栄養状態を変化させてガンを治療する可能性(6月11日 Nature Nanotechnology オンライン掲載論文)

2024.07.13

栄養状態を変化させてガンを治療する可能性が追求されている。例えば糖新生はグリコリシスの低下を意味し、肝臓ガンの増殖にとって抑制的に働く。そのほかにも、ガン細胞は特殊な代謝システムを開発していることがあるので、栄養経路を変化させる様々な治療可能性が研究されている。

 

本日紹介する論文

今日紹介する中国・復旦大学からの論文はそんな中でもユニークな研究で、チロシンを使ってメラノーマのメラニン合成を高めることで増殖を抑制できることを示した研究で、6月11日 Nature Nanotechnology に掲載された。

 

タイトルは「Nutrient-delivery and metabolism reactivation therapy for melanoma(メラノーマの栄養分供給による代謝の再活性化による治療)」だ。

 

解説と考察

この研究ではまずメラノーマの患者さんで転移を起こした悪性度の高いケースでは、メラニン合成代謝経路が低下していることを確認し、メラニン合成システムを復活させることで腫瘍増殖を抑えられるのではと着想する。

 

メラニン合成の原料は L-チロシンで、L-DOPA からインドールキノンへの代謝をチロシナーゼが担っている。そこでまず細胞質に取り込むことができるチロシンをそのままメラノーマ培養に加えているが、何も起こらなかった。そこで、マンノース、4個のチロシン、そしてオレイン酸アミドの順で結合させ、それが集まって60nmのミセルを形成させ、これを加えると見事にメラニン合成が始まった。

 

なぜミセルだけがメラニン合成を誘導したかについてのメカニズムは解析されていないが、細胞質ではなく小胞に取り込まれることで、ゴルジに存在するチロシナーゼをメラニン合成の小胞へ誘導することが可能になったのだと思う。

 

細胞レベルで調べると、チロシナーゼやメラニン合成をチロシンでも少しは誘導できるのだが、新しいミセルの効果は強い。すなわち、チロシナーゼやその他のメラニン合成システムは、原料がゴルジに入ってくることで、強く誘導される。

 

その結果、メラニン合成が起こるだけでなく、細胞増殖の抑制がおこる。この原因を調べていくと、ピルビン酸キナーゼ阻害により、グリコリシスが阻害されることがわかる。そして、この原因はメラニン合成経路で発生するインドールキノンがピルビン酸キナーゼに直接結合して抑制するのに起因することを発見する。

 

そこで、マウスにヒトメラノーマを移植して、ミセルを静脈投与し、治療効果があるか調べている。結果は期待通りで、強いメラニン合成が誘導されるとともに、メラノーマの増殖を一定程度抑制することができる。

 

この効果をさらに高めるため、メラニンに吸収されることで発熱する遠赤外線の照射を加えると、期待通り完全に腫瘍が除去されたマウスもでてきた。実際局所温度を測ってみると、メラノーマ部位では44度にも達している。

 

まとめと感想

以上が結果で、全てのメラノーマに使えるとは思えないが、症例を選べばおそらくほとんど副作用なくメラノーマの増殖を抑制できることから、重要なオプションになる可能性がある。いずれにしても、チロシンをミセル化したことがこの研究のハイライトになる。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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