トロトロで甘~いアイツ。ハチミツはどうできる?

2024.05.22



 初夏の陽気を感じる日が増え、虫たちがそこかしこで活発に動いている様子を見られる機会も増えてきた。葉月は先日、テントウムシが飛ぶ様子を観察していたところ、猛スピードで突進してきたハチ(名称不明)に襲われかけ、回避した先で蚊柱に突っ込むというコンボを達成してしまった。ピタゴラスイッチみたいで思わず笑ってしまった。刺されなかったのが唯一の救いだろうか。



 ハチは人を死に至らしめる怖い虫だが、同時に甘~い汁をもたらす恵みの虫でもある。ご存知ハチミツだ。トロトロとした琥珀色の輝きは、甘味料としてだけでなく、料理に気品を出すためにも使われている。それでは、そもそもミツバチたちは、花の蜜をどのように集め、ハチミツに変えているのだろうか? そこで今回は、ミツバチたちがどのようにハチミツを作っているのかについて解説していく。

少し詳しく 〜蜜を探す〜

 突然だが、あなたたちはいま砂漠のど真ん中にいる。数百人からなる様々な年齢構成の集団が、水を求めて佇んでいる。

 このままでは全滅は時間の問題だろう。

 さて、どうすれば多数を助けられる水場を見つけられるだろうか?



 最適解というものが存在するのかどうかは分からない。恐らく答えは無数にあるだろう。その一つが、体力や経験のある人に探索を任せて、その他大勢は待機して体力を温存するというものだ[注1]

 この生存戦略がハチミツとどう関係があるのだろう?





 当然の事だが、ハチミツを作るには花の蜜を集めない事には始まらない。それではミツバチたちはどのように花の蜜を集めているのだろうか?



 当然の事だが、花はどこにでも咲いているというものではない。そのため、巣にハチミツをいきわたらせるためには、まとまって咲いている花を見つけて、効率的に蜜を集める必要がある。

 とはいえ、最初からあるのかどうかも分からない花を探して群れで動くのはあまりにも危険だ。運良く花畑でも見つかればよいが、もしも遠くまで飛んで行ってなお見つからなければ、全滅の可能性すらある。



 これを回避するため、ミツバチたちはまず少数の斥候せっこうを出し、効率の良い花のある場所を探し出す。そして、斥候から戻ったハチたちは見つけた場所を待機組に伝え、一斉に向かう。

 ちょうど、砂漠のオアシスを見つけるために、体力や経験のある人の報告を待つのと同じことだ。





 しかしながら、ミツバチたちは私たちのように言葉も文字も持たない生き物だ。そのため、斥候たちにむやみやたらについて行っては、うんと遠い場所の可能性や、質が悪いものという可能性もある。

 そこで、斥候のハチたちはダンスとフェロモンによって、見つけた花までの距離や質の良し悪しを仲間に伝えているのだ[注2]





 ミツバチたちは少数精鋭で蜜の出る花を探し、ダンスによって集団に場所を共有していることが分かった。ミツバチたちはこうして見つけた蜜を巣に持ち帰ってハチミツにするわけだ。しかしながら、ミツバチたちは運搬用の容器を持ち運んでいたりするわけではない。それなのに、ミツバチたちは花の蜜をどのように運んでいるのだろう?

 続いてハチミツを持ち帰る方法について解説していく。



さらに掘り下げ 〜蜜を集める〜

 という鳥をご存知だろうか?

 主に川魚を食べる鳥で、川に潜っては大きな口で魚を丸呑みにするという鳥だ。そして、飲み込んだ魚を吐き戻す習性でも知られている。鵜飼という鵜を使った漁法でご存知の方も多いだろう[注3]

 実はミツバチたちも、鵜のように蜜を集めている。どういうことだろう?





 花は、花の奥深くの蜜腺みつせんという分泌腺から蜜を分泌する。そのため、ミツバチたちはストロー上の長い舌を花の奥にまで突っ込んで蜜を吸う。

 そうして吸い込まれた蜜は、食道を通って胃に運ばれる。



「……胃に運ばれる? それって要は食べてるってことでは?」と思った方もおられるかもしれない。

 蜜を集めずに食べているとしたら、働きバチなんて名ばかりのとんだサボり集団じゃないかと思ってしまいそうだ。



 けれども安心してほしい。彼らは、胃に直接蜜を運んでいるのではない。胃は胃でも、蜜胃みついという胃だ。





 蜜胃は消化や吸収を行わない器官で、蜜を溜めることに特化した器官だ。そのため、蜜胃の中にある間は、蜜はミツバチたちの栄養になることはない。

 さらに蜜胃から口までの筋肉は、自由に動かせるように発達している。したがって、ストローのように吸うばかりではなく、絞り袋を絞るように吐き出すこともできる。



 この吸う力と吐き出す力を利用して、ミツバチたちは蜜を集めている。

 蜜胃を空にした働きバチたちは、花の蜜を吸って蜜胃を満たして巣へと戻る。この時、一部の蜜は腸へと送られ帰宅のためのエネルギーとして使われる[注4]。そうして蜜胃の中に残った蜜を、今度はお馴染みの六角形の巣の中へと吐き出すのだ。そうして、吐き出し終えて蜜胃が空になると、再び空へと飛び立つのだ。

 働きバチの名に違わぬ勤勉ぶりである。



 こうしてミツバチたちは、巣に蜜を貯めているという訳だ。ちょうど、鵜が川の中でとらえた魚を、船の上で吐き出すのと同じだと思ってもらえれば良い。





 ミツバチたちは蜜胃と呼ばれる胃に蜜を貯蔵しておき、巣内で吐き出すことによって花の蜜を集めていることが分かった。こうして集まった花の蜜がハチミツになるのだが、それでは花の蜜がそのままハチミツという事で良いのだろうか?

 続いて、花の蜜をハチミツに変える反応について解説していく。



もっと専門的に 〜蜜を作る〜

 実際のところ、花の蜜とハチミツは何が違うのだろうか?





 まず分かりやすい違いとしては、濃度が違う。花の蜜はサラサラだが、ハチミツはドロドロだ。

 これは、巣内で待機している働きバチたちが羽根で扇ぐなどして、とにかく蜜内の水分を蒸発させているためだ。

 けれども、糖には高い吸湿性がある。放置していた砂糖が湿気ってガチガチにくっついてしまっていたという経験がある人も多いはずだ[注5]



 そのため、ミツバチたちは蜜液の水分含量が17 %程度になると、巣の上にフタをして湿気ってしまうのを防いでいる。





 それでは花の蜜とハチミツの違いは、水分含有量の違いだけなのだろうか? 実はもっとダイナミックに変化している。



 花の蜜には主にデンプンとショ糖という2種類の糖が含まれている。デンプンはたくさんのブドウ糖が、ショ糖はブドウ糖と果糖という二つの小さな糖が結合した物質で、そのままでは扱いづらい。

 そこで働きバチはデンプンやショ糖を、喉から分泌した酵素によって分解し、ブドウ糖果糖という二つの糖へと変化させているのだ。



 ブドウ糖は多くの生物にとって体を動かすためのエネルギー源となる物質で、ミツバチたちもブドウ糖を得ることで日々活動している。

 さらに果糖は、ハチミツ特有の琥珀色へ変化するための出発物質となっている。



 この働きバチが引き起こす酵素的な反応が、花の蜜をハチミツへと変化させているというわけだ[注6]





 ここまで、ミツバチたちがどのようにハチミツを作っているのかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? ハチミツの品質は、蜜源にした花に大きく左右される。現在では通販サイト等で、特定の花の蜜から作ったハチミツというのも購入することが出来る。ぜひ一度、味わってみてはどうだろう?



 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが吸引と吐出に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。



ちょっとはみ出し 〜吸ったり吐いたり〜

命を救うポンプ

 私たちは普段、気道内に入り込んだ異物を、たんとして吐き出すことで体内に異物が侵入するのを防いでいる。けれども、痰は粘膜が主成分でとても粘り気が強いため、吐き出すためには相応の大きな力が必要になる。そして悲しいことに、上手に痰を吐き出すことが出来ないと、気道が塞がってしまい、呼吸不全で死に至ってしまうこともある。



 痰を除去するための吸引ポンプというものがある。吐き出す力の衰えた患者さんにとっては、命綱のような装置だが、機械である以上、電力に頼らざるを得ない。それでは、もしもその電力が供給されなければどうだろうか? 吸引ポンプの停止による死亡例を減らすため、病院や都市の設計をどのようにすれば良いのかの研究が行われている。



お風呂でシュコシュコ

 私たちの生活で最も身近なポンプといえば何だろうか? 少し考えてみてほしい。もしかしたら、日常生活に溶け込みすぎて、多くの人がポンプとすら認識していない可能性もある。

 これは葉月の考えだが、私たちの生活の中で最も身近なポンプといえば、恐らくシャンプーやリンスに使われているものではないだろうか。無論ボディソープやハンドソープのも含める。



 シャンプーやリンスを使っていてイラッとすることの一つに、まだ容器内には残っているのに、いくらシュコシュコしても全く吐き出されないという事がある。衛生的でないし、なにより勿体ない。



 シャンプーやリンスの容器の中身を無駄なく吐き出すにはどのような工夫をすれば良いかという研究がある。私たちの身近な課題だって、充分に研究材料になるのだ。



参考文献

・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

・フォーガス・チャドウィックら. 『ミツバチの教科書』. X-Knowledge.

・牧野 周ら. 『エッセンシャル 植物生理学』. 講談社.

Alaerjani WMA, et al. Biochemical Reactions and Their Biological Contributions in Honey. Molecules. 2022 Jul 23;27(15):4719.

・一般社団法人 日本養蜂協会(https://www.beekeeping.or.jp/

・原野 健一. 『ミツバチの採餌における花蜜積載調節』. 比較生理生化学, 2022, 39 , 3 , p. 140-149.

・松岡 拓磨. 『蜂産品の種類と機能』. 美味技術学会誌, 2020, 19 , 1 , p. 61-63.

・西野 京子. 『ライフライン確保 ~吸引,圧縮空気~』. Medical Gases, 2021, 23 , 1 , p. 25-28.

・上西園 武良, 眞田 大輝. 『毛髪リンス用の手押しポンプに関する研究 -全量吐出を目指して-』. 新潟国際情報大学経営情報学部紀要, 5, p. 1-7.



[注1] ここまで書いておいてなんだが、数百人規模の集団が砂漠で遭難ってどんな状況なんだろう? あくまでも例え話なので、あんまり気にしてはいけない。実際、砂漠で遭難したらどうしたら良いんだろう? 本文に戻る

[注2] どうしてダンスで良し悪しが分かるのだろうか? 実はダンスの際に出されるフェロモンの濃度が関係している。ゆっくり大げさにダンスをしていると、空間中のフェロモンは薄くなる。反対に狭い範囲でせわしなく踊ると、空間中のフェロモンはどんどん濃くなる。そうして最も濃いものを選ぶのだ。 本文に戻る

[注3] とはいえ、鵜飼の鵜は胃まで魚を飲み込むわけではない。胃まで飲み込んでしまっては、獲った魚が傷んでしまうからだ。そのため、鵜飼たちは鵜の喉に首を巻いておき、胃まで魚が行かないようにしているらしい。 本文に戻る

[注4] これは反対に言えば、巣からあまりにも遠い花の蜜は、ミツバチたちにとって候補にならないという事だ。飛行能力だけで言えば、ミツバチは10 kmは飛ぶことが出来る。けれども帰り道にも同じ距離を飛ぶため、帰るときに蜜胃の蜜を使い果たして空っぽになってしまっていては、割に合わないのだ。 本文に戻る

[注5] お砂糖の敵といえば、湿気もそうだが、なんといってもアリさんだ。どこからか入ってきたアリさん入りのお砂糖を舐めて、酸っぱい思いを誰しもがしたことがあるだろう。ないとは言わせない。実家ではアリさん対策に砂糖に輪ゴムを入れていたのだが、実際のところあれはなんで効果があるんだろう? 本文に戻る

[注6] 同じくミツバチ由来の農作物で、ローヤルゼリーやプロポリスという名前を聞いたことはないだろうか? これらはいずれもハチミツの上級品……ではない。ローヤルゼリーは花粉から作られる母乳のような役割、プロポリスは樹液から作られる巣の接着剤と、由来も用途も全くの別物なのだ! 本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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