著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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よく意識についてどう考えるかと聞かれることがある。実際哲学や脳科学では意識とは何かは重要な問題として議論され続けている。ただ、門外漢が論文を読んで考えていると、結局意識とは刻々変わる環境の中で、「自己」を中心に生きる脳に必要な機能の集まりと思えてくる。麻酔がかかると意識はなくなるが、これは死んでいるのと同じだ。一方寝ているときは、ある程度外界との関わりに備えているし、もちろん脳は働いている。また、覚醒しているからと行って経験が全て意識されているわけではない。このように、外部内部の感覚を統合して自分を保つ脳の機能全体を意識と言っていいだろう。その脳メカニズムは一つではないと思うが、行動学的に意識研究が最もしやすい人間では、脳細胞の機能が測りにくいという最大の問題がある。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介する北京師範大学からの論文は、視床と前頭前皮質の両方に電極を設置した患者さんを対象に、視覚インプットを意識する時のメカニズムを調べた研究で、4月4日号 Science に掲載された。
タイトルは「Human high-order thalamic nuclei gate conscious perception through the thalamofrontal loop(人間の高次視床核が視床前頭ループを介して感覚の意識に関わっている)」だ。
解説と考察
前頭前皮質と視床に電極を設置するケースはそう多くないと思うが、おそらく視床痛の深部刺激などのために電極を設置しているケースを使った研究だと思う。研究では、見えるか見えないかをボーダーラインの視覚刺激を与えて、見えると意識できたときに目で合図するという課題を行わせているときに、脳活動を記録している。記録の中から、見たことの意識と最も相関する神経反応を探している。
感覚の意識と最も相関しているのが、インプットから200msで起こる内層及び内側視床核 (imT) の反応で、他の視床領域は相関がない。特に 4-10Hz の θ波に強い相関が見られる。そして、この θ波は前頭前皮質の θ波と同調している。さらに、imT の θ波は、γ や α といった他の波長とも、振幅で同調していることがわかった。
ロックされた θ波の強度から、同調がどの順番で起こるかを調べると、imT が起点となり θ波を発生して前頭前皮質の θ波及び他の波長成分を統合していくことがわかる。そして、このループが視覚インプットで起こる前頭皮質の神経反応の中で、インプットが意識されたときに最も目立った反応であることが示されている。
まとめと感想
結果は以上で、感覚インプットが意識されるとき、インプット直後に視床内層・内側核から「意識した」というシグナルが発生し、それを脳に伝えていることがわかる。この研究では、意識できるかできないかの境界領域の刺激を与えて集中させているのだが、この刺激と意識ゲートの最終関係が今後の課題になる様に思った。いずれにせよ、これまで様々な研究で指摘されてきたように、視床が意識のゲートを決めていることは人間でも確かであることがわかる。