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人生は痛みの連続だ。受験や仕事の失敗も手痛いが、失恋も痛みもまた大きい。しかし、失恋の痛みとはいったいどのようなものなのだろうか。今回の記事では、失恋で生じる心と体の変化について詳しく考えてみたい。
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失恋で感じる痛みは、死別で見られる悲嘆症状とよく似ている。悲嘆症状とは、単に悲しみを感じることだけではない。苦しみや悲しみを引き起こすにも関わらず、故人の思い出に浸ったり、眠られなくなったり疲れたりなど心と体に様々な変化を引き起こす。
そして、失恋の苦しみを評価する尺度もある。代表的なものとして、Breakup Distress Scale (BDS;失恋ストレス尺度)というものである。
この評価尺度を使った研究では、失恋の痛みを強める要因として、以下の4つの要因があることが報告されている(Fieldら, 2009年)。
・別れからの経過期間が短い。
・別れを自分から切り出さず、別れが突然で予期せぬものだったと感じた。
・拒絶され裏切られたと感じた。
・新しい関係をまだ見つけていない。
参考までに失恋評価尺度の具体的な質問項目を紹介する。
各項目は、1点(全くあてはまらない)から4点(非常にあてはまる)で評価
(1)その人のことを考えすぎて、普段していることがつらくなる
(2)その人のことを思い出して動揺する
(3)自分が経験した別れを受け入れられないと感じる
(4)その人に関連する場所や物事に引き寄せられるように感じる
(5)別れについて怒りを感じずにはいられない
(6)起こったことに不信感を感じる
(7)起こったことに唖然としたり、呆然としたりする
(8)別れて以来、人を信じることが難しくなった
(9)別れて以来、他の人に気を配ることができなくなったように感じたり、大切な人たちから距離を置いているように感じる
(10) 別れてからずっと痛みを感じています
(11) 私は、その人のことを思い出させられることを全力で避ける
(12)その人がいない人生は空虚だと感じる
(13)この別れを苦々しく感じる
(14)このような別れを経験していない人を羨ましく感じる
(15)別れを経験して以来、多くの時間孤独を感じる
(16)その人のことを考えると泣きそうになる
ちなみに失恋間もない大学生を対象にした研究では、平均点は32.49点、標準偏差:10.93点であると報告されている(del Palacio-Gonzalez)。つまり、おおよそ7割の人は21点から44点の間に入ることになる。20点よりも低ければ傷も浅く、45点よりも高ければ傷も深いということになるのだろうか。自分が失恋でどれほど傷ついているかを客観的に見てみたい人は一度採点してみるのも良いかもしれない。
恋は狂気の一種である。それゆえ恋が失われた時の混乱もまた大きい。コロンビア大学のイーアン・クロスらの研究グループはこの時の状態について興味深い実験を行っている。
この実験では失恋して間もない男女を対象に二種類の刺激を与えた時の脳活動を比べている。一つは別れた恋人の写真を見せる課題と、もう一つは手に熱刺激を与える課題である。
この2つは一見全く違う刺激だが、痛みに関わる脳領域(島皮質、前帯状皮質、二次体性感覚野)で共通した活動が見られたのだ(Kross et al., 2011)。このことから、心の痛みと体の痛みは共通の神経基盤を持っていると考えられた。
Kross et al., 2011, figure 2を参考に筆者作成
しかし、同研究グループによるその後の調査では、その違いも明らかになった(Woo et al., 2014)。失恋の痛みでは心の理解に関わる脳領域の活動が主立っていたのに対し、体の痛みでは感覚的な処理に関わる脳領域の活動が主だったのだ。つまり、心と体の痛みは完全には同じものとは言えないが、大局的には共通点が多いことが示されている。
また失恋については依存症と共通する点が多いことが分かっている。恋愛研究の専門家であるフィッシャー博士らは、失恋間もない大学生男女を対象にある実験を行った。この実験では、失恋相手の写真を見て、昔のことを思い出している時の脳活動を調べているのだが、なんと失恋したばかりの若者の脳には、薬物依存症者と同じような特徴が見られたのだ(Fisherら, 2010年)。
脳の中には報酬系と呼ばれる仕組みがある。これは人を欲望を駆り立て行動的にする仕組みである。馬の鼻先に人参をぶら下げた時をイメージしてもらえばいい。お金にしろ、お酒にしろ、欲しいものが目の前にあると私達は行動的になる。これに関わるのが報酬系である。失恋したばかりの若者の脳は、この報酬系が活発に活動していたのだ。
さらに失恋間もない若者の脳では、前頭前野の活動も高まっていた。前頭前野は言わずとしれた理性の中枢である。感情を抑え、理性的な判断を行おうとする領域だ。暴走する報酬系の活動を抑えるように、前頭前野の活動も高まっていたのだ。報酬系と前頭前野の活動がともに高まる状態は、薬物依存症者の脳とよく似たものである。
これらに加えて、失恋では脳内麻薬が働いていることも分かっている。私達の脳には、痛みを和らげ、心を落ち着かせる天然の麻薬成分がある。これは内因性オピオイドと呼ばれるもので、広く脳全体に作用する。ちなみに手術で使われるモルヒネもオピオイドの一種である。ある実験ではオンラインデートを模した課題で相手に振られた時の脳を調べている。すると、脳の中でも感情に関わる脳領域でオピオイドの働きが強まっていたのだ。また、レジリエンス(ストレスからの回復力)が強い人ほど、このオピオイドの働きが高いことも示されている(Hsuら, 2013年)。このように私達の脳は失恋の痛みから回復すべく、脳内麻薬を効かせている。
このように私達の脳には、失恋に関わる様々な仕組みがある。相手に会いたい気持ちと我慢する気持ち、そして自分を癒そうとする気持ちが同時に成り立っているのが失恋状態の脳といえるかもしれない。
失恋の痛みはずいぶんと強いが、それだけに様々な精神症状を引き起こす。抑うつ状態や不安状態、不眠など、その症状は様々だが、日常生活に影響が出るほど強いものは、恋愛外傷症候群とも呼ばれる。
恋愛外傷症候群の治療には、カウンセリングが有効であることがわかっている。具体的には、不安感や恐怖感に焦点を当てたカウンセリング(Dehghani, 2011年)や、認知行動療法を用いた介入で改善すること(SoltaniとFatehizade, 2022年)が報告されている。
また多くの場合では時間の経過とともに傷も癒える。ある研究では、数日から数週間で失恋の痛みが軽減し、平均して10週間程度で大きく軽減することが報告されている(LewandowskiとBizzoco, 2007年)。時薬(ときぐすり)という言葉もあるように、痛みが過ぎ去るのを待つのも有効なのかもしれない。
では、ここまでの内容をまとめてみよう。
・失恋は死別と似た悲嘆症状を引き起こす。
・失恋時には、痛みやモチベーションに関わる脳領域が活動し、脳内麻薬が分泌される。
・病的な失恋症状に対してはカウンセリングが有効との報告がある。
このように失恋のダメージは決して小さなものではなく、場合によっては心身に大きな影響を与えるようである。死別もそうであるが、失恋の辛さも、愛したくても愛せないというところにあるのかもしれない。抑うつ症状や不安は一般には好ましくないと言われるが、人生長い間には、静かに閉じこもる時間も大事である。心と体の言うことに耳を傾けて、その生を紡いでいきたい。
del Palacio-Gonzalez, A., Clark, D. A., & O’Sullivan, L. F. (2017). Distress severity following a romantic breakup is associated with positive relationship memories among emerging adults. Emerging Adulthood, 5(4), 259-267. https://psycnet.apa.org/doi/10.1177/2167696817704117
Dehghani, M., Atef-Vahid, M. K., & Gharaee, B. (2011). Efficacy of short-term anxiety-regulating psychotherapy on love trauma syndrome. Iranian journal of psychiatry and behavioral sciences, 5(2), 18–25. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24644443/
Fisher, H. E., Brown, L. L., Aron, A., Strong, G., & Mashek, D. (2010). Reward, addiction, and emotion regulation systems associated with rejection in love. Journal of neurophysiology, 104(1), 51–60. https://doi.org/10.1152/jn.00784.2009
Field, T., Diego, M., Pelaez, M., Deeds, O., & Delgado, J. (2009). Breakup distress in university students. Adolescence, 44(176), 705–727. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20432597/
Hsu, D. T., Sanford, B. J., Meyers, K. K., Love, T. M., Hazlett, K. E., Wang, H., Ni, L., Walker, S. J., Mickey, B. J., Korycinski, S. T., Koeppe, R. A., Crocker, J. K., Langenecker, S. A., & Zubieta, J. K. (2013). Response of the μ-opioid system to social rejection and acceptance. Molecular psychiatry, 18(11), 1211–1217. https://doi.org/10.1038/mp.2013.96
Lewandowski, G. W., Jr., & Bizzoco, N. M. (2007). Addition through subtraction: Growth following the dissolution of a low quality relationship. The Journal of Positive Psychology, 2(1), 40–54. https://doi.org/10.1080/17439760601069234
Soltani, M., & Fatehizade, M. A. (2020). The effectiveness of compassion focused therapy on depression and rumination after romantic relationship breakup: A single case study. مطالعات روانشناسی بالینی, 10(37), 63-90. https://doi.org/10.22054/jcps.2020.50657.2304