AI もまだまだ脳に学ぶ必要がある(11月18日 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2025.01.11

生命科学でも AI が話題の中心になっているが、2025年には人間の脳と AI を比較する研究が一段と進むような予感がする。特に、比較によって AI では難しいことを見つけ出し、新しいアルゴリズムに生かす研究は、我々の脳についても理解が深まると同時に新しいAIの設計につながる。

 

本日紹介する論文

今日紹介する米国スクリップス研究所からの論文は、脳に学ぶことの重要性を示した研究の典型で、11月18日 米国アカデミー紀要 にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Identification of movie encoding neurons enables movie recognition AI(脳の動画エンコーディング方法の特定は動画を認識する AI を可能にする)」だ。

 

解説と考察

現在の AI の動画認識能力には問題が多いようだ。おそらく大きくて早いコンピュータで計算量をこなせば原理的には動画も認識できると思うが、普通のコンピュータでは難しい。例えば刑事ドラマで今でも監視カメラの映像を粘り強い刑事が徹夜で調べると言ったシーンはこのことを物語っていることになる。

 

まずこの研究の結論から述べると、動画をエンコードして一つの表象を作成する過程を全てオタマジャクシの視覚系に任せ、それを読み取って学習させた AI と一般的なカメラ画像を学習した AI とで、ペンテトラゾール添加によりシャーレの中のオタマジャクシの泳ぎが変化するのを動画から認識できるか調べている。同じように300回動画を学習させて、薬剤濃度を区別できるか調べると、オタマジャクシの脳を用いた方が的中率が他の AI モデルより高いことを示している。

 

この研究で読み取っているのは視蓋と呼ばれる、網膜から投射を受け二次元的マップを形成する視蓋の神経活動を多数の神経細胞の興奮として記録し、視覚系本来のアルゴリズムにより視蓋野に形成される表象を使っている

 

すなわち、神経回路の処理を受けたあと視蓋に表象される神経興奮パターンは、連続した写真画像を読み取る AI より動画認識能力に優れていることになり、視蓋野で行われている処理を理解することで、なぜ脳の方が優れているのかがわかる。

 

この研究は、オタマジャクシの視蓋野での神経活動を、まず単純な対象が現れ消えていく短い過程を記録して、処理方法を解析している。対象を見るとき、網膜には対象が明るくなった時に反応する ON 型と、暗くなったときに興奮する OFF 型の神経が存在し、これが視蓋野に投射されている。この研究では、この2種類のシグナルの変化が実際には回転などの動きの認識に関わり、また OFF 型の神経が変化の終わりで正確に興奮することで、動きの認識の重点対象を回りから区別して認識している。

 

このように特に OFF 型のシグナルを光の変化だけでなく、対象物の変化を捉えるのに使っているのに利用していることが、動画認識を可能にしており、おそらく一般的な AI にはこのアルゴリズムが存在しない。

 

On/Off 型神経からもわかるように我々の視覚は網膜ですでに因数分解が行われており、これが視蓋野の神経興奮として現れる。この点については、京大医学部時代に親しく交流があった中西先生の On/Off 神経の発見など長い研究の歴史があるが、これを動画認識の点から再検討し、さらに現在の AI と比較したのがこの研究の面白さだ。またオタマジャクシを用いたのも面白い。

 

このように、AI と比べて我々の脳を知る研究は今後もどんどん発展すると思う。この研究の筆頭著者は平本さんという日本人の研究者で、この分野を是非牽引していってほしい。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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