合成麻薬フェンタニル中毒の脳回路(5月22日 Nature オンライン掲載論文)

2024.06.13

米国の医療用合成麻薬中毒に関する深刻な問題については Beth Macy さんの Dope Sick という本に詳しく書かれており、Video News を主催している神保哲生さんによって邦訳もされているので是非読んでほしいが、米国が合成麻薬中毒にむしばまれている姿が本当によくわかる。

 

とはいえ、鎮痛剤としての麻薬は他の薬剤に代えがたい効果がある。問題は、痛みがなくなってからの離脱症状が複雑で、離脱をスムースに促進できる医療手段が限られている。

 

本日紹介する論文

今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、強力な合成麻薬フェンタニルの離脱症状に関わる脳回路を明らかにした研究で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Distinct µ-opioid ensembles trigger positive and negative fentanyl reinforcement(異なる μ オピオイド反応神経群がフェンタニルに対する正と負の効果を誘導する)」だ。

 

解説と考察

オピオイドというとモルヒネを思い浮かべると思うが、最近ではフェンタニルやオキシコドンなどの合成麻薬も医療で使えるようになっている。合成麻薬は即効性で、モルヒネの何十倍も効果が高いので医療には最適の鎮痛剤だが、痛みの原因が消失しても、離脱できずに過剰摂取に陥り、多くの死亡事故の原因になっている。

 

離脱時の症状には2種類あり、一つは正の強化と呼ばれる、フェンタニルによる快感が忘れられないために使用を続ける症状と、負の強化と呼ばれる離脱によって起こる強い不快感や震えなどで、この症状を恐れてフェンタニルを続けることになる。

 

研究では、正の強化と、負の強化に対応する行動を特定した上で、離脱時にこれらの反応が起こる脳回路を調べている。実際には μ オピオイド受容体に反応する神経細胞は様々で回路は極めて複雑なので、様々な可能性を除外する実験が行われているが、そこはすっ飛ばして最終的に著者らが重要な回路として提示した結果を照会する。

 

まず正の回路だが、要するに快感を求めて離脱できないということは、当然ドーパミンによる報酬回路との関係になる。この研究では、腹側被蓋野の GABA 作動性抑制神経の一部が μ オピオイド受容体を発現しており、刺激によりドーパミン神経の抑制が外れることで、快感が増す回路が成立していることを、光遺伝学も含めて示している。

 

すなわち、この回路が離脱により働かなくなると、当然、快感が減じるため、快感を求めてフェンタニルから離脱できない。すなわちその場その場の快感を求める禁断症状といえる。

 

一方負の強化はもう少し複雑だ。これまでの研究で、長期間の使用により神経自体の刺激性の変化が生じそれが負の強化の原因と考えられてきた。この研究では、離脱時に最も反応性が高まる μ オピオイド受容体を発現している神経が扁桃体中心部に存在することを発見する。

 

そしてこの細胞の投射や機能を光遺伝学的に調べ、この神経細胞が興奮すると不快感と運動異常が起こることを発見する。すなわち、扁桃体 μ オピオイド受容体陽性細胞は、離脱時に興奮が高まり、これが不快感や運動を誘導することが示された。

 

残念ながら、負の強化で μ オピオイド阻害で神経が興奮するメカニズムや、症状につながる回路については不明だが、オピオイドの効果の複雑性が今や米国最大の問題、合成麻薬蔓延を生んでいることはよくわかる。いずれにせよ、この両方の禁断症状に対応する方法の開発が望まれる。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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