原子核はどこまで重くなれる?「安定の雲」から不安定の海の果てを見る!

2025.01.24

安定の雲 サムネ

(画像引用元番号①)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の時々VTuber彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、不安定な海の果てを見るために「ラザホージウム252」の寿命を正確に測定した、というものだよ。と言っても、これをストレートに合成しても精度の高い測定ができないことから、一旦「安定の雲」に乗っている原子核を合成するという、ちょっと変わった方法を取っているんだよね。

 

なんだか知らぬ用語がでてきたと思うけど、詳しくは後で解説するよ。何よりこの研究は「原子核はどこまで重くなることができるのか」という問い、もっと究極的には「私たちが存在する根本的な理由」を探るのに絡んだ研究なんだよね!

 

原子核はどこまで重くなれる?

原子核はどこまで大きくなれる?

原子核がどこまで重くなれるかは、陽子や中性子はどれくらいの数まで結合できるかにもよるよ。ただ、原子核の性質は多くの謎が残されており、未解明な部分もたくさんあるんだよね。

 

「原子」は、身近な物質を構成する基本的な要素であり、中心部にある「原子核」と、外側にある「電子」の組み合わせでできているよ。原子核はいくつかの陽子と中性子が組み合わさってできており、陽子の数=電子の数がその原子の化学的性質を決定するよ。化学的性質で原子を分類することを「元素」と呼ぶんだよね。

 

元素は今のところ水素からオガネソンまで118種類が見つかっているけど、このうちのいくつかは自然界にほとんど存在しないため、原子炉や加速器を使って人工的に合成することで生み出されるんだよね。では、元素の限界はどこにあるのか、言い換えれば「存在可能な最も重い原子は何か」という疑問が自然と浮かんでくるよね[注1]

 

存在可能な原子は、根本的には存在可能な原子核で定義されるよ。存在可能かは、原子核の構成要素である陽子と中性子の数に左右されるんだよね。重い原子核、つまり陽子や中性子の数があまりにも多すぎる原子核は、陽子や中性子をお互いに結び付ける力が弱くなり、最終的には一瞬たりとも形を維持できなくなるよ。

 

一般的には、陽子や中性子の数が多い、重い原子核であるほど不安定性が増す傾向にあるよ。また、陽子にして中性子が多すぎたり少なすぎたりすると (もちろん逆もしかり) 、やはり不安定な原子核になるよ。ただ、原子核の理解が進むにつれて、原子核の不安定性はこうも単純じゃないことが分かりつつあるよ。

 

例えば、陽子や中性子の数が「魔法数」と呼ばれる値を満たすと、安定性が増すという不思議な性質があるよ。魔法数が存在する理由は基本的には理解されているけど、根本的な謎がいくつか残されたままだよ。また、原子核の形も重要で、真球よりラグビーボールや洋ナシに近い形の方が安定な場合すらあるんだよね。

 

原子核は1cm3に何億トンもの物質が集中する高密度・高エネルギーな環境なので、日常的な感覚は通用しないのよね。物理学者は原子核を理解するための理論や計算式をいくつも発明してきたけど、それでも理論値と実験値にズレが見つかることが珍しくないので、より完璧な理論のために日々実験を重ねて修正しているんだよね。

 

距離が伸びても変化なし!グルーオンと「強い相互作用」の基本的な性質を解明

四重陽子放出を観測!最も軽いマグネシウムの同位体「マグネシウム18」を合成

最後の二重魔法数核候補「酸素28」の合成に成功! 魔法数20の消失を確認!

 

原子核の世界の海には果てがある

安定の島と不安定の海

他と比べて原子核が安定化する領域である「安定の島」があると言われているけど、その実在性や規模は不明だよ。安定の島の規模を予測する理論は、その周りである「不安定の海」の果てを決定する理論と同じだから、不安定の海の果てを見つけることで、安定の島を探るヒントを得られるかもしれないよ。 (画像引用元番号②)

 

ところで、原子核を陽子と中性子の数で並べる「核図表」と言うものがあるよ。いわば元素周期表の原子核版であり、あるいは原子核の世界を旅するための“地図”なんだよね。現状の核図表は陽子118個/中性子176個のオガネソン294で終わっているけど、大多数の科学者は、この先にも核図表は広がっていると考えているよ。

 

ではどのように先を開拓するべきか?原子核の安定性が増す魔法数はコンパスのようなもので、魔法数を満たす原子核を合成してみるのは進路の1つと考えることができるよ。いくつかの予想においては、未だに達成していない魔法数の付近には、重いながらもかなり安定している原子核が存在するのではないか?と考えられているよ。

 

いくつかの予測によれば、この付近の魔法数を満たす原子核は、数分から数百万年という極めて長い寿命を持つと考えられているんだよね。1秒持てば極めて長寿な世界観であることを考えれば、これはとんでもない安定性だよね!さらに魔法数を満たさなくとも、それに近い値を持つ原子核も比較的安定していると予測されているよ。

 

一方で、この魔法数からあまりに離れてしまうと、原子核の安定性はミリ秒、マイクロ秒、ナノ秒と極めて悪化するよ。ここで、寿命が長いほど高い位置にある、というルールで原子核を描けば、不安定な原子核の“海”の中に、魔法数を中心とした“島”が孤立して浮かんでいるように見えるはずだよ。

 

魔法数付近にある極めて重い原子核は、周辺と比べてかなり安定しているだろうという予測から、安定な原子核の集団を「安定の島」、その周辺を「不安定の海」と表現しているんだよね。原子核を研究する科学者は、まさに不安定の海を越え、安定の島の“岸”を見つけようと努力を重ねているんだよね。

 

ただ、今のところ安定の島は本当に実在するのか、実在するとしてその“岸”はどこにあるのか、未だに謎が多いよ。探索すべき不安定の海が広すぎる上に、個々の原子核が不安定すぎて、合成も性質を調べることも難しいことに加え、根本的には安定の島を予測する理論が完璧ではない、という部分も関係してくるんだよね。

 

「安定の雲」に乗せて精度の高い実験を行う

安定の島のために不安定の海の果てを見る

不安定の海にある原子核を直接合成しても、検出器まで運ぶことができず、精度の高い測定ができないんだよね。そこで「安定の雲」と呼ばれる、より寿命の長い核異性体を合成することで、検出器に運ぶ時間を稼ぐことにしたよ。 (画像引用元番号③④)

 

ドイツの重イオン研究所 (GSI) のKhuyagbaatar Jadambaa氏を筆頭著者とする国際研究チームは、この謎の解決のために、一見すると逆と思えるアプローチを取ったよ。安定の島を目指すなら、陽子と比べて中性子の多い原子核を合成するのが一般的だけど、今回の研究ではその逆、中性子の少ない原子核を合成したんだよね。

 

安定の島を目指すどころか、反対方向に航海しているように見えるけど、これが重要なんだよね。というのは地球の海とは違い、不安定の海には果てがあり、原子核が安定して存在できない限界があるはずなんだよね。そして不安定の海の果ては、安定の島を決定するのと同じ理論的枠組みの中から予測できるはずだよ。

 

不安定の海の果ては、中性子の多い原子核の側の場合、安定の島を乗り越えた先にあるはずで、そうなると当面到達はできないよ。一方で中性子の少ない原子核の場合、かなり近い場所に果てがあると予測されているので、現在の実験装置でも果てに到達できそうだ、となるわけ。

 

とは言え、不安定の海にある原子核を合成してもすぐに崩壊してしまうので、精度の高い計測を行うことができないよ。あまりにも不安定すぎて、光に近い速さで運んだとしても、合成した場所から検出器までのたった数mを移動できずに崩壊してしまう、ということが起こりうるからね。

 

そこでKhuyagbaatar氏らは、不安定の海にある原子核を直接合成するのではなく、それより若干安定な状態の原子核を合成する、という間接的な方法を取ることにしたよ。原子核は陽子と中性子の数だけじゃなく、自分自身が持つエネルギーの大きさでも分類でき、これを「核異性体」と呼ぶよ。

 

通常、核異性体はすぐにエネルギーを放出して安定化しようとするので、最もエネルギーの低い「基底状態」の原子核と比べればずっと寿命が短いよ。しかし不安定の海に浮かんでいる原子核は、基底状態が極めて不安定なので、エネルギーの高い核異性体である方が何百倍も安定している、ということがしばしば起こるんだよね。

 

とはいえずっと安定な訳でもないので、いつかはエネルギーを放出して、より不安定な基底状態の原子核となるよ。つまり、性質を知りたい原子核を直接合成するのではなく、その核異性体を合成すれば、合成現場から検出器までに輸送する時間を稼げるというわけ。

 

Khuyagbaatar氏らは、核異性体は不安定の海よりエネルギーが高い状態、つまり上の方向に一時的に滞在するということから、これを「安定の雲」に載っているとたとえているんだよね。安定の雲に乗ることは、不安定の海という“荒れた海”を航海するよりもずっと良いアプローチとなるよ。

 

そのままだと困難だった「ラザホージウム252」の寿命を精度よく測定!

ラザホージウム252

今回の実験では、不安定の海の果てに近いと見込まれるラザホージウム252を合成したよ。安定の雲に乗った励起状態の核異性体と、不安定の海に浮かぶ基底状態のどちらでも寿命の測定に成功し、理論値に近いことが分かったよ! (画像引用元番号④)

 

Khuyagbaatar氏らは、重イオン研究所の加速器を使い、「ラザホージウム252」と呼ばれる原子核の核異性体 (252mRf) の合成を試みたよ。ラザホージウム252はとても中性子が少ないので、前章で説明した不安定の海の果てに位置すると思われる原子核だけど、過去の実験では合成されたことがないよ。

 

実験では、鉛204 (204Pb) を多く含む箔にチタン50 (50Ti) のイオンビームを照射し、高速で衝突し融合した原子核を分析したよ。この方法でできるのは、実際には狙いのラザホージウム252ではなく、中性子が2個多いラザホージウム254 (254Rf) だけど、核融合の直後なのでものすごくエネルギーが高いよ。

 

なので、1個か2個かの中性子を放出して安定化する、という過程の中でラザホージウム252の核異性体ができるんだよね。理論的には、3.5m離れた検出器まで移動するのに十分な寿命を持ち、その後に基底状態へと変化して直ちに崩壊する、というシナリオを下るはずだよ。

 

実験を繰り返した結果、ラザホージウム252の核異性体は全部で27個合成されたよ。そして核異性体が基底状態になるまでの時間は、測定結果から13マイクロ秒 (13+4-3µs) だと測定されたんだよね。なんだか一瞬にしか聞こえないけど、それでも安定の雲に乗っているだけあり、不安定の海に位置する原子核としてはとても寿命が長いよ。

 

なにしろ、エネルギーを放出して基底状態となったラザホージウム252は、たったの90ナノ秒 (90+90-30ns) と、100分の1以下の時間で崩壊しちゃうんだよね。そしてこの短い寿命を測定できたのは、検出器に原子核を運ぶことができたという、今回の安定の雲の利用がとても生きている成果なんだよね。

 

今回測定されたラザホージウム252の寿命は、重い原子核できちんと測定されたものとしては最短の寿命の1つだよ。また、基底状態と核異性体のどちらも、理論的にいくつか予測された寿命の一部と一致しているので、理論を修正するための方向性も見えてくる成果なんだよね!

 

私たちが存在する根本的な理由にも絡む研究

不安定の海の果てを見る理由

この研究は、究極的には私たちが存在する理由の答えを導くものでもあるよ! (画像引用元番号②⑤⑥⑦)

 

ところで、今回の研究って何の役に立つの?というのは正直な感想だよね。ただ、これは私たちを含め、生物や惑星が存在する理由とも間接的に関わる研究だよ。というのは、宇宙で重い元素がどのようにできるのか?という疑問とも絡んでくるからね。

 

誕生したばかりの宇宙では、元素と言えるのは水素とヘリウムしかなく、他の元素は全て恒星とその派生の天体の作用で作られたよ。特に鉄より重い元素の場合、超新星爆発や中性子星同士の衝突と言った、宇宙で起こる最も高エネルギーな現象によって大量に合成されると考えられているよ。

 

重い元素の合成過程では、中性子の数が非常に多い原子核が一時的に作られ、その崩壊によって生じるという「r過程」が生じると考えられているよ。中性子の数が非常に多い原子核が、たとえ一瞬でも生じるのは、まさに安定の島と関わりのある、原子核の安定性に関する理論が背景にあるんだよね。

 

ということでr過程を深く知るには、安定の島の存在とその規模を知る実験が必要なんだけど、直接的に安定の島を目指すのは難しい、ということで同じ理論で描かれながら、逆の方向性となる中性子の少ない原子核を調べてみたのが、今回の研究だと言えるわけ。

 

銅やヨウ素のような生物に必須な元素や、金やタングステンやウランのように惑星の構成要素であり、経済や産業に欠かせない元素も、元を辿れば中性子の多い原子核を起源にしていると考えれば、今回のように原子核の安定性に根本的に迫る研究は、私たちが存在する根本的な理由にも迫る研究と言えなくもないんだよね。

注釈

[注1] 存在可能な最も重い原子は何か
原子の限界は、どのくらいの時間だけ存在すれば良いかにも寄ります。例えば新しい元素の発見を主張する場合、その原子核が今まで知られていない陽子の数を持ち、かつ寿命が最低でも100兆分の1秒以上 (10-14秒以上) であることを示す必要があります。これは、電子が原子核に捕らわれるために必要な最低時間で定義されており、精度の高い測定が可能な限界値であるとも見られています。  本文に戻る

文献情報

<原著論文>

  • J. Khuyagbaatar, et al.“Stepping into the Sea of Instability: The New Sub-μ⁢s Superheavy Nucleus 252Rf”. Physical Review Letters, 2025; 134 (2) 022501. DOI: PhysRevLett.134.022501

       

      <参考文献>

       

      <画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

      1. 今回の研究成果を説明するイラスト: プレスリリースより
      2. 核図表: WikiMedia Commonsより (United States Department of Energy / Public Domain)
      3. 嵐のイラスト: いらすとやより
      4. 雲のイラスト: いらすとやより
      5. ヨウ素の結晶: WikiMedia Commonsより (Author: Greenhorn1 / Public Domain)
      6. 金の結晶: WikiMedia Commonsより (Author: Periodictableru / CC BY 3.0)
      7. 中性子星同士の衝突: ESOより (CC BY 4.0)

         

        彩恵 りり(さいえ りり)

        「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
        本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

        このライターの記事一覧

        彩恵りりの科学ニュース解説!の他の記事