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バイオ系研究所で働くテクニシャン(技術員)でありながら漫画家として活躍するAyaneアヤネさんによる「ラボりだな日々」(※ラボりだ…ラボから離脱すること。ラボから帰ることの意を持つ造語)。
第15回のテーマは「実験と気温」です。
ラボりだな日々、第15回のテーマは「実験と気温」です!
小学校の理科の実験などで、実験内容を記録する際を、日付の他に気温についても記録をとりませんでしたか?これは実はとても大事なことで、研究室で行われる実験は、思っている以上に環境の影響を受けます。 特に「気温」は、研究者の気分を決めるだけでなく、実験結果にも大きく影響する要素の1つです。
今回は、実験と気温の関係について、バイオ系研究室でよくあるエピソードを交えて、お話ししてまいります!
ほとんどの物質は、温度によって状態が変化します。水が0℃で凍り、100℃で蒸発するのは誰でも知っていますが、バイオ系の実験で用いる試薬や生体試料も温度の影響を受けやすいのです。
基本的に冷たいものは冷たく(アイスボックスなど)、あたためるべきものはあたためて(ヒートブロックなど)使用し、培養細胞の培養には温度と湿度をモニターし、一定に定める機器であるインキュベーターが使用され、試薬や試料が最適な状態におかれるように努めています。しかし、実験者が手を動かす「実験台での操作」「試薬の保管」「細かい作業」は温度の管理が難しく、気温の影響を受けやすく、時には実験の可否も判断します。
実験プロトコルでよく「室温(RT : RoomTemperature)で反応させる」という指示がみられるのですが、RTとは何度のことなのでしょうか?
一般的に20℃前後と考えられていますが、実際の室温は地域ごとに違うため、実験の再現性への影響を考慮する必要があります。論文に記載されていた実験プロトコル通りに実験を行ったが、どうしてもデータの再現をうまくとることができず、論文著者に相談してもなかなかうまくいかない…!試行錯誤の末、論文著者の研究室が暑い国にあり、RTが30℃~40℃あたりで設定されていて、そこがクリティカルに効いていた!というお話も聞いたことがあります。RTという表記の場合は、地域によって基準自体がずれている可能性があるので注意しないといけません。
研究者にとって、実験室の環境は一定であるべき…しかし、現実には昼夜の他に季節などでの気温差に振り回されることもよくあります。実験結果に影響がでないまでも、少しのことが手順や実験の時間などに影響があることが多いです。
「凝固点が高い」試薬は冬場に固まることがあります。
タンパク質の変性などに使用される試薬である「10%のドデシル硫酸ナトリウム(Sodium Dodecyl Sulfate)溶液」を一例として挙げます。本試薬、室温保管を推奨されていますが、冬場などで低温になると、析出がみられることがあります。白い結晶がでてくるので、試薬がダメになった!?と焦りますが、大丈夫です。40℃~65℃程度の温浴につけてゆっくりと温めて、ときおり撹拌しながら再溶解させれば使用可能です。温める工程が増えるので、急いで実験をしないといけない場合にはひと手間となります。
他に、酢酸やホルマリンでも同様の状況がよくみられます。
アガロースゲルやアクリルアミドゲルなど、バイオ系研究室ではよくゲルを作成していますが、ゲルが固まるスピードは室温により変化しやすいです。冬場は室温が低いので、ゲルの固まりが早く、夏場はそれに比較すると少し遅いことが多いです。これは直接実験に影響はしないのですが、早くゲルが固まると早く流せるのでちょっと得をした気持ちになります(筆者談)
ELISA(酵素免疫測定法)は、温度や湿度の影響を受けやすい実験の一例です。反応温度が高いとブランクや高濃度の標準溶液の吸光度が上昇し、反応が起こりすぎることで高濃度付近の測定が正確にできなくなるという場合もあるようです。
今回の漫画のAyaneたちは実験室が寒すぎて、PCR装置の排熱で暖をとっていましたが、人にとっても試薬や試料にとっても快適に実験を行うためには、気温や室温がとても大切なファクターであることがわかります。
現在は実験室の空調設備が整い、あまり気にしなくてよいところも多いと思いますが、実験において「最近、実験の結果が万が一不安定だった…何かおかしい…?」が起こったときに状況を推測するための判断材料が多い方が良いので、室温も記録しておくとよいかもしれませんね。