世界最大のクローン個体群を発見!? バルト海の海藻の多様性の探索で発見

2025.03.07

ヒバマタ属の巨大クローン個体群 サムネ

(画像引用元番号①)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の時々VTuber彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、バルト海の海藻「ヒバマタ属 (Fucus)」について、その遺伝的多様性を調べたという研究だよ。この調査の過程で色んなことが分かったんだけど、一番わかりやすいのは、最大で550km離れた個体同士がクローンと判定されたため、世界最大のクローン個体群を発見したかもしれないと言うものだよ!

 

ただ、これは研究成果としては分かりやすいインパクトがあるけど、他にも重要なことが分かったよ。特に種の統合と分離が提案された結果、バルト海のヒバマタ属の遺伝的多様性が相当複雑なことが分かったんだよね。これは今までの研究では部分的にしか理解されていなかった点だよ。

 

海藻は生態系の基盤であること、バルト海が特に気候変動の影響を受けやすいと考えられていることを合わせると、今回の研究は、一見するとたくさんいるように見える生物でも、基本的な情報を理解するために、もっと大規模な調査と研究をすることが必要かもしれないと、示唆しているんだよね。

 

「最大の生物」はどれくらい大きい

最大の生物の一例

「最大の生物は何か?」というのは条件次第で答えが変わるよ。もし最も制限を緩くするなら、ポシドニア・アウストラリスが、最大180km離れた個体がクローンだと判定された事例もあるよ! (画像引用元番号②③④⑤⑥)

 

生物はどれほどまでに巨大になれるんだろう?単一の個体という枠組みの中では、最大の動物は「シロナガスクジラ (Balaenoptera musculus)」の体長29.9m・推定体重199t[注1]、最大の植物は「セコイアオスギ (Sequoiadendron giganteum)」の1個体「シャーマン将軍」の体積1487m3・推定重量1910t[注2]であると言われているよ。

 

ただし、1個体という枠組みを取っ払うと、さらに大きな生物が考えられるよ。例えばアメリカ・ユタ州のフィッシュレイク国有林にある「アメリカヤマナラシ (Populus tremuloides)」の個体群「パンド」は、0.436km2の面積に広がる約4万7000本の幹全てが地下で繋がっており、総重量は6000tであると言われているよ!

 

あるいは、アメリカ・オレゴン州のマルール国有林に生息する「オニナラタケ (Armillaria ostoyae)」は、9.6km2の面積に渡って菌糸のネットワークが広がっており、推定総重量は3万5000tにも達すると言われているんだよね!オニナラタケは間違いなく最大の生物の1つに数えることができるよ。

 

とはいえ、アメリカヤマナラシやオニナラタケのように、同じ遺伝的特徴を持つクローン個体群を1つと数えるのがアリで、かつお互いが繋がっていなくてもOKというなら、さらに大きなものもあるよ。特に植物は、容易にクローン個体を作ることから、自然に巨大なクローン個体群を作ることがあるんだよね。

 

知られている最大の例は、オーストラリア西部のシャーク湾に生息する「ポシドニア・アウストラリス (Posidonia australis)」が、最大で180km離れた個体がクローンであることが確認され、約200km2の面積にクローン個体群がいるというトンデモない規模であることが分かったんだよね!これは2022年の研究で判明したよ。

 

バルト海の海藻はどのように分布している?

バルト海のヒバマタ属の概要

バルト海のヒバマタ属は主に2種類に分かれていると考えられていて、片方は無性生殖、つまりクローンで増えると考えられているよ。ただ、あまり大規模な調査がされておらず、謎が積み残されたままだったんだよね。 (画像引用元番号⑦)

 

ヨーテボリ大学のRicardo T. Pereyra氏などの研究チームは、この話題に関連する新たな発見をしたよ。Pereyra氏らが調査したのは、ヨーロッパ北部の「バルト海」に生息する「ヒバマタ属 (Fucus)」の海藻だよ。塩分濃度が低いバルト海の沿岸海底、水深10m程度にいて、東ドイツとポーランド以外の沿岸に広く分布しているよ。

 

バルト海に生息するヒバマタ属は、その姿かたちや遺伝的特徴から、ほとんどが「フクス・ウェシクロスス (Fucus vesiculosus)」と「フクス・ラディカンス (Fucus radicans)」の2種に分かれるんだよね。フクス・ウェシクロススはバルト海以外にも生息するのに対し、フクス・ラディカンスはバルト海固有種であると見られているよ。

 

そもそも、フクス・ウェシクロススは「ブラダーラック (bladder wrack)」という英名でよく知られている一般的な海藻で、ヨーロッパでは草木灰の原料などとして使われてきたんだよね。対してフクス・ラディカンスは2005年に記載されたばかりで、固有名がないことからも分かる通り最近認知されたばかりの種だよ。

 

しかもフクス・ラディカンスは、フクス・ウェシクロススからわずか400年前に分化したとみられる、かなり新しい種なんだよね。この違いが生まれたのは、フクス・ウェシクロススが雌雄異株しゆういしゅで有性生殖を行うのに対し、フクス・ラディカンスはメスの個体の一部が千切れて無性生殖を行うことで増えるからだと考えられているよ。

 

また、フクス・ラディカンスはバルト海固有種だと言ったけど、見つかっているのはバルト海北部のボスニア湾なんだよね。バルト海は全体的に塩分濃度が低い傾向があるけど、そんなバルト海の中でもボスニア湾は塩分濃度がかなり低いので、薄い塩分濃度への適応が種を分化させたとも考えられているんだよね。

 

これまで不明瞭だった状況が次々と判明!

バルト海のヒバマタ属の遺伝的多様性

今回の大規模な調査の結果、これまで別種と考えられていた種が統合されたんだけど、一方で本当に新種らしいものが新たに見つかったんだよね! (画像引用元番号⑧)

 

ただ、バルト海のヒバマタ属には分かっていない点も多いことから、Pereyra氏らは研究を行ったんだよね。今回はバルト海沿岸の55ヶ所から個体を採集し、ゲノム配列から数千の遺伝子マーカー (遺伝子にある特徴) の比較を行うことで、それぞれの個体が同種・別種か、あるいはクローンか否かを比較したんだよね。

 

すると面白いことが分かったよ。まず、フクス・ウェシクロススとフクス・ラディカンスは見た目的にも遺伝的特徴にも別種とされたけど、実は同じ種であることが分かったんだよね!つまりバルト海固有種と見られていたフクス・ラディカンスは、実際にはほとんどがフクス・ウェシクロススのクローン個体群だと判定されたんだよね。

 

この原因は、今回の研究動機の1つである、バルト海でのヒバマタ属があまりきちんと研究されていなかったことと関連しているよ。今回のPereyra氏らの研究で判明した別のこととして、フクス・ウェシクロススの遺伝的多様性が予想以上に複雑だったことも明らかにされたんだよね。

 

フクス・ラディカンスが新種だと考えられた当時は、フクス・ウェシクロススと比べて形態や遺伝的特徴が異なるからだとするのが根拠の1つになったよ。しかし今回の研究で、フクス・ウェシクロススの多様性がずっと複雑だと分かり、ほとんどのフクス・ラディカンスがこの多様性の範囲の中に納まることが分かったんだよね。

 

ヒバマタ属の巨大クローン個体群

今回の大規模調査で、最大で550km離れた個体同士がクローンだと判定されたよ。これは世界最大のクローン個体群である可能性があるんだよね! (画像引用元番号⑨⑩)

 

そして、フクス・ラディカンス改めフクス・ウェシクロススのクローン個体群は、かなり広い範囲に分布を広げていたことが分かったよ。見つかったクローン個体群は複数の集団に別れているけど、特にスウェーデン沿岸の個体群がかなり遠隔地で比較しても似通っている、極めて巨大な集団であることが分かったんだよね。

 

見つかった最大のクローン個体群は、北はウメオ (Umeå) から南はオレグルンド (Öregrund) まで、最大で550kmも離れた個体がクローンであると判定されたよ!面積ははっきりしないけど、550kmというのはポシドニア・アウストラリスの180kmを優に超えるので、これを上回る生物界最大の個体群である可能性があるんだよね。

 

そして、これとは別の発見もあったよ。今回の研究でフクス・ラディカンスはほとんどがフクス・ウェシクロススのクローン個体だと判定されたけど、じゃあほとんどじゃないのはどこに入ったのかと言うと、どうやらこっちは本当に新種かもしれないことが分かったんだよね!

 

この新種と思われる個体は、エストニア沿岸で見つかったよ。遺伝的特徴の違いから、フクス・ウェシクロススから分化したのはかなり昔であり、バルト海の形成の歴史と時期を同じにするくらい、分化してからの歴史が相当に長い可能性があるんだよね。

 

現在バルト海がある場所は、約1万年前に氷河期が終わり、氷河が後退する中で、融けた氷河水に由来する淡水湖があったと見られているんだよね。できたころは氷河が大西洋との繋がりを断っていたんだけど、約8000年前になると氷河が後退して大西洋と繋がり、汽水的な性質を持つ海となったんだよね。

 

今回エストニア沿岸で見つかった新種候補は、この8000年前に大西洋とバルト海が繋がったタイミングで入ってきたフクス・ウェシクロススから分化したか、あるいはバルト海に入り込む前から分化していて、両方共に入ったと考えられるんだよね。いずれにしてもそれくらい古い歴史を持つんじゃないかと見られているよ。

 

生態系の基盤をきちんと調べることを促す研究

海藻は生態系の基盤

海藻は海洋に棲むあらゆる生物が利用する生態系の基盤だよ。でも今回のように大規模調査をした結果、新たな事実が判明したように、生態系を守るためには、大規模な調査が欠かせないことを示しているよ。 (画像引用元番号⑪)

 

今回の研究は、いくつかの重要な問題を提起しているよ。まず、今回分析されたヒバマタ属は同じ種の中でも遺伝子の多様性が相当に複雑であり、これまでの少数の個体を分析するだけでは見逃されてきた特徴もたくさんあるんだよね。別種だと思ったら同じ種のクローンだった、もその事例の1つだよ。

 

バルト海は外洋と比べれば閉じた水域なので、この先の気候変動による環境変化を受けやすいと考えられているんだよね。なので一見すると遺伝多様性が豊かなことは、生物全体の絶滅を避けるために良さそうな気もするけど、実際はそうも単純な話でもないよ。

 

今回、エストニア沿岸で新たな新種候補が見つかっただけでなく、同じ種の中でも相当に多様性が激しいとなると、同じ種の中でも、遺伝子で区分されるグループのいくつかが、他と比べて希少である可能性があるんだよね。ここまで複雑だと、どれを優先して保護していくべきか?という判断が難しくなってしまうよ。

 

ただ、どれを優先する?と悩めるだけマシとも言えるかもね。実は私たちが知らないだけで、世界には他にも遺伝的な多様性が見逃された生物が無数にあり、希少な遺伝子グループが失われるリスクが可視化されていない、知られていないから対策もされていない恐れもあるよ。

 

今回のPereyra氏が行った、大規模な調査と数千の遺伝子マーカーを比較する手法は、少数の個体から少ない遺伝子マーカーの比較を行う従来の手法と比べて、遺伝的な多様性を守っていくためのより正確な分析が行えることを示唆しているんだよね。

 

何より、海藻は食料となるだけでなく、魚類や甲殻類などの様々な生物に隠れ場所や産卵場所を提供する、生態系における基盤的な立ち位置にあるんだよね。海藻の多様性を保護することは、他の生物の保護にも役立つことだから、こういった基本的なことを調べる必要があることを、今回の研究は促していると言えると思うよ。

 

特に、巨大なクローン個体群は遺伝子の多様性に乏しいので、環境の変化で一斉にダメージを受けてしまうかもしれないことを考えると、ヒバマタ属のみならずバルト海全体の生態系が危機に晒されるかもしれないので、ここも注視しないといけない話になってくるよ。

注釈

[注1] シロナガスクジラの大きさ
シロナガスクジラの大きさの記録は、特に最大級のものは捕鯨が行われていた時期に測定されています。その関係上、尾が切断され、出血量も多いため、特に体重は推定による部分が多くなります。今回掲示した記録は、比較的精度が高いと考えられている記録です。  本文に戻る

[注2] セコイアオスギの大きさ
同じセコイアオスギでも、既に伐採された樹木にはシャーマン将軍を越えると主張されている個体がいくつかありますが、正しい測定値であるかは不明です。例えば、かつてシャーマン将軍を越え、世界最大の体積を持つ樹木であると考えられていた「リンゼイ・クリーク (Lindsay Creek)」は、2024年に再発見された写真により大きさが大幅に小さいことが判明し、シャーマン将軍より小さいことが分かりました。今のところ、精度の高い記録の中では、現生・伐採済みを問わず、シャーマン将軍が最大値であると考えられています。  本文に戻る

文献情報

<原著論文>

  • Ricardo T. Pereyra, et al.“An Evolutionary Mosaic Challenges Traditional Monitoring of a Foundation Species in a Coastal Environment—The Baltic Fucus vesiculosus”. Molecular Ecology, 2025; e17699. DOI: 10.1111/mec.17699

       

      <参考文献>

       

      <関連研究>

      • B. A. Ferguson, et al.“Coarse-scale population structure of pathogenic Armillaria species in a mixed-conifer forest in the Blue Mountains of northeast Oregon”. Canadian Journal of Forest Research, 2003; 33, 4. DOI: 10.1139/x03-065
      • Jennifer DeWoody, et al.““Pando” Lives: Molecular Genetic Evidence of a Giant Aspen Clone in Central Utah”. Western North American Naturalist, 2008; 68 (4) 493-497. DOI: 10.3398/1527-0904-68.4.493
      • Ricardo T Pereyra, et al.“Rapid speciation in a newly opened postglacial marine environment, the Baltic Sea”. BMC Evolutionary Biology, 2009; 9, 70. DOI: 10.1186/1471-2148-9-70
      • Craig R. McClain, et al.“Sizing ocean giants: patterns of intraspecific size variation in marine megafauna”. PeerJ, 2015; 3, e715. DOI: 10.7717/peerj.715
      • Jane M. Edgeloe, et al.“Extensive polyploid clonality was a successful strategy for seagrass to expand into a newly submerged environment”. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 2022; 289 (1976) 20220538.  DOI: 10.1098/rspb.2022.0538
      • The Largest Trees in the World”. National Park Service.

       

      <画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

      1. フクス・ウェエシクロスス: プレスリリースより

      2. シロナガスクジラ: flickrより (Author: NOAA Photo Library / Public Domain)

      3. セコイアオスギ (シャーマン将軍) : flickrより (Author: Jim Bahn)

      4. アメリカヤマナラシ (パンド) : WikiMedia Commons (Author: J. Zapell)

      5. オニナラタケ: WikiMedia Commonsより (Author: R6, State & Private Forestry, Forest Health Protection)

      6. ポシドニア・アウストラリス: WikiMedia Commonsより

      7. バルト海のヒバマタ属の2種: Ricardo T. Pereyra, et al. (2009) Fig. 1より

      8. バルト海のヒバマタ属の遺伝的多様性 (散布図) : 原著論文Fig. 7より

      9. バルト海のヒバマタ属の遺伝的多様性 (地図) : 原著論文Fig. 1より

      10. ヒバマタ属の遺伝的多様性: 原著論文Fig. 2より

      11. 海藻がたくさん生えた海のイラスト: いらすとやより

         

        彩恵 りり(さいえ りり)

        「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
        本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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