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図1:シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスの何頭かを合体させた全身骨格 (筆者撮影)
こんにちは!恐竜好きな方へのサポートなどを行っているタレント「恐竜のお兄さん」加藤ひろしと申します。
肉食動物が狩りをする映像は生き物の力強さや逞しさ、自然界の厳しさなどを私たちに教えてくれますし、とても人気があります。同様に、肉食恐竜が狩りをする大迫力の映像もさまざまな番組・映画・ゲームで見ることができます。
そんな肉食恐竜の狩りの映像に登場する植物食恐竜のなかでも、角やスパイクといった目立つ武器になる器官を持たない鳥脚類のハドロサウルス科(カモノハシ竜)の恐竜は、特に「やられ役」にされがちなグループです。
例えば、ゲーム『Jurassic World Evolution』の紹介映像を見ると、ハドロサウルス科である大人のパラサウロロフスが、小さなヴェロキラプトルにあっさりと狩られてしまっています。
図2: ハドロサウルス科を含むグループ ハドロサウルス上科 引用元: Hadrosaur-tree-v4.jpg (661×600) (wikimedia.org)
しかし、肉食恐竜にとって、彼らハドロサウルス科は本当に弱くて狩りやすい獲物だったのでしょうか?
今回はハドロサウルス科の大きさと肉食恐竜に襲われた後に生き延びたと考えられる個体について紹介し、彼らが本当に弱くて狩りやすい恐竜だったのかどうかを説明します。
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植物食動物にとって体の大きさはとても重要で、襲ってくる肉食動物よりも大きくなればなるほど襲われにくくなります。これは今生きている最大の陸上哺乳類であるゾウにも当てはまることで、大人のゾウが襲われることはほぼありません(研究例: Johnsingh, 1983; Power and Compion, 2009)。
では、大人のハドロサウルス科の大きさはどの位だったのでしょうか?
様々なサイズの種が分類されているハドロサウルス科のなかでも特に巨大な種として知られているのが、中国から化石が発見されているシャントゥンゴサウルス・ギガンテウスとカナダとアメリカから化石が発見されているエドモントサウルス・アネクテンスです。
図3: シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスの復元画
引用元: File:Shantungosaurus-v4.jpg - Wikimedia Commons
図4: 全長18.7m・高さ11.3mにもなる、シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスの何頭かを合体させた全身骨格 (筆者撮影)
シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスの頭から尾の先までの推定全長は約14.7m(Hu, 1973)以上、なかには何頭かの骨を合体させた全長18.7m・高さ11.3mにもなる全身骨格(図4)も組まれています(Zhao et al., 2011)。体重についても、いくつかの研究で約7t(Ji et al., 2011)~約22.5t(Seebacher, 2001)と、かなり重い数値が推定されています。
この推定全長は共存していた他の植物食恐竜、例えば角竜類ケラトプス科のシノケラトプス(図5)の推定全長: 5m(Paul, 2016)よりも長いです。
図5: シノケラトプスの全身骨格
引用元: File:Sinoceratops skeleton.jpg - Wikimedia Commons
大きな恐竜の化石はどんなに保存状態が良くても、「すべての骨が無くならずに」、「すべての骨の位置が生きていたときと同じままで」、発見されることはありません。博物館にある全身骨格標本は図1や図4のように同じ「種」あるいは「科」の何頭かの骨を合体させて組まれることもあります。したがって、恐竜の全長について今生きている動物と同じように「この種は○○m」と言い切るのは非常に困難です。
研究によって判明した体重は、生きている恐竜を体重計に載せて確認した数値ではなく、あくまで推定値であることにも注意が必要です。推定値のためシャントゥンゴサウルスのように研究によって体重に幅がある場合もあります。
では、このように巨大なシャントゥンゴサウルスを襲うことのできる肉食恐竜は共存していたのでしょうか?
実はハドロサウルス科が生きていた場所・時代には、多くの場合ティラノサウルス科の恐竜が大型肉食恐竜としてのポジションにいました。シャントゥンゴサウルスと共存していたティラノサウルス科はズケンティラヌス・マグヌスと考えられています(図6)。
図6: シャントゥンゴサウルス・ギガンテウスを襲うズケンティラヌス・マグヌス (筆者撮影)
ズケンティラヌスの化石は上顎(あご)と下顎(あご)それぞれの一部のみしか研究されていませんが、その骨の大きさから大人のティラノサウルス・レックスと同じくらいの体格であったと考えられており(Hone et al., 2011)、図6の全身骨格も大人のティラノサウルスがベースになっています。
そして、ズケンティラヌスも他のティラノサウルス科の大人と同様にバナナのような分厚い歯を持っていたため(Hone et al., 2011)、かなり強い力で物を噛めたと考えられています。しかし、大人のティラノサウルスと同じくらいの体格と強い噛む力を持っていたであろうズケンティラヌスにとっても、推定全長:約14.7m以上・推定体重:約7t以上になる大人のシャントゥンゴサウルスを狩るのはとても大変だったでしょう。
実は、図6の展示で襲われているシャントゥンゴサウルスはあまり大きくない個体です。もっと大きく成長した個体であれば襲ってきたズケンティラヌスを返り討ちにしたかもしれません。
図6: エドモントサウルス・アネクテンスの復元画
引用元: File:Edmontosaurus sp. reconstruction.PNG - Wikimedia Commons
This is “X-rex” (MOR 1142), one of the largest #Edmontosaurus known! Thought at first to be a #Trex due to its size, “X-rex” was soon realized to be a HUGE duckbilled #dinosaur. This fossil was found in the #HellCreek Formation (~67 million years old) of #Montana. #FossilFriday pic.twitter.com/WSsjP9RSBj
— Museum of the Rockies (@MuseumRockies) October 9, 2020
図7: 長さ7.6mにもなるエドモントサウルス・アネクテンスの実物の尾
エドモントサウルス・アネクテンスはハドロサウルス科のなかでも古くから研究が行われてきた種です。1999年から2009年にかけてアメリカ・モンタナ州で行われた大規模な発掘調査によって巨大な2頭の化石が発見されました(Horner et al., 2011)。
この巨大な2頭のうちの1頭は上顎の骨と頬の骨が発見され、推定された頭骨の長さは1.5mもありました。もう1頭は骨盤・後肢の一部・完全な尾が発見され、その尾の長さは7.6mもありました(図7)。それぞれの骨の大きさから、この2頭の推定全長は15m近くあったと考えられています(Horner and Woodward, 2011)。この数値は先に紹介したシャントゥンゴサウルスの推定全長にも肩を並べる程です。この2頭の体重についてはまだ推定されていませんが、彼らよりも小さな個体(元“アナトティタン・コペイ”)の推定体重が3.2t(Paul, 2016)~約7.6t(Seebacher, 2001)なので、それ以上に重い可能性があります。
エドモントサウルス・アネクテンスと共存していたティラノサウルス科はとても有名なティラノサウルス・レックスです。実はこの2種と共存していた恐竜は何かと「大物」ぞろいです。
よく知られているように、大人のティラノサウルス・レックスは最大級の肉食恐竜ですが、エドモントサウルス・アネクテンスの推定全長:約15mという数値は他の植物食恐竜のみならずその大人のティラノサウルスの推定全長:約12mすらも凌ぎます。
図8: エドモントサウルス・アネクテンス(緑)やティラノサウルス・レックス(赤)と共存していた恐竜たち
引用元: File:Hell Creek Formation Fauna.png - Wikimedia Commons
この体格差を考えると、先程紹介したシャントゥンゴサウルスとズケンティラヌスの関係と同じように、推定全長:約15mになるエドモントサウルス・アネクテンスを狩るのは、恐竜のなかで最も噛む力を持つ大人のティラノサウルスだったとしても大変だったでしょう。
ハドロサウルス科の恐竜は骨に残った病気や怪我の跡について調べる研究の対象によく選ばれます。なかでも肉食恐竜に襲われた後に生き延びたと考えられる個体についての研究が複数行われているのが先に紹介したエドモントサウルス・アネクテンスです。
まず、推定全長約7mの個体(図9)の尾の上部が欠けている傷跡について調べた研究では「この傷は噛みちぎられた傷であること」、「傷跡は地上から2.9mの高さにあること」、「欠けた骨がすこし再生しているのでこの傷を負った後も生き延びていたこと」が分かりました。
そして「2.9mの高さに口が届く」、「傷に見られる歯形を見ると、傷を付けたのは大型肉食恐竜だろう」という点を基にして「この傷を付けたのは大人のティラノサウルス・レックスであり、恐らく右後ろから近づいて噛み付いた」と考えられました(Carpenter, 1998)。
図9: 尾の上部を噛み千切られたエドモントサウルス・アネクテンスの全身骨格
(右下の図で大人のティラノサウルスの歯をあてがっている)
引用元: File:Edmontosaurus bite.jpg - Wikimedia Commons
襲われた後に生き延びたと考えられる個体は他にも発見されています。尾の骨に肉食恐竜の歯が刺さったまま傷が治った個体(DePalma et al., 2013)と、右眼周りを骨ごと噛みちぎられても傷が治った個体(Rothschild and DePalma, 2013)です。刺さっていた歯の形や骨に残った噛み跡を調べた結果、傷を付けたのはどちらも恐らくティラノサウルス・レックスだったと考えられています。
さらに別のハドロサウルス科についても、肉食恐竜(恐らくティラノサウルス科)に襲われた後に生き延びたと考えられる個体も見つかっています(Murphy et al., 2013)。このような研究は「襲われたハドロサウルス科が生き延びた例」であると同時に「ティラノサウルス科の狩りが失敗した例」でもあります。獲物の骨にまで噛み跡を付けられるティラノサウルス科の噛む力の強さだけではなく、そんな強力な捕食者が行う狩りから生き延びたハドロサウルス科の生命力の高さを実感することができます。
また、ハドロサウルス科以外の植物食恐竜のグループに目を向けると、角竜類ケラトプス科の恐竜(例:トリケラトプス)においても恐らくティラノサウルス科に襲われた後に生き延びたと考えられる個体についての研究もされています。
狩りから生き延びた個体は強かったからこそ化石として残れた、と思うかもしれませんが、狩りから生き延びられたかどうかは関係なく「生き物が化石になること」自体がそもそも珍しく、「化石が人に発見される」のはさらに珍しいことなので、狩りから生き延びた個体も生き延びられなかった個体も化石として発掘されている以上に多く存在していたと考えられます。
残念なことに、研究の対象になったハドロサウルス科の恐竜が「襲ってきた肉食恐竜から走って逃げ切ったのか」、それとも「肉食恐竜に対して尾を振り回したり蹴り飛ばしたり踏み付けたり体当たりをしたりして、返り討ちにしたのか」までは化石から読み取ることができません。
しかし、ハドロサウルス科とティラノサウルス科の尾に付いている、後肢を後ろに引く筋肉の付き方を調べた2014年の研究では「それぞれの筋肉の付き方を比べると、ハドロサウルス科は遅めの持久走に向いていて、ティラノサウルス科は素早い短距離走に向いていた」と考えられました(Persons and Currie, 2014)。
したがって、ティラノサウルス科の最初の攻撃が上手く決まらなかった場合は、ハドロサウルス科にも逃げ切ったり反撃したりするチャンスがあったかもしれません。
これまで行われてきたハドロサウルス科の大きさと肉食恐竜に襲われた後に生き延びたと考えられる個体についての研究をまとめると以下の2点です。
さらに、シャントゥンゴサウルスやエドモントサウルス・アネクテンスを含むハドロサウルス科のいくつかの種では集団の化石も発見されています(Ji et al., 2011; Wosik and Evans, 2022)。群れでいるときの彼らは数の強みを活かすことによって、より一層襲われにくくなっていたことでしょう。
またハドロサウルス科のなかには、大人の推定全長が約3.5mの小さな種もいました(Longrich et al., 2024)。この種の発見された化石の数はまだ少ないため、狩られやすさを知ることはできません。しかし、彼らも他のハドロサウルス科のように群れを作って数の強みを活かしていた可能性はあります。
肉食恐竜の狩りや恐竜同士の戦いは今生きている動物と同じように観察したり映像に記録したりすることができません。化石そのものや化石についての研究をきちんと調べれば、ハドロサウルス科が弱くて狩られやすい恐竜ではなかったことを知ることができます。ハドロサウルス科のみならずどんな動物も、角のような目立つ武器が無いからと言って、決して弱いわけではありません。
図10: タルボサウルス・バタール(ティラノサウルス科)とサウロロフス・アングスティロストリス(ハドロサウルス科)の実物の全身骨格 (筆者撮影)
今後は巨大なエドモントサウルス・アネクテンスのさらなる個体の発見や彼らについての詳しい研究が増えていくことを期待しています。
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