【朗報】アルコールに酔わないで済む画期的ナノテクノロジー(5月13日 Nature Nanotechnology オンライン掲載論文)

2024.06.16

シクロデキストリンなどの高分子をベースに触媒活性や酵素活性を生み出す人工酵素の作成は、ナノテクノロジーの重要分野として研究が進展している。特に最近では、分子の中に金属をトラップすることで予想外の酵素活性が得られることがわかり、開発が行われている。

 

本日紹介する論文

今日紹介するチューリッヒ工科大学を中心とする研究グループからの論文は、鉄イオンを取り込んだ β ラクトグロブリンが、アルコールをアセトンへと分解する酵素活性を持っており、これにより急性アルコール中毒を防げるという、酒飲みにとっては画期的な研究で、5月13日 Nature Nanotechnology にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Single-site iron-anchored amyloid hydrogels as catalytic platforms for alcohol detoxification(一カ所に鉄がトラップされたアミロイドハイドロゲルはアルコール解毒のためのプラットフォームになる)」だ。

 

解説と考察

この分野を紹介するのは初めてで、私もほとんど素人同然だが、現状は完全に人工酵素をデザインすると言うより、トライアンドエラーで開発が行われているようだ。ただ、最近紹介した新しい生体分子構造決定法が開発されたことで、最初から活性をデザインする方向の研究は間違いなく進むと思う。

 

この研究では、アミロイドフィブリルを形成する β ラクトグロブリンに3価鉄イオンを挿入したところ、同じヘムタンパク質である西洋わさびのペルオキシダーゼに似ていることを発見し、このアミロイド繊維のペルオキシダーゼ活性を調べると、期待通り低いながらも酵素活性を検出している。

 

そして驚くなかれ、基質としてアルコールやアセトアルデヒドに働いて、過酸化水素存在下に水とアセトンに分解することを発見する。

 

都合のいいことに、β ラクトグロブリンからなるアミロイド繊維は水を多く吸収するとゲル状になることもわかっている。そこで、最初にこのアルコール分解人工酵素繊維をマウスに飲ませ、大量のアルコールを飲ます実験を行ったところ、血中アルコール濃度上昇を半分程度に抑えることに成功している。

 

さらにアルコールを2週間飲ませて組織障害を調べる実験でも、このアミロイド人工酵素を摂取した群では組織障害が全く起こらないことを示している。

 

まとめと感想

以上が結果で、我々の体内の酵素ではアルコールが分解されると、有毒なアセトアルデヒドが発生するのに対して、この酵素では無害なアセトンに分解されることで、この大きな差が生まれているといえる。

 

酒をたしなむ人間としては素晴らしい技術だと関心しながら論文を読んできたが、読み終わって、先にこの人工酵素を摂取すると、間違いなくアルコールの効果が抑えられるということに気づいた。

・・・とすると、確かに大量のアルコール摂取時にはよいが、適量のアルコールをたしなむときには、せっかくの酒を全てノンアルコール飲料にしてしまう問題があるようだ。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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