神経細胞内の異常Tauを標的にするアルツハイマー病治療(7月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024.07.15

アルツハイマー病治療はようやく βアミロイドに対する抗体薬により現実のものになりつつあるが、さらに進行した患者さんの治療には、神経細胞死を直接誘導する Tauタンパク質の沈殿を抑える治療が必要になる。この目的にも Tauに対する抗体が使えるのではないかと、前臨床、そして臨床実験が行われているが、今のところポジティブな結果は報告されていない。

 

実際多くの研究者は、細胞内では多楽異常Tau を標的にする場合、細胞内へ移行できない抗体が効果を持つとすると、異常Tau が神経外へ吐き出され、他の神経へと伝搬する過程が唯一のタッチポイントで、それもシナプス間隙で伝搬が起こるとすると効果はあまり期待できないのではと考えている。

 

そんな時、昨年3月、ケンブリッジ大学から抗体と Tau が結合した複合体が神経に取り込まれ、そこで TRIM21 と細胞内 Fc 受容体によって分解されることを示した論文が発表された。すなわち、Tau に対する抗体は細胞内に取り込まれた場合のみ働くことが示された。

 

本日紹介する論文

今日紹介するテキサス大学からの論文は、同じメカニズムを利用した Tau に対する抗体治療法の開発だが、抗体をミセルで包んで鼻から投与することで、直接神経細胞内に抗体を到達させようとする研究で、7月3日号の Science Translational Medicine に掲載された。

 

タイトルは「Nasal tau immunotherapy clears intracellular tau pathology and improves cognitive functions in aged tauopathy mice(経鼻的 Tau 免疫治療は細胞内の Tau異常症を解消して老化した Tau異常症マウスの認知機能を改善する)」だ。

 

解説と考察

この研究では Tauタンパク質でも、重合化した毒性の強い形にだけ反応するモノクローナル抗体を作成している。試験管内の実験で、この抗体が異常Tau を細胞に取り込ませる試験で、その毒性を強く抑制することを確認した後、ヒト異常Tau を発現するマウスを用いて投与実験を行なっている。

 

この時、脳へ効率よく抗体を供給するルートとして、鼻に抗体と投与するルートを選び、脳血管関門を気にせず、嗅球を経由して海馬や視床へと抗体が到達できる。

 

さらにこの研究では、抗体そのままではなく、ポリエチレン、ポリプロピレンなどを原料とするミセルを作成し、細胞内に取り込まれるようにしている。実際、試験管内で細胞内に取り込まれ異常Tau と結合することを確認したあと、これを経鼻的に Tau異常症マウスに投与し、効果を調べている。

 

ミセルに詰めた抗体が細胞質内に取り込まれ、異常Tau と結合することを確認し、経過を追いかけると、期待通り TRIM21依存的に異常Tau を細胞内、及びシナプスから除去することを確認している。そして、異常Tau が減少することで、組織学的なシナプス機能も正常化し、最後に認知機能も改善することを示している。

 

まとめと感想

以上が結果で、最初から細胞内の Tau を狙った面白い研究だと思う。人でも同じ方法が可能なら、是非臨床研究へと突き進んでほしい。

 

この論文を含めて、最近アルツハイマー病の新しい治療法の論文が発表されているので、7月17日夜7時半からアルツハイマー病の新しい治療可能性についてのジャーナルクラブを開催することにする。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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