ミニコロン:新しいオルガノイド培養法(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024.05.24

オルガノイド培養は今や様々な臓器に拡大して、これまで実験動物でしかできなかった様々な研究が可能になっている。例えば昨年6月に紹介したように、人間の胃のオルガノイド培養を2年間も維持して、胃ガン発生過程を試験管内で再現した研究には(https://aasj.jp/news/watch/22309)本当に驚いた。

 

しかし細胞の自己組織化に基づくオルガノイド培養は、実際の組織を完全に反映できていないという批判が続いていた。培養という人工的な技術なら当然の話だが、それを少しでも現実の組織に近づけようとする試みが進んでいる。

 

本日紹介する論文

今日紹介するスイス・ローザンヌ工科大学からの論文は、ハイドロゲルをデザインし、そこに腸管上皮を並べるミニコロンと呼ぶ培養方法を開発し、single cell level で発ガン過程を追跡できるだけでなく、そこでの細胞の活動が、一般的なオルガノイドより遙かに正常組織に近いことを示した研究で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Spatiotemporally resolved colorectal oncogenesis in mini-colons ex vivo(ミニコロンを用いて空間・時間的に展開した大腸直腸ガン発生過程)」だ。

 

解説と考察

ミニコロンの作成方法については2020年6月号の Nature に同じグループが発表しており、ハイドロゲルをデザインして、クリプトを持つ腸管をマイクロフルイディックスの中に再構成したシステムで、クリプトには幹細胞と増殖する Transit amplifying population からできている。ただ、絨毛様構造は存在しない。

 

私の説明ではわかりにくいと思うので、百聞は一見にしかず、オープンアクセス論文に掲載されている図1(https://www.nature.com/articles/s41586-024-07330-2/figures/1)を見てイメージをつかんでほしい。

 

こうして作成した腸管モデルは、1)長期間培養維持が可能、2)幹細胞から分化細胞がリクルートされる幹細胞システムが維持され、3)すべての細胞でのイベントを測定し、また操作可能である、という特徴を有している。

 

今回はこのモデルを発ガン過程の解明に用いている。光で活性化できる Cre を使って単一細胞レベルで遺伝子の誘導や除去を行う方法を用いて、直腸大腸ガンの発生に必須の Kras 変異、APC 除去、および p53除去を同時に誘導すると、まず細胞の剥離と細胞死が起こり、その後ポリープ様の増殖を示す細胞から、ガンが発生し、結果としてミニコロンの構造が破壊されることを、顕微鏡下で完全に捉えている。

 

さらに、Apc、K-ras、p53 それぞれの遺伝子を別々に誘導または除去する実験から、3つが同時に存在する時にガン性の増殖が起こることを示している。驚くのは、3種類の遺伝条件が同時にそろったとき、細胞の急速な増殖が始まるので、光照射後5日という極めて短いタイミングでみられる点で、異常増殖という観点であれば、ガン化の過程を極めて圧縮して研究できることになる。

 

ミニコロン由来のガンを、普通のオルガノイドやマウス体内でガン遺伝子セットを誘導したガン細胞とも比較している。まず、普通のオルガノイドで誘導したガン細胞は、増殖因子を培養に加えないと増殖できないが、ミニコロンや体内で誘導したガン細胞では、基本培地のみでガン細胞は増殖できる。

 

この違いを single cell RNA sequencing で調べると、マウス体内で誘導したガンに匹敵するぐらいのガン細胞多様性をミニコロンは維持する結果、増殖因子を自ら供給できる階層的なガン組織が形成され基本培地だけで増殖できることを明らかにしている。

 

Single cell RNA sequencing 解析から、ガン組織を形成する幹細胞は活性酸素による細胞死を抑制する GPX2 の発現が強いことが示されたので、この機能を抑制する thiopronin を管腔とは反対の基底膜側から処理すると、ガン性増殖を抑えることができる。

 

また、大腸ガンの増殖を促進することが知られている細菌叢による胆汁酸代謝物 deoxycholate を管腔側から供すると、ミニコロンでのガン増殖が促進されるが、そこに同じく細菌叢由来のブチル酸を加えるとガン増殖を抑制できることを示し、このミニコロンが様々な用途に使えることを示している。

 

まとめと感想

以上が結果で、2020年に開発されたミニコロンが発ガン過程の解析に有用であることを示し、通常のオルガノイドに代わる方法としてもっと普及させたいと強い意志を述べている。私は自己組織化に頼る方向から人工デザインへという流れは当然だと思っている。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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