ミクログリアを入れ替える治療法の開発(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025.05.20

 

アルツハイマー病で蓄積したアミロイドプラークを最終的に除去するのはミクログリアだし、また他の神経変性疾患でも炎症の誘導や死細胞の除去など様々なレベルでミクログリアが関わっている。加えて、遺伝的変異によりミクログリア自体の機能異常により神経変性が起こる例も知られている。このような場合、新しいミクログリアを移植して病気を抑制する治療は重要になる。

 

本日紹介する論文

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CSF-1受容体の阻害サイクルと胎児由来ミクログリアの脳移植により、この目的が可能であり、いくつかの病気モデルで有効性を示せることを明らかにした研究で、4月30日号の Science Translational Medicine に掲載された。

 

タイトルは「Brain-wide microglia replacement using a nonconditioning strategy ameliorates pathology in mouse models of neurological disorders(脳全体でミクログリアを入れ替えられる条件付けの必要のない方法がマウス疾患モデルの病理を改善できる)」だ。

 

解説と考察

ミクログリアを入れ替える方法の開発はこれまでも進められてきたが、臨床応用にまでは進んでいない。というのも、ミクログリアは胎児発生で卵黄嚢の細胞から直接形成され、それを一生使い続ける組織マクロファージの一種で、骨髄由来のマクロファージでは完全に代換えすることができない。ところが最近になってCSF-1受容体の変異を持つ成人発症白質脳症のモデルマウスに、iPS由来ミクログリアを脳内投与するとミクログリアが置き換わって、病気が治るという発表が行われた。

 

このグループは、この報告を基盤に、臨床応用可能なミクログリア移植方法を開発するすることに成功しており、それをミクログリア機能異常モデルマウスに使ったのがこの研究になる。個々でその方法を簡単にまとめると、現在白血病の治療などに用いられるCSF-1受容体阻害剤を1週間投与し一週間休むサイクルを3回繰り返し、そのあと胎児卵黄嚢から培養してきたミクログリアを脳内投与するプロトコルだ。

 

この研究では、この方法により脳に障害を誘導することなくミクログリアのニッチをオープンにし、8割近いミクログリアをドナーに換えることが可能であること、さらに培養したミクログリアは、移植後脳内で成長し、形態学的、機能的、また遺伝子発現でも正常のミクログリアとほとんど変わらないことを示している。

 

その上で、強い神経変性症状を誘導するHexb遺伝子欠損リソゾーム病がマウスにミクログリアを移植する治療実験が行われている。すると、正常化とまでは行かないが、運動障害を大きく改善し、神経細胞数を回復させられることを明らかにしている。

 

最後に、TREM2遺伝子の機能異常によりアルツハイマー病のリスクが高まるモデルマウスにアミロイド蓄積マウスを組み合わせ、正常ミクログリアの移植によりアミロイドプラークの数や形態を正常化し、脳内での炎症を抑えることに成功している。

 

まとめと感想

結果は以上で、人間のような大きな脳に移植するときの方法開発など、まだまだ研究が必要だとは思うが、ミクログリア移植が現実的になってきた気がする。特にMHCを適合させた他家iPS由来ミクログリアをこの方法と合体させると、利用がさらに進む気がする。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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