著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
このライターの記事一覧
医者になったばかりの頃(1973年卒業)、我が国でも普通に結核患者さんが外来に来られた。アルバイト先の病院で胸水と結核病巣がレントゲンで認められ、すぐに入院できないということで外来で胸水を抜く処置をして、入院まで待ってもらったことすらあた。当時は、咳と熱での外来でレントゲンを撮り結核が疑われるか、あるいは集団レントゲン検査で発見され外来に来られるか、いずれにせよX線写真がまず行われ、その後痰の細菌検査が行われた。結核菌の培養には最低1ヶ月必要で、すぐに顕微鏡で菌が観察できるほどの患者さんは少なかったので、まず抗結核剤を投与して様子を見るのが通常だった。
ただ、このようなX線写真ベースの結核医療システムは先進国だけの話で、患者さんが多い低開発国では喀痰の検査とツベルクリン検査以外に診断方法がないということも習っていた。というのも、先進国からレントゲン検査システムは送られていても、現地の病院で使えるレントゲンフィルムがなかなか供給されず、宝の持ち腐れになっていた状況があった。あれから50年、レントゲンフィルム自体が必要なくなり、コンピュータ画像に置き換わることで、どこでも機械さえあればレントゲン検査が受けられるようになった。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介する米国ニューオーリンズにあるチューラン医科大学からの論文は、結核菌の検出を医療施設のない現場で1時間で可能にする、しかも安価な診断システムの開発で、4月9日 Science Translational Medicine に掲載された。
タイトルは「Rapid tuberculosis diagnosis from respiratory or blood samples by a low cost, portable lab-in-tube assay(呼吸器や血液サンプルの結核菌を一本のチューブとポータブル機器で行う安価な迅速診断)」だ。
解説と考察
この論文の大半は機械の設計と説明に使われている。読んでいると、どこでも検査システムを作成できる気になるほど詳しく説明されている。測定の原理だが、血液や痰をチューブにとって、そのチューブに挿入した Plunger に核酸を吸い上げトラップし、トラップの上で PCR と Cas12 を用いて標的DNAがあれば、Cas12 により DNA が切られて蛍光が出る仕組みを使っている。
もう少し詳しく検査の手順を説明すると次のようになる。
後は検出感度になるが、HIV にかかっている子供の結核のコホートで、痰の検査が難しいケースを例に、Xpert や培養検査と比べているが、感度は高くX線検査で確認できるケースの3/4で結核菌を検出している。一方、コントロールの子供については擬陽性はほぼ起こらない。
他のDNA検査と同じで、喀痰検査になると少し検出感度が落ちるが、やはり7割近い症例で菌を検出できる一方、コントロールでは全く擬陽性がない。
まとめと感想
以上が結果で、多くの患者さんを一度に測定するのは難しいが、開発途上国の小さな診療現場で、しかも薬も限られた状況で診断するためには大きな力になる。このチューブ一本は2.7ドルということで、アメリカ支援が抜けたWHOでも可能な額ではないかと思う。特にエイズが蔓延している地域の子供を守る武器として期待される。