人間の腎ガンの代謝を生体内で調べる(8月14日 Nature オンライン掲載論文)

2024.09.02

2019年のノーベル賞は、低酸素反応の研究に与えられたが、このシステム異常により発ガンする典型が腎臓の clear cell carcinoma で、低酸素反応を誘導する転写因子 HIF の分解に関わる VHL の変異により、HIF が壊されずに低酸素状態が続くことが発ガンに寄与する。この過程で重要なのが、グルコースを分解する glycolysis の低下と糖新生の上昇とされているが、実際の人間の身体の中に存在する腎ガンでそれを調べることは簡単ではない。

 

本日紹介する論文

今日紹介するテキサス・サウスウェスタン大学からの論文は、手術2−3時間前に C13 アイソトープでラベルしたトレーサー分子を点滴し腎臓組織や腎ガンに取り込ませたあと、代謝を調べて、腎ガン特有の異常、そして腎ガンの転移時の変化について調べた、人間でここまでやれるかと思えるダイナミックな研究で、8月14日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Mitochondrial complex I promotes kidney cancer metastasis(ミトコンドリアの ComplexI が腎ガンの転移を促進する)」だ。

 

解説と考察

マウス生体内で行われるアイソトープトレーサーによる代謝実験は数限りなく存在するが、人間のガン患者さんとなるとほとんど見たことはない。しかし、極めて重要な実験で、この研究ではまず標識グルコースのトレーサー実験を行い、グリコリシスによりアセチルCoAまでは進むが、Citrate以降の TCA サイクルの中間体への導入が半減していることを確認する。

 

次に同じ citrate を通る acetate を標識したトレーサー実験を行うと、やはり TCA サイクル内の代謝物への導入が抑えられる。では、TCA サイクルはどのように維持されているのか標識グルタミンを使って調べると、TCA サイクルに導入されることが明らかになり、TCA サイクル自体は正常に回っていることが確認できる。

 

基本的には腎ガン特有の低酸素反応により、ミトコンドリアの呼吸系が低下することがトレーサー実験を説明できることから、酸素消費などミトコンドリア機能を調べ、最終的に Complexl の異常がこの代謝状態を形成することを突き止める。

 

この研究のハイライトは、同じ実験を転移ガンで行ったとき、ComplexI の機能が回復して呼吸が高まった細胞だけが転移していることを突き止めたことだ。実際、ComplexI を薬剤で阻害すると転移が起こらなくなる。また、ガンデータベースで酸化的リン酸化が高い腎ガンと低い腎ガンを比べると、生存率が圧倒的に異なることも示している。

 

最後に、では ComplexI が腎ガン特有の代謝システムを形成するメカニズムについて、人間の酵素をバクテリアの酵素で置き換えるという離れ業の実験を行い、NADH オキシダーゼによる NADH / NAD のバランスによる酸化還元バランスが変化することにより、腎ガンの呼吸機能が高まることが転移の引き金になることを示唆している。

 

まとめと感想

結果は以上で、全く新しい話ではないが、手術という機会を捉えて、人間で実際に調べたことが重要だと思う。人間を直接使った研究の重要性は言うまでもない。例えば脳の皮質電極を用いた研究は我々脳の理解に大きく貢献している。同じように、ガンの代謝を標的にする治療のために、同じような実験が行われてもいいと私は思う。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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