μ粒子から示唆された“未知の素粒子や力”は無さそう?「ミューオンg-2実験」の最終結果が公表

2025.06.20

ミューオンg-2実験 サムネ

(画像引用元番号①②)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の時々VTuber彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、6年に渡って続いた「ミューオンg-2ジーマイナスツー実験」という国際研究の最終結果が公表された件についてだよ。これは「μミュー粒子 (ミューオン)」という素粒子の「異常磁気モーメント (g-2 / 異常磁気能率)」という値を正確に行う実験で、約1兆個ものμ粒子が測定されたんだよね。

 

聞き馴染みのない単語ばかりだと思うけど、端的に言えばこれは“未知の素粒子や力”の存在が示唆された研究の続きに位置するものなんだよね!そして今回の実験による実測値と、並行して行われた理論値の改善により、以前ほどには値にズレが無い事、つまりは“未知の素粒子や力”は無さそうだという結論に達したんだよね。

 

“未知の素粒子や力”が無さそうというと、確かにインパクトには欠けるかもしれない。けれども今回の精密測定は、今後の素粒子物理学を発展させるためにとても重要な要素をいくつも含んでいるという点で、とても重要なんだよね!是非とも解説を読んで感じてほしいのよ。

 

「μ粒子」の「異常磁気モーメント」は未知の素粒子や力を示唆

私たちの宇宙の構成要素を最も小さな単位に分解すると「素粒子」というのが現れるよ。素粒子は目に見える物質を形作ったり、力を伝達したりするなど、実に様々な役割を果たしているよ。この素粒子の性質を予言する理論として、何十年もの間、基礎的な役割を果たしてきたのが「標準模型」という理論になるよ。

 

標準模型は長年にわたり、素粒子の性質をかなり正確に予測してきたけど、例えば重力が含まれていないなど、完全な理論じゃない事は分かっていたんだよね。よって、標準模型の枠組みを超えて発展させた拡張理論が必要になってくるわけで、物理学者は拡張理論の構築に日々頭を悩ませているよ。

 

拡張理論にはいくつもの候補があり、どの理論が正しいのかについては現在でも多くの議論があるよ。このため、標準模型の理論的な予測値と、実際の実験での測定値とを比較し、その値に違いがあれば、違いを説明可能な理論を構築することで正しい理論に近づける、という感じになるんだよね。

 

荷電レプトンのg-2の概要

素粒子「μ粒子」は電子のお仲間みたいな感じで、1つが微小な棒磁石みたいな性質を持つよ。この棒磁石の傾きは磁場の中で変化し、その変化の度合いを「g因子」と呼ぶんだよね。そして、このg因子はぴったり2よりわずかにズレており、このズレを「異常磁気モーメント (g-2)」と呼ぶよ。

 

いわば、値の食い違いは新しい理論を作るための道しるべになる訳だけど、標準模型自体は完成度が高い理論で、値の差はほとんど見つかっていないんだよね。その数少ない例外が、今回取り上げる、「μ粒子」という素粒子の「異常磁気モーメント」という値についてのお話になるよ。

 

μ粒子とは、原子の外側にある電子のお仲間である素粒子であり、簡単に言えば“電子のもっと重いバージョン”と考えてもらえればいいよ。電子と違い、μ粒子は不安定で崩壊してしまうけど、地球の上空からは絶えず降り注いでおり、粒子加速器を使うことで人工的に生成することもできるよ。

 

一方で異常磁気モーメントは全然ピンと来ないよね。詳細を述べるとキリがないので、要点だけを言うよ。μ粒子は電気を帯びているので、磁場をかけると、磁場の周りをぐるぐると円を描くように動くよ。そしてμ粒子はそれ自体が磁石みたいな性質を持っていて、N極とS極を持つ棒磁石が中に入っているような感じなんだよね。

 

μ粒子が磁場の中で回る様子をじっくり見てみると、この棒磁石の向き、つまり傾きが周期的に変化する様子を観察することができるよ。この傾きのしやすさを示すものとして「g因子 (g値)」という値が与えられているよ。g因子が理論化された当初、電子やそのお仲間の素粒子では、どれもピッタリ2になると考えられていたよ。

 

しかし、理論と実験的測定の両方が発展するようになると、このg因子は量子力学的な効果を受け、ピッタリ2ではないことが明らかになったんだよね。この、2からわずかにズレた差を異常磁気モーメント、あるいはg因子から2を引いた時の差分が重要であることを指して「g-2」と呼ぶことも多いよ。

 

μ粒子のg-2のズレ

μ粒子の異常磁気モーメントは、実測値と理論値に大きなズレがあることが知られていたんだよね。これはもしかすると、標準模型では予測されない、未知の素粒子や力が関与して起きているんじゃない?と考えられるようになってきたよ。 (画像引用元番号③)

 

研究が進むと、電子の異常磁気モーメントについては100億分の1の精度で検証が進み、理論と実験的測定に差が見られないことが分かってきたよ。ところがμ粒子については、研究が進むにつれて理論値と実測値に、小さいながらも無視できないズレがあるらしいことが分かってきたんだよね。これが大きな問題となってきたよ。

 

異常磁気モーメント、つまりg因子が2からわずかにズレるのは、量子力学によって予測される様々な力を考慮することで説明できるよ。しかしμ粒子のg因子には、理論値と実測値に小さいながらも無視できないズレがあることから、これは現在の標準模型では考慮されていない、新たな力があるかもしれないということになるよ。

 

標準模型に含まれていない力があるということは、その力を担う新たな素粒子が必要になってくるよ。当然その素粒子は標準模型に含まれていないので、標準模型の枠組みを超える新たな拡張理論を作る必要があるんだよね。つまり、μ粒子の異常磁気モーメントを探ると、新たな素粒子を見つける手がかりを得られるかもしれないんだよ!

 

実験と理論の両面から異常磁気モーメントの矛盾を検証

ミューオンg-2実験の概要

国際研究「ミューオンg-2実験」では、合計で約1兆個ものμ粒子を測定し、正確な異常磁気モーメントを計測することを目的としたよ。またこれと並行して「ミューオン理論計算イニシアチブ」が、理論値の改善を行ったよ。 (画像引用元番号①②④)

 

μ粒子の異常磁気モーメントの謎に挑むための国際研究はいくつかあるけど、その中で最も著名で大規模なのがフェルミ国立加速器研究所で実施された「ミューオンg-2実験」だよ。この国際的な研究は、人工的に生成したμ粒子 (正確には反μ粒子 (μ+粒子) ) を巨大な電磁石の中に蓄積し計測を行うんだよね。

 

まず、約1兆個の陽子の塊を粒子加速器で加速し、毎秒12回ほど固定されたターゲットに衝突させるよ。するとπ中間子という粒子が生成した後、すぐに崩壊してμ粒子を生成するんだよね。これを誘導し、直径15mの超伝導電磁石のリングの中でぐるぐると回しながら異常磁気モーメントの値を測定するよ。

 

μ粒子は平均で0.0000022秒で崩壊して消えてしまうし、1個1個のμ粒子から得られる情報はとても少ないよ。また、計測の手法や装置のセッティングなど、実験を行ってみて気が付く不具合や改良点もあるのよね。ということでミューオンg-2実験は、実験を全部で6つの期間に分けて行い、徐々に測定するμ粒子の数を増やしたよ。

 

このようにしてミューオンg-2実験では、2017年5月から2023年7月にかけて、合計約1兆個ものμ粒子を電磁石リングの中に蓄積し、異常磁気モーメントの測定を行ったよ。その実験データは膨大なので、最初の分析結果は2021年4月7日に、最初の3回の実験結果に基づく分析結果は2023年8月10日にそれぞれ発表されたよ。

 

ミューオンg-2実験最終結果

実験と研究の結果、μ粒子の異常磁気モーメントの理論値と実測値のズレはだいぶ縮まったよ!詰め切れていない部分はあるものの、今のところはμ粒子を動かすような未知の素粒子や力は無さそうだと考えていいんだよね。

 

そして2025年6月3日、全6回の実験データを全て含む解析結果がついに公表されたよ!μ粒子の新しい異常磁気モーメントの値はaμexp=0.001165920705±0.000000000148と、これまでのどの実験よりも精度が高かったんだよね!その精度を喩えて言うなら、1kmの道を0.1mmの精度で正確に測るのと大体同じくらいという厳密さになるよ!

 

ミューオンg-2実験がはじき出したμ粒子の異常磁気モーメントの値は、この実験自身が目標としていた精度を上回っている点で大成功であり、同じような実験でこの精度を上回ることは、少なくとも当分の間は無理と言われるほど、限界を突き詰めているんだよね。

 

ところで、最初に話した異常磁気モーメントのズレについてはどうなったんだろう?実はミューオンg-2実験と並行して、「ミューオン理論計算イニシアチブ」という国際研究チームが、μ粒子の異常磁気モーメントの理論値の改善を行っている、というのが重要になってくるよ。

 

理論の枠組みは変わらないのに理論値が変わることがあるの?と思うかもしれないけど、問題は、理論値を導くための計算が非常に複雑だと言うことなんだよね。μ粒子の異常磁気モーメントの原因となる量子力学的効果は非常に複雑怪奇であり、計算しようにもそのパターンが膨大過ぎて太刀打ちできないんだよね。

 

計算方法を工夫すれば、膨大過ぎるパターンをある程度簡略化し、現実的な計算量に減らすことができるんだけど、今度は計算結果が正しいかどうかが分からなくなるという問題があるんだよね。実際、理論値と実測値のズレは未知の素粒子を予言しておらず、理論値の計算の仕方がマズいんだという意見もあったくらいだからね。

 

そこでミューオン理論計算イニシアチブは2020年頃より、「格子QCD (格子量子色力学)」という理論を考慮した計算を行ったんだよね。詳細は割愛するけど、計算機の進化があってようやくまともに計算ができるようになるというくらい、複雑な計算を伴う厄介さがあるけど、その代わり精度が上がることが期待される手法なんだよね。

 

ミューオン理論計算イニシアチブは、ミューオンg-2実験が結果を発表する少し前の2025年5月27日、最新の理論値を発表したよ!そこに示されていたのはaμSM=0.00116592033±0.00000000062という値で、精度こそ実測値に少し劣るけど、重要なのは実測値と理論値が誤差の範囲内で重なり合っているという点なんだよね!

 

これまでの懸案は、μ粒子の異常磁気モーメントについて、理論値と実測値がどうしても重ならないという問題だったんだよね。しかし、理論値の方が大きく改善し、実測値と重なったことで、この懸案は杞憂に終わりそうなんだよね。端的に言えば「μ粒子を動かす未知の素粒子や力は無さそう」ということになるね。

 

もちろん、現時点では理論値と実測値にはズレがあり、精度を高めればやっぱり重ならないという結果が出る可能性も残されているよ。今のところは標準模型では予言されていない未知の素粒子を今すぐ求める必要はないけど、かといってその存在が完全に否定されたとまでは言えないんだよね。結論出ず、というとこかな。

 

素粒子物理学の謎の探求はまだまだ続く

ミューオンg-2/EDM実験の概要

今回の研究結果は、今後の素粒子物理学の研究を行う上で重要な値を導いたんだよね。また今後は、日本のJ-PARCにてμ粒子の異常磁気モーメントと電気双極子モーメントを正確に測る「ミューオンg-2/EDM実験」がスタートする予定だよ。 (画像引用元番号⑤⑥⑦)

 

今回のミューオンg-2実験による実験結果と、ミューオン理論計算イニシアチブによる理論値の改善結果は、確かに“未知の素粒子や力を発見しました”のような、劇的なインパクトを持つ結果とは言えないよ。ただしインパクトこそ欠けるものの、その成果はとてつもなく大きいんだよね!

 

2つの国際研究が導いた、μ粒子の性質に関する深い理解は、何もμ粒子だけに限定される成果じゃないよ。今回導き出された値を直接使う研究のみならず、その過程で蓄積されたノウハウが、他の素粒子物理学の実験でも生きていくはずだからね。

 

例えば、μ粒子の測定値そのものの精度の改善は、いわば物差しや時計をより正確なものに置き換えるようなもので、素粒子物理学の研究の精度を改善するよ。また理論値を計算する過程で試された数学的手法もまた、素粒子物理学の理解を深め、もしかすると新しい理論を構築するのに役に立つかもしれないよ。

 

ミューオンg-2実験はこれで終わってしまったけど、μ粒子の性質を測る実験はまだまだ続くよ。例えば、日本の茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設「J-PARC」では、2030年代初頭に「ミューオンg-2/EDM実験」という実験を新たに予定しているんだよね。

 

これは、μ粒子の異常磁気モーメントに加えて、別の性質である「電気双極子モーメント」を測ることを目的としているよ。詳しくは割愛するけど、μ粒子の電気双極子モーメントはゼロではないが極めて小さいと予測されていて、誰も正確な値を測ったことがないんだよね。これも測定できれば相当興味深い情報になるよ。

 

また、J-PARCのミューオンg-2/EDM実験で測定可能なμ粒子の異常磁気モーメントは、さすがにフェルミ国立加速器研究所のミューオンg-2実験の精度を超えることはないよ。しかし、J-PARCはフェルミ国立加速器研究所とは異なる手法でμ粒子の異常磁気モーメントを測れるので、異なる観点からのダブルチェックができるんだよね。

 

また、J-PARCの装置はフェルミ国立加速器研究所の装置の20分の1の大きさというコンパクトさがウリだよ!この小ささでかなりの測定精度を出せれば、他の研究所でも同様の実験を行う弾みがつくかもしれないね。あちこちで実験が行えるようになるのは、世界の色んな観点から、素粒子物理学の理解を深めるのに繋がるはずだよ。

文献情報

<原著論文>

  • R. Aliberti, et al. (Muon g-2 Theory Initiative)“The anomalous magnetic moment of the muon in the Standard Model: an update”. arXiv, 2025; 2505.21476v1
  • D. P. Aguillard, et al. (Muon g-2 collaboration)“Measurement of the Positive Muon Anomalous Magnetic Moment to 127 ppb”. arXiv, 2025; 2506.03069v1

     

    <参考文献>

       

      <画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

      1. ミューオンg-2実験のロゴ: ミューオンg-2実験のページより
      2. 実験で使われた超伝導電磁石の写真: ミューオンg-2実験のページより
      3. かつてあったμ粒子のg-2のズレ: ミューオンg-2実験の最初の結果発表のページより
      4. ミューオンg-2実験のデータ量のグラフ: ミューオンg-2実験の最終結果発表のページより
      5. ストップウォッチのイラスト: いらすとやより
      6. さしがねのイラスト: いらすとやより
      7. ミューオンg-2/EDM実験の概要: 素粒子原子核研究所の概説ページより

         

        彩恵 りり(さいえ りり)

        「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
        本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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