超音波顕微鏡による遺伝子発現検出(4月4日 Science 掲載論文)

2025.04.22

マウスで体内から漏れ出てくる光を検出することで体内での遺伝子発現を追跡することができるが、通常長時間の測定が必要になる。すなわち、基本的には組織内で光は吸収されてしまう。この問題を克服するには、光以外の媒体を用いて標識分子を検出する方法の開発が必須になる。もちろん PET のようなアイソトープを用いる方法もあるが、現在期待されているのは超音波を用いる方法で、身体の深部を超音波エコーでイメージングできることから、もし超音波の反射が変化するマーカーを組み合わせることができれば実現できる。

 

本日紹介する論文

今日紹介するオランダ・デルフト大学からの論文は、超音波の反射を劇的に増強するマイクロバブルを標識として遺伝子発現を検出するための新しいイメージングシステムを開発した研究で、4月4日 Science に掲載された。

 

タイトルは「Nonlinear sound-sheet microscopy: Imaging opaque organs at the capillary and cellular scale(非線形音波シート顕微鏡:不透明な臓器を毛細血管及び細胞レベルでイメージングする)」だ。

 

解説と考察

マイクロバブルが超音波の反射を劇的に変化することから、血管造影などに使われているとは言え、遺伝子や細胞の標識としてマイクロバブルを発生させられるのかが問題になる。全く知らなかったが、2014年、カリフォルニア大学バークレー校が、ガスが詰まったタンパク質の粒子を形成するバクテリアを特定し、この粒子を超音波イメージングのための一種の造影剤として用いれることを示しており、この研究ではこの技術をまず利用している。このガス粒子 (GV) を合成する遺伝子を細胞に導入することで、粒子がマイクロバブルとして働くというわけだ。これに加えて、超音波で血管を検出するために使われている脂質層に perfluorocarbon などのガスを詰めたマイクロバブルも用いている。

 

この研究では、これらのマイクロバブルを超音波エコーで検出するのではなく、これらのマイクロバブルに超音波を照射すると共鳴振動を起こし、このときに発生する非線形成分を、特定の深さの組織面で顕微鏡を見るように検出することを目的とした装置を開発している。これがタイトルにある非線形音波シート顕微鏡で、工学的な詳細は専門外なので説明は避けるが、組織内の特定の面に音波のシートを収束させ、そこで発生するマイクロバブルだけを高い解像度で検出する技術だ。このために、エコーで用いられるより高周波の超音波を、より簡単に電気的制御する Row column Addressed Array を開発している。この結果、1cm ぐらいの深さまでスキャンして、マイクロバブルの存在場所の 3D イメージを作成するのに成功している。

 

後はこの方法の利用価値を示すため、ガン細胞に GV 発生遺伝子を導入し、このガン細胞を皮下に移植、開発した非線形音波シート顕微鏡でガン細胞の広がりをモニターし、それを一般のエコー画像と組み合わせて追跡し、ガンの増殖、そして中央部に形成される壊死部がはっきりと検出できることを示している。

 

次に、脂質粒子を用いたマイクロバブルを血管に注入して、ラットの脳血管造影にチャレンジし、従来の方法と異なり、特に毛細血管レベルの微小循環を検出するできることを示している。

 

まとめと感想

結果は以上で、工学的な詳細に興味がある場合は是非自分で調べてほしいが、マウスの実験には結構使えそうな気がする。人間でも皮下組織であれば面白い使い方ができそうだ。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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