⼈⼯知能技術を⽤いたゲノム医療のためのソフトウェア Chrovisを開発しています。
代表である西村は、東京大学大学院情報理工学系研究科にて、ヒトゲノム情報解析とVR技術を使ってゲノム情報の可視化の研究を行っていました。大学の研究活動を進めていくなかで、より多くの方に、開発した技術を提供し、広く社会に貢献したいという思いを強くし、その方法として起業を決意、2011年4月1日に現CTO青木と現CDO坂田の3名で、株式会社テンクーを設立しました。創立10周年を迎えた2021年の11月現在、メンバーは30名を超え、その半数以上がエンジニアで構成されています。

ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア Chrovis

Chrovis開発の経緯

がんゲノム医療は、

1) 医師が患者を診察・治療する病院の部分、

2) 患者のがん細胞から次世代シークエンサでゲノム情報を読み取る実験を行う部分(Wet)、

3) ゲノム情報を解析し医師の判断に必要となるレポートを作成する部分(Dry)、3つに分かれます。

テンクーは、3)のDryに特化しており、2012年頃からゲノム医療の到来を予想し、Chrovisの企画・開発を開始しました。2016年から、東京大学のゲノム医療研究プロジェクトに協力する機会を得て、2017年には臨床研究、2018年8月からは先進医療Bと、がんゲノム医療における情報解析とレポート作成を担当しました。臨床の現場から様々なフィードバックも頂き、臨床現場のニーズに会う形にChrovisを進化させてきました。Chrovisは、遺伝子バリアントを検出・解析する Chrovis Analysis、その遺伝子バリアントの臨床的意義付けを行う知識データベース Chrovis Database、各個人に合わせたレポートを作成する Chrovis Report の3部分からなり、ほぼ自動でゲノムデータからレポートを出力するソリューションとして、がん遺伝子パネル検査を行う病院や検査会社に提供されています。

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がんゲノム医療とChrovis

臨床現場をサポートする

2022年1月現在、国内におけるがん遺伝子パネル検査としては、シスメックス社の提供するOncoGuideⓇ NCCオンコパネルシステム、中外製薬社の提供するFoundationOneⓇ CDx がんゲノムプロファイル および FoundationOneⓇ Liquid CDx がんゲノムプロファイルが保険収載されています。また、遺伝子パネル検査は、がんゲノム医療中核拠点病院 12カ所、がんゲノム医療拠点病院33カ所、がんゲノム医療連携病院184カ所にて、提供されており、2021年10月末までに、2万人以上の患者さんに検査が実施されています。


中核拠点病院と拠点病院では、エキスパートパネルと呼ばれる専門家会議が開催され、がん遺伝子パネル検査の結果および国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT)の提供するC-CAT調査結果をもとに、患者さん一人一人の治療方針について議論されます。一般的に、エキスパートパネルの事前検討として、エキスパートパネルの議論のベースとなるデータベース情報、承認薬、臨床試験の情報をゲノム医療に携わる医師らが検索し、当日の議論が円滑に進むように臨床的意義付けの候補を絞っておきます。エキスパートパネルの実施後には、その議論の結果がエキスパートパネル報告書または診療録に記載されることになっています。
このエキスパートパネルの円滑な運用を可能にするため、情報技術を用いた支援として、下記の4つが考えられます。
1. エキスパートパネル開催(日程調整・出欠確認など)のサポート
2. オンラインでの議論のサポート(症例ごとにディスカッションできる仕組み)
3. 臨床的意義の調査や臨床試験を検索する事前検討の支援
4. エキスパートパネル報告書及び患者さん向け説明の支援
上記のうち、1と2については、いわゆる情報システムにおいて支援可能な内容ですが、3と4については、がんゲノム医療の知識が必要となります。テンクーでは、特に3と4について、ゲノム医療や情報技術の専門的な知見を活かして、Chrovisを用いたアノテーションサービスを医療機関に提供することで、臨床現場の医師や患者さんをはじめとする当事者をサポートしています。
具体的には、事前検討に必要となる情報を、10以上の公共データベースを統合した自前の知識データベースである Chrovis Database を用いて自動で検索し、その結果を判定補助資料としてまとめることで、現場の医師の情報検索に要する時間や作業の負担を軽減します。また、患者さん向けとして、医師が検査結果を説明する際に用いることのできる説明補助資料も自動で生成し、患者さんやご家族の方々の理解をサポートします。

がんゲノム医療の体制、エキスパートパネルと情報技術

まとめ

がんゲノム医療をはじめとして、ゲノム情報を用いて診断、治療、予防を行うゲノム医療は、今後ますます浸透していくものと考えられています。テンクーは、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア Chrovis とそれを活用したサービスを提供することで、ゲノム医療の発展を推し進めていきます。
今後、数回にわたり、ゲノム医療における情報技術の活用やChrovisが実装している技術について、ご紹介していきます。