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みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!
今回の解説の主題は「光の届かない深海底では、光合成以外の方法で大量の酸素が発生していることが分かった」という驚きの発見だよ!
「暗黒酸素 (Dark Oxygen)」というなんだか変わった名前の付けられたこの酸素の発生源は、どうやら「多金属団塊 (Polymetallic nodule)」であり、電気を帯びていることによる電気分解が原因らしいとわかったよ。
海底にある金属資源として重要視されている多金属団塊だけど、今回の発見により、深海底には酸素の供給源があると分かっただけに、結構重大な心配事に繋がるよ。
暗黒酸素の発生量は曖昧にしか分かっていないけど、今分かっている影響から推定すると、熱帯雨林より多様性が豊かな深海底の環境に対し、採掘による悪影響は思った以上に大きくなるかもしれないという心配があるよ。
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私たちが住む地球は「酸素」に満ちているけど、これはどこから来たのかと言えば、植物や藻類など、葉緑素を持つ生物が行う光合成によるものだよね。
確かに、光合成以外に酸素が発生する方法が自然界に全くないわけじゃないけど、それでも光合成と比べたら全然少ないので、よほどのことがない限り、基本的には光合成以外は無視される感じだよ。
では、光が届かない深海ではどうなのかと言えば、海水に酸素は溶け込んでいて、酸素を呼吸する生物はたくさんいるよ。もちろん光が届かない以上、そこに光合成をする生物はいないよ。
深海に酸素があるのは、光合成が行われているより浅い海からの海水が、温度や密度の差で生じる海流に乗ってやってくるからなんだよね。だから海底でも海水中に酸素があり、窒息せずに酸素呼吸が成立するよ。
海や陸上での光合成による酸素発生量と、海流に乗って移動する酸素の量は大体計算できるので、深海底の酸素の環境も大体計算することができる、というのが、これまでの深海に対する理解だったんだよね。
裏を返すと、今までの理解においては、深海では光合成に比類するほど大量の酸素を供給する、独自の供給源がない、という前提があったんだよね。
確かに、「ニトロソプミルス・マリティムス (Nitrosopumilus maritimus)」のような古細菌は、光合成をせずとも酸素を発生させることは知られているけど、これによって発生する酸素はごくわずかなことが分かっているよ。
なにしろ、発生させたニトロソプミルス・マリティムス自身が使い切っちゃうくらいの少なさなので、光合成と比べれば無視できるほど小さい、という点は確認しておくね。
アンモニア酸化古細菌が暗闇でも酸素を生成する事が判明!窒素循環に影響も?
今回論文を出した、スコットランド海洋科学協会のAndrew K. Sweetman氏などの研究チームは、太平洋に広がる「クラリオン・クリッパートン海域」という海域の深海底を調査していたよ。
この地域には「多金属団塊」という、多種多様な金属の酸化物の塊が転がっているんだよね。日本語だとマンガン団塊 (Manganese nodule) の方が有名かもだけど、ここでは論文の表現を優先して使うよ。
多金属団塊は、何しろ海は広いな大きいなと歌われるくらいなので、量が膨大である上に、マンガン・ニッケル・銅・コバルト・亜鉛など、産業に欠かせない希少な金属元素が含まれていることから、資源的に注目されているよ。
しかし、深海底の環境は変化が遅いので、資源採掘のために深海底を荒らすのは良くないのでは?という見方もあって、Sweetman氏らは主に悪影響の面を調査するため、様々な観測機器を使って調査していたよ。
クラリオン・クリッパートン海域は数千kmもあるとんでもない広さの海域だから、当然調査には時間がかかっていて、この論文を書くきっかけとなった発見はなんと2013年の調査に遡るよ!
その調査の1つとしては、多金属団塊や海底堆積物を含め、深海底の一部を筒の中に閉じ込め、数日間に渡る酸素濃度の変化を観測する、という項目があったよ。いわばミニチュアな“深海環境”を筒の中に閉じ込めているわけだね。
先述の通り、酸素は主に光合成で生み出されるけど、場所は深度4000m、まぁ光合成は期待できないよね。他にさっき書いたように、一部の古細菌による酸素がちょっとだけ加わるはずだけど、これは光合成と比べるとずっと少ないよ。
一方で、深海底には酸素で呼吸する生物がいるわけだし、死骸などの有機物の分解過程でも酸素は消費されるよ。ということで普通に考えれば、浅海からの海流を遮断した筒の中の海水の酸素濃度は低下するはずだよね。
ところが実際には、酸素濃度は減るどころか、むしろ2日間に渡って少しずつ上昇しているということが分かったんだよね!これは全くの予想外で、Sweetman氏も最初はセンサーの故障を疑ったよ。
ところが、センサーを再調整して挑んだ2021年と2022年の再調査でも、相変わらず酸素濃度の上昇が観測されたんだよね。しかも、測った地点は4000km以上も離れているので、何か特殊過ぎる条件が重なったとも思えないんだよ。
センサーの再調整後、10年近く置いても同じ結果が得られ、しかも地点はとても離れている……ここまでくると、いよいよこれは本当に何かの理由で酸素濃度が上昇してそうだと考えたんだよね。
深海底で測定された酸素の発生量は1m2の面積で1日あたり0.054 - 0.58gなんだよね。数字にしてもピンとこないかもだけど、後述する通りこれはかなりの量なので、その発生源がスゴく気になる感じになったよ。
特に疑わしかったのは、海底に大量に転がっている多金属団塊だったんだけど、その正確な正体を探るため、いくつかを採集して実験室環境で実験を行ったよ。
まず、測定に使われた実験器具が酸素を発生させた可能性は除外されたよ。次に疑われるのは生物だけど、毒になると考えられる塩化水銀(HgCl2)を海水に入れても相変わらず酸素を出し続けたので、これも除外されたよ。[注1]
となると多金属団塊が酸素を出してそうだとなるわけだけど、こういう光合成が行われない環境で酸素が発生する理由として最も知られているのは、鉱物に含まれる放射線が水などを分解している、というルートなんだよね。
ところが、多金属団塊に含まれる放射性元素は元からそんなに多くないので、甘く見積もっても酸素発生量の0.5%未満しか説明できないんだよね。つまり大半はこのままだと謎なんだよね!
これらの可能性が消えた後、Sweetman氏は、ノースウェスタン大学のFranz M. Geiger氏に多金属団塊のサンプルを送り、どうやって酸素が発生しているんだろう?という点について見解を仰いだよ。
Geiger氏は2019年に、非常に薄い鉄の酸化膜に塩分を含んだ水の流れが触れると、電気が発生するということを発見しているんだよね。多金属団塊はまさに酸化した金属の塊なので、状況は似てると言えるよね。
そして電気が流れるということは、水の電気分解によって酸素が発生しうる、ってことになるよ。あれ?海水だと塩化物イオンがあるから塩素が出るんじゃない?って疑問への答えは注釈で説明するね。[注2]
では実際のところ、多金属団塊は水を電気分解できるほどの電圧 (電位差) を生じるのか、ということになるね。Geiger氏は、12個の多金属団塊の表面に白金電極を配置し、測定箇所153ヶ所における電圧を測定したよ。
すると、測った2点間によって数値はエラくバラバラだったけど、最大で0.95Vもの電圧が発生していることが分かったんだよね。海水の電気分解には1.5Vほど必要なことを考えれば、これはかなりの数値となるね!
今回の実験では実際にそのような値は測定されていないけど、海底にはたくさんの多金属団塊があるので、それらとの“直列繋ぎ”が発生すれば、1.5Vを超える電圧を達成することは無理のない話だと思うんだよね。
多金属団塊が電池 (バッテリー) の原料となるような元素に富んでいることは確かだけど、まさか多金属団塊そのものが天然の“ジオバッテリー (Geobatteries) ”になっているとは驚きの発見だよね!
Sweetman氏らは、今回見つけた酸素を「暗黒酸素」と名付けたよ!その理由面は書いてないので私の憶測にはなるけど「光合成ではない方法での (光のない暗黒での) 酸素生成」という意味だと思うんだよね。
ただし、まだ解明されていない謎もあるよ。例えば、多金属団塊の表面で電気分解が続いている理由は不明だよ。もし金属元素の化学反応とかが素になってる場合、とっくの昔に反応が停止して酸素の発生も止まっているはずだからね。
一方で、化学反応を促進するけれども、自分自身は化学変化をしないという「触媒」という物質があり、多金属団塊が触媒的な役割だったならば、これは電気分解が続く理由にはなるんだよね。
例えば、Geiger氏が以前の研究で示したように、酸化した金属の表面に電流が流れる、という現象が多金属団塊でも起きているならば、それは触媒的な役割なんだけど、これは現段階では推定であり、実験などで証明されてないよ。
別の謎として、水の電気分解ならば必ず発生する水素の行方が分からないんだよね。単体の水素となっているのか、それとも水素イオンと電子に分離したままなのか、これが分かってないよ。
水素が正確にはどのような化学形態で現れるのかを調べるのは、先に取り上げた電気分解が続いている理由面にも間接的に絡んでくるので、これはこれからの研究課題になってくると思うんだよ。
さて、こんな感じで偶然の発見から見つかった暗黒酸素だけど、この発見はむしろ心配になってくる面があるよ。暗黒酸素の発生量はかなりすごくて、光合成をする藻類が豊富な浅い海の海水に負けないくらいなんだよね!
今までは、光の届かない深海に酸素を供給するには、浅い海からの海流が唯一のルートだと考えられていたわけだけど、今回の発見により、暗黒酸素も深海底の重要な酸素供給源になる、という可能性がある訳だね。
そうなると心配なのは、多金属団塊を資源として採掘しようとする最近の動きだよ。採掘はただでさえ深海底の環境を荒らす恐れがあるのに、酸素の重要な供給源を絶ってしまうという、輪をかけて問題になる恐れがあるからね。
一応、深海底にある無数の多金属団塊が、どのくらいの暗黒酸素を生成するのかが分からない、という未知な部分もあるので、本当に深海の環境に悪影響があるのかを、今の段階で断定することはできないよ。
ただし心配な面もあるよ。今回の調査では、1980年代に試験採掘を行った深海底のエリアを調査してみたんだけど、細菌すらほとんどいないデッドゾーンが広がっている、と報告したんだよね。
まだ影響が確定できないとはいえ、多金属団塊が採掘されていないエリアと比べて明らかに生物が乏しいというのは、多金属団塊による暗黒酸素が、深海の環境に大きな影響を与えている可能性を示唆するものだよね。
深海底は熱帯雨林よりも生物の多様性が豊かであると見られていること、一方で生物や環境の循環や再生の速度が遅いことを考えると、多金属団塊採掘による暗黒酸素の減少は、もしかすると重大な問題を与えるかもしれないよ。
深海と浅い海や地上は、地球全体の大きな生態系として繋がっているものなので、深海を荒らすと間接的に私たちにも悪影響が出るかもしれない、と考えれば、これは慎重に扱うべきだと思うんだよ。[注3]
もちろん、これは確定していない話ではあるので、安全策を取っておくにこしたことはないものの、追加の研究は必要だよ。多金属団塊はアンタッチャブルな資源なのか、結論を出すにはもう少しかかるよ。
また、暗黒酸素は光合成をする生物が一切いなくても発生するという点で、天文学における地球外生命体探しという、別の研究分野にも影響を与えるかもしれないよ。
これまで、単体の酸素を大規模に発生させるのは光合成だけだと考えられていたので、もし酸素が豊富な大気を持つ太陽系外惑星が見つかった場合、そこには最低でも植物や藻類がいるかもしれない、と予想されてたわけ。
しかし今回、生物がいなくても相当な量の酸素を発生させる暗黒酸素が発見された以上、酸素の発見が生命の発見とはならないかもしれない、という可能性が見えてくるわけだね。
この推定が正しいかどうかも、暗黒酸素の発生量を詳しく推定しなければ分からない話なので、その意味でも暗黒酸素の研究はこれからも注目していきたいところだよ!
[注1] 塩化水銀を使用した生物排除の実験
確かに、深海にいる微生物の中には、塩化水銀を還元して無毒化する生物がおり、泥の堆積物の隙間に塩化水銀が十分に浸透してしない可能性もあります。しかし、光合成に寄らずに酸素を出すことで知られている生物の1つである「ニトロソプミルス・マリティムス (Nitrosopumilus maritimus)」は、塩化水銀が有毒であり、死滅することが確認されていること、無菌状態の人工海水でも暗黒酸素の発生が確認されたため、酸素を発生させるような生物は暗黒酸素と無関係と考えるのが合理的です。 本文に戻る
[注2] 海水の電気分解で塩素が発生しない理由
人工的な海水の電気分解であっても、電極となる触媒の組成によっては、塩素が発生しないことが確認されています。多金属団塊がそのような触媒と似ているという確定的な証拠は現時点でありませんが、塩素を発生させない海水の電気分解はあり得ることになります。 本文に戻る
[注3] 多金属団塊の採集の悪影響
むろん、この研究で悪影響を与えれば本末転倒なので、今回の多金属団塊の採集は許可された海域 (UK1、NORI-D、およびBundesanstalt für Geowissenschaften und Rohstoffeから許可を受けたエリア) で行われています。 本文に戻る
<原著論文>
<参考文献>
<関連研究>
<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)