ガンの代謝は複雑だが治療可能性を広げる(1月1日 Nature オンライン掲載論文他)

2025.01.10

昨年の創薬分野での一押しは、1日に紹介した ER と細胞膜の接点でカルシウム濃度を調節する SOCC の機能を高める化合物と Neurokinin Receptor 2 を刺激してインシュリン感受性を上げつつ食欲を抑制するペプチド薬の開発だった。特に後者の方は、インシュリン分泌を誘導する GLP-1R 刺激剤が大きな市場に成功している今、違うメカニズムの抗肥満剤として待ち望まれていた。

 

ただインシュリン感受性を上げるということは、細胞内でのインシュリンシグナルが高められるということなので、問題があるとすると AKT を活性化して潜んでいたガンの増殖を助けてしまう心配がある。このように、多くのガンは代謝的にリプログラムされており、代謝に働く薬剤が思いもかけない作用を示すことがある。そんな論文の例を今日は2編紹介する。

 

本日紹介する論文①

最初のカリフォルニア大学サンディエゴ孔の論文は、肝臓ガンと非アルコール性肝疾患に関わる Fructose-1,6-bisphosphate の関係を明らかにした研究で、1月1日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「FBP1 controls liver cancer evolution from senescent MASH hepatocytes(FBP1はMASH幹細胞から肝臓ガンの発生をコントロールしている)」だ。

 

シグナル伝達研究に長年関わってきた Michael Karin 研究室からの研究で、シグナルだ、代謝だといっていた時代は過去のもので、ガンを総合的に捕らえることが重要であることがよくわかる.

 

研究対象になった FBP1 は、通常グルコース代謝でできてきた F6P に働いてピルビン酸への経路を媒介する。通常果糖の代謝には関わらないが、フルクトースをリン酸化するヘキソキナーゼが存在すると、F6P を直接精製してグルコース代謝を大きく変化させる。これが非アルコール性肝疾患(MASH)に果糖の過剰摂取が関わるとされる要因だが、原因はともかく MASH では FBP-1 が上昇している。一方、肝臓ガンは MASH で代謝異常を示す細胞から発生するにもかかわらず、FBP-1 が低下している。詳細は省くが、Karin はこの一見矛盾する現象を詳しく調べ、最終的に次のような結論を得ている。

 

  1. MASH では代謝異常で DNA 損傷が発生し、これが刺激となって FBP-1 と p53 が誘導される。P53 は細胞老化の誘導因子で、これに加えて FBP-1 も AKT 抑制することで細胞老化を促進し、MASH が肝硬変へと進む重要な要因になる。
  2. このとき、FBP-1 のプロモーターのメチル化が起こって、FBP-1 発現を抑制できた細胞が AKT が再度活性化してしまい、細胞老化から解放されてガン化にまっしぐらに進む。

以上のように、FBP-1 のようにグルコース代謝の核とも言える酵素が、MASH では病気の進行に関わり、逆にガン抑制遺伝子として働くという事実は、ガンと代謝の複雑な関係を示している。

 

本日紹介する論文②

もう一編は中国中山大学からの論文で、グルタミン酸と αケトグルタル酸の間のてんかんを媒介する酵素GPT-1 が大腸ガンの抑制因子として働いていることを示した研究で、1月1日号の Science Translational Medicine に掲載された。

 

タイトルは「Glutamic-pyruvic transaminase 1 deficiency–mediated metabolic reprogramming facilitates colorectal adenoma-carcinoma progression(グルタミンピルビン酸トランスアミナーゼ1 の欠乏は代謝をプログラムし直し大腸直腸ガンの進展を助ける)」だ。

 

GPT は通常肝機能検査に使われるが、GPT-1 は上皮に発現しており血中に漏れることはほとんどなく、グルコース新生とアミノ酸代謝をつなぐ重要な酵素だ。この重要な酵素が大腸直腸ガンで欠損しやすいことに興味を持ち、発ガンとのメカニズムを探っている。

 

GPT-1 を大腸直腸ガンに導入すると、増殖が抑制されるが、この原因を探るとまず αケトグルタル酸が細胞内に蓄積していることを発見する。すなわち、ピルビン酸とグルタミン酸から αケトグルタル酸が多く作られていることが、増殖抑制に関わっている。

 

αケトグルタル酸は、エピジェネティックス、βカテニン安定性などを介して大腸直腸ガンの増殖に関わる Wnt シグナルを抑制することが知られているが、GPT-1 を導入したガン細胞でも Wnt シグナルが低下している。ただ、これに加えて GPT-1 は葉酸合成に関わる MTHFD1L と結合して葉酸の合成を低下させる。

 

以上の2つの経路を介して GPT-1 はガン増殖を抑制する。そして、GPT-1 に結合する既存の化合物ポリウモシドを投与すると、大腸直腸ガンの増殖を抑制できる。

 

詳細は省いたが結果は以上で、両方の論文から、ガンは増殖のために代謝システムをプログラムし直していることが多く、これを理解することはガンのアキレス腱を知ることになり、治療可能性を高められることは間違いない。今年も、このような治療可能性を示す論文を紹介していきたい。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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