真菌のなかには非アルコール性脂肪性肝疾患から守ってくれる種類が存在する(5月1日号 Science 掲載論文)

2025.05.17

腸内には細菌だけでなく様々な真菌も存在していることがメタアナリシスからわかっている。ただ、それぞれの真菌が腸に存在することの意味はそれほど明らかではない。ただ、最近の紅麹騒ぎからもわかるように、カビのなかには様々な毒性因子を分泌するものがあり、カビの生えた食べ物をむやみに食べることが危険であるとされている根拠になっている。

 

本日紹介する論文

今日紹介する北京大学からの論文は、人間の大便のなかに含まれている真菌類の腸内への定着について詳しく調べ、その中から非アルコール性肝炎の発症予防能力のあるFysarium foetensを分離することに成功した研究で、5月1日 Science に掲載された。

 

タイトルは「A symbiotic filamentous gut fungus ameliorates MASH via a secondary metaboliteCerS6–ceramide axis(共存関係にある糸状真菌は二次代謝物-CerS6-セラミド経路を介して非アルコール性肝炎を軽減する)」だ。

 

解説と考察

この研究の前半は、大便中に存在する真菌類を特異的にキャプチャーする方法を開発し、大便中から55種類の真菌を特定している。ただ、多くの真菌は空気中から大便サンプルに混じることが多く、腸内に定着しているかを決めるのは難しいことが多い。ただ、体内温度と同じ条件で増殖できるか、あるいは嫌気性条件で増殖できるか、そしてマウス腸内への移植実験から実際に腸内へ定着できるかなどから腸内真菌として考えて良い真菌リストを作成している。

 

ただ、この研究のハイライトは、嫌気性の大腸に間違いなく定住しており、それを裏付けるようにマウスに口腔から摂取させると腸内に確かに定着できるFusarium foetensに焦点を当てて研究を進めている。おそらく最初からこの種に絞っていた感がある。なぜ非アルコール性肝炎 (MASH) との関連を調べることになったのか理由ははっきり示されないが、MASHモデルでこの真菌を腸内に移植すると、脂肪肝を強く抑えることを発見する。すなわち、真菌の一つFusarium Foetensを食べさせることで、高脂肪食によるMASHの発生を抑えることができる。

 

この抑制メカニズムをさらに探索した結果、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下することをあきらかにしている。メカニズムだが、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下する。

 

これまでの研究でセラミドはMASH成立に大きな役割を演じていることがわかっており、今回の結果はこの真菌により腸の細胞によるセラミド合成が抑制された結果であることがわかった。そして、この背景にある分子メカニズムとして、この真菌によって分泌される分子がCer6と結合し、セラミド合成を阻害していることが明らかになった。

 

そして有機化学的方法を駆使して、この真菌により合成されCer6を阻害する代謝中間物を特定している。そして、この真菌でなくてもFF-C1と呼ばれる化合物を投与することで、腸内でのセラミド合成を阻害し、MASHが発生するのを阻害できることを示している。

 

まとめと感想

以上が結果で、これまで明確な治療方法がなかったMASHを、この真菌を定着させたり、あるいはFF-C1代謝物を投与して抑える可能性が生まれたことは重要だ。例えば真菌入りヨーグルトでメタボによる肝炎発症を抑えるというような使い方もあるかもしれない。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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