「卵の殻」を使って貴重な「希土類元素」を簡単に回収できる!?

2024.06.21

卵殻で希土類を集める サムネ

【サムネイル】 (画像引用元番号①)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、「卵の殻」を使えば簡単に希少な「希土類元素」を回収できるという、ちょっと変わった研究だよ!

 

希土類元素は、例え馴染みが無かったとしても、実際は「ネオジム磁石」をはじめとして非常に多くの用途があるんだよね!現代社会に欠かせない一方で、採掘やリサイクルに大きな課題があるんだよね。

 

今回の研究では、大量に廃棄される卵殻を使用することで、従来よりも簡単な方法で希土類元素を回収できる、というかなり面白い視点に立った研究だよ!

 

現代社会に欠かせない「希土類元素」

希土類元素の概要

【図1】全17種類ある希土類元素は、代表的なネオジム磁石をはじめとして、色んな用途があるよ!でも一方で採掘もリサイクルも環境負荷が大きいという課題を抱えているんだよね。 (画像引用元番号②)

 

希土類元素 (レアアース)」[注1]という言葉を知っている人は少ないかもだけど、比較的知名度があるのは「ネオジム磁石」という強力な永久磁石かもね。このネオジムという元素は、まさに希土類元素の1つだよ。

 

全17種類の希土類元素は、それぞれが独自のユニークな性質を持ち、他にとって代われない性質を持っていることが珍しくないよ。ネオジム磁石はまさにその例で、ネオジムがないとここまで強力な磁石が作れないよ。

 

さらに、ネオジム磁石の磁力の安定化のために、別の希土類元素であるプラセオジム・ジスプロシウム・テルビウムが使われているなど、他にも補完的な役割があるよ。

 

その名前に反し、地殻における希土類元素の存在量そのものはそこまで稀ではないよ[注2]。しかし元素ごとに化学的に分離することが困難なうえ、特定の鉱物に濃集していることが少ないのが、資源的に貴重と見なされる理由だね。

 

このほかにも、強力なレーザー、HDDやメモリなどの電子機器、蛍光や畜光材料、MRIの造影剤、合金への添加剤、高温超伝導体など、用途は極めて多種多様で、代替材料が見つかってないのも珍しくないんだよね。

 

ただし、資源的な活用が増えるほど困るのは環境の負荷なのよね。特に希土類元素の採掘は広範囲を大規模開発するだけでなく、放射性物質を副産物として排出することから[注3]、他の鉱山と比べて環境負荷が高いのよね。

 

では希土類元素を使った製品から再利用すればいいというのは確かなんだけど、この回収というのも従来は大量の熱を使って二酸化炭素を排出するとか、毒性や腐食性など危険性の高い物質を使ったり廃棄物が出たりするんだよね。

 

希土類元素の筆頭の用途である強力な永久磁石は、電気自動車や風力発電のような、トータルの二酸化炭素排出量を抑えられるような製品に使えるから、リサイクルで環境負荷をかけるのは本末転倒とも言えるからね。

 

「卵の殻」は希土類元素の回収方法に使える!?

ダブリン大学のRémi Rateau氏などの研究チームは、希土類元素をもっと環境負荷の少ない方法で取り出せないかなと考えている最中に、ある持続可能な材料で吸着ができないのかを考えたよ。

 

それは鶏の卵の殻、つまり「卵殻」だね。卵殻は卵料理を作れば必ずついて回る廃棄物で、世界中で1年あたり推計1000万tが生じ、大部分が再利用されることなく地中に埋められている、と考えられているよ。

 

卵殻は化学的には炭酸カルシウム (CaCO3) という成分でできていて[注4]、通気性を確保するために多数の穴が空いているよ。多孔質材料というのは、それだけで他の物質を吸着するためのフィルターとして機能するから注目されるよね。

 

廃棄物なのでほとんどコストがかからずに回収できることから、卵殻は排水などから重金属を回収するための吸着材として注目されてきたよ。ただ、希土類元素を回収できるかどうかの研究は今までほとんどなかったよ。

 

また、過去のわずかな研究では、卵殻があまり希土類元素を吸着するようには見えなかったんだけど、温度が室温付近と低く、かつ実験期間も数日と短かったことから、あまり多くの情報が得られなかったんだよね。

卵殻で成長する希土類炭酸塩

【図2】今回の実験では、排水から希土類元素を回収することを想定し、希土類元素が溶けた溶液に卵殻を浸してみたよ。すると高温条件では、弘三石や水酸バストネス石のような希土類炭酸塩が数日で生成したんだよ! (画像引用元番号②③④⑤)

 

そこでRateau氏らは、希土類元素が溶けている水に卵殻を浸し、希土類元素が回収可能かどうかを調べたよ。今回の実験では、市販の卵殻を砕いた上で、石鹸水と水酸化ナトリウムで処理し、乾燥させたものを使ったよ。

 

そして排水からの回収を想定して、産業的に多用されている希土類元素であるランタン・ネオジム・ジスプロシウムの硝酸塩が混ざった水溶液を用意し、25℃・90℃・165℃・205℃の温度で3時間から3ヶ月の期間放置したよ。

 

すると90℃以上の温度では、1日後には卵殻の表面に希土類の炭酸塩が現れることが分かったよ!成分を分析すると、まず現れるのは準安定な「弘三石こうぞうせき (Kozoite / REE(CO3)(OH))[注5]」という構造だと分かったよ。

 

成長スピードはかなり速くて、165℃なら2日で完全に卵殻の炭酸カルシウムが弘三石に置き換わると分かったよ!さらに205℃では、弘三石より安定な「水酸バストネス石 (Hydroxylbastnäsite / REE(CO3)(OH))」が出現したよ![注6]

 

電子顕微鏡で観察すると、弘三石は球体のような、水酸バストネス石は砂漠の薔薇のような、それぞれ特徴的な結晶の複合体の形状を示したことから[注7]、一度卵殻の炭酸カルシウムが溶け、そこに希土類炭酸塩が成長したみたいね。

卵殻への希土類元素の浸透

【図3】卵殻に希土類元素がどのように染み込むのかを調べてみると、卵殻は希土類炭酸塩を作るのに組成も構造も理想的であることが分かったよ! (画像引用元番号⑥)

 

詳細な分析で、希土類元素は卵殻を構成する炭酸カルシウムの結晶の間や、卵殻の構成成分である有機物のある場所など、非常に微細な隙間に浸透し、そこで炭酸カルシウムから希土類炭酸塩への置換が起こるみたいだよ。

 

今回の実験では、天然の炭酸カルシウムの結晶である方解石で対照実験を行ったけど、卵殻ほどうまく置換が起こらなかったことから、卵殻の微細な構造がより希土類元素の吸着に適しているということが分かるよ。

 

卵殻における希土類炭酸塩の成長

【図4】全体としては、卵殻は高温の希土類元素水溶液で溶けて、希土類炭酸塩を生成する基材となるんだよね。卵殻の入手のしやすさを考えると、これはとても簡単な希土類元素の回収方法となるかもしれないよ! (画像引用元番号⑦)

 

さらに、今回使った希土類元素の溶液は酸性で、単純に考えれば卵殻が速やかに溶けてもいいんだけど、今回の実験では室温付近では98日経ってもほぼ溶けず、温度を上げることで初めて溶解が進んだことが観察されたよ。

 

これは、卵殻という生物が生み出した無機物ということで、有機物の薄いコーティングが溶解を妨げていることが考えられるよ。過去の同じような実験が室温付近で行われた結果、うまく行かなかったという事実とも合致するね!

 

課題もあるけど面白い研究!

卵殻による希土類元素回収の課題

【図5】今回の方法はあらゆる意味で万能ではなく、もちろん課題もあるよ。例えば希土類元素をそれぞれ分離することはできないし、熱を加えるということはエネルギーを使うからね。ここは新たな方法を模索するか、適材適所で方法を変える必要があると思うよ。 (画像引用元番号⑤⑧)

 

今回の発見がまず面白いのは、卵殻を希土類元素の溶液に浸して加熱するだけという、極めて簡単な回収方法だよ。反応に危険な物質が必要ではないというだけでも、かなりのアドバンテージとなるね!

 

反応が起こった後を見ても、水酸バストネス石は希土類元素のリサイクルでしょっちゅう出てくる組成だから扱いには慣れているし、水溶液は希土類元素からカルシウムへの置換となるから、やはり有害なものは発生してないよ。

 

そして必要なのは卵殻という、従来は利用法に乏しかったもの、しかも食品製造現場で大量かつ選別されて集められる廃棄物だと考えれば、利用するためのコストや回収へのハードルは最小限で済むよ!

 

最も、この方法は絶対万能というわけじゃないし、課題もあるよ。例えば、反応が進むのはある程度の高温なので、そこにエネルギーを入れ過ぎたら環境問題という点では本末転倒だから、熱源をどう確保するかが課題となるね。

 

室温でも反応は進むとは言え、相当に時間がかかることが予想されるから、例えば排水を受動的に処理するような時間がかかっても良い場面と、積極的に加熱しても良い場面をうまく使い分ける必要がありそうだね。

 

また、希土類元素はお互いに化学的性質が似ているという関係上、今回生じた希土類炭酸塩も3種類の元素が混合した状態で結晶が成長していたんだよね。

 

希土類元素の化学的分離はリサイクルを含めた希土類元素の利用の主要な課題なので、今回の手法も工夫をすれば分離ができるのかとか、その辺は引き続き課題となっていくよ。

注釈

[注1] 希土類元素

第3族元素のうちのアクチノイドを除いた元素、つまりスカンジウム・イットリウム・ランタン・セリウム・プラセオジム・ネオジム・プロメチウム・サマリウム・ユウロピウム・ガドリニウム・テルビウム・ジスプロシウム・ホルミウム・エルビウム・ツリウム・イッテルビウム・ルテチウムの17元素のことを指します。  本文に戻る

[注2] 希土類元素の濃度

特に、最も豊富であるセリウムの地殻中の濃度は銅に匹敵するほどです。放射性同位体しかないプロメチウムを除くと最も少ないツリウムやルテチウムでも銀の10倍程度、金や白金の100倍程度高濃度で存在します。  本文に戻る

[注3] 希土類元素の採掘の副産物
希土類元素はアクチノイドと化学的性質が似ているため、アクチノイドで事実上天然に存在する2元素であるウランやトリウムを豊富に含んでいることが珍しくありません。このため希土類元素の採掘を行った後の廃棄物やスラグには、高濃度の放射性物質が含まれていることが問題視されています。  本文に戻る

[注4] 卵殻の構成物質
本文の通り、卵殻の無機物のほとんどは炭酸カルシウムの結晶であり、結晶構造的には方解石に分類されます。しかし一部は方解石と同じ化学成分で、構造の異なるファーター石 (Vaterite) が存在します。またそれ以外の成分としてリン酸カルシウムの水酸燐灰石 (Hydroxyapatite) が存在します。  本文に戻る

[注5] 弘三石
2000年に佐賀県東松浦郡肥前町 (現唐津市) 新木場 (にいこば) の玄武岩から新種として発見された鉱物。名前は化学者の長島弘三 (1925 - 1985) に因みます。正確な鉱物名としては、特定の元素が入る位置に最も多い割合で含まれている元素によって種別を分けているため、ネオジムが多い「ネオジム弘三石 (Kozoite-(Nd)」となります。また2002年には、同じ産地でランタンが多い「ランタン弘三石 (kozoite-(La)」が見つかっています。  本文に戻る

[注6] 希土類炭酸塩の構造
弘三石は斜方晶系ですが、水酸バストネス石は六方晶系です。本文の通り水酸バストネス石の方がより安定した構造として現れますが、これは高温の水溶液中で、水酸バストネス石に対する弘三石の溶解度が10桁も上になってしまうことが理由と考えられます。  本文に戻る

[注7] 弘三石と水酸バストネス石の結晶の形状
弘三石は針状結晶が集合し、天然でも球体のような形状をするという特徴があります。水酸バストネス石の結晶は菱形であり、これが集合すると花を思わせる形状となります。このような形状は、砂漠のオアシス跡で見つかる石膏 (含水硫酸カルシウム) の結晶集合体を思わせるため、無機化学の文脈では「砂漠の薔薇のような」と表現されます。  本文に戻る

文献情報

<原著論文>

  • Rémi Rateau, et al. "Utilization of Eggshell Waste Calcite as a Sorbent for Rare Earth Element Recovery". ACS Omega, 2024; 9 (24) 25986-25995. DOI: 10.1021/acsomega.4c00931

 

<参考文献>

 

<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

  1. 205℃・5日後に生じた弘三石と水酸バストネス石のSEM画像: 原著論文 Figure 3 i より
  2. バヤンオボー鉱区の衛星画像: NASA Earth Observatoryより (Public Domain)
  3. 90℃・1日後に生じた弘三石のSEM画像: 原著論文 Figure 3 c より
  4. 165℃・1日後で、卵殻がどの程度弘三石に置き換わっているのかを示す光学顕微鏡画像: 原著論文 Figure 3 d より
  5. ビーカーのイラスト: いらすとやより
  6. 卵殻に希土類元素が浸透するメカニズム: 原著論文 Figure 5 a c e より
  7. それぞれの温度・時間条件における卵殻の変化: 原著論文拡張資料 Figure S3 より
  8. 弘三石における希土類元素の分布と濃度: 原著論文 Figure 6 c より

     

    彩恵 りり(さいえ りり)

    「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
    本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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