薬草を塗って傷口を治す最初の報告 ~スマトラオランウータンの特定個体による自己治療の例~

2024.05.20

自己治療は多くの生き物が行います。


例えばとあるアリは真菌を治療するために薬となるアブラムシを摂取したり、チンパンジーでは薬効が不明ながら昆虫を自分だけでなく他個体の傷口に塗り込んだりする行動が確認されています。

今回の例はスマトラオランウータンPongo abeliiの特定個体による薬草を使用した傷の自己治療

野生動物において薬効が認められる薬草を積極的に使用しての治療が報告されるのは初のことです。

傷口には薬草を塗る!

フランジが発達しているボルネオオランウータンPongo pygmaeus
[iNaturalist Credit : Pirataber (2020)/ CC-BY 4.0]

 まずオランウータンについて軽く説明しますね!

 

 現在オランウータン属にはスマトラオランウータン、ボルネオオランウータン、タパヌリオランウータンの3種類が属しています

 いわゆるオランウータンと言われて思い浮かべるような顔にある「出っ張り」はフランジと呼ばれ、オスの特徴です。全てのオスにフランジがあるわけではなく、社会的に優位とされるオスでよく発達し、成熟してもフランジを持たないアンフランジと呼ばれるオスも存在します。

 このフランジはメスへのアピールや他のオスへの威嚇などに使うとされています。

 

 基本的にオランウータンは広い行動圏を持っていて、単独で生活を行います。

 フランジのあるオス同士は敵対的で普段は互いを避けていますが、メスをめぐっては激しい闘争を行うことがあるそうです。

 またフランジのあるオスに特徴的なのはロング・コールと呼ばれる雄叫びで、これには他のオスを牽制するのと同時にメスを呼び寄せる機能があるとされています。

 

 インドネシアのスマトラ島、グヌン・レウセル国立公園はスマトラオランウータンの数少ない生息地のひとつです。

 今回の報告はスマトラオランウータンのラクス(Rakus)と名付けられたオスの個体によるものです。

 この個体は他の森からやってきた個体で、国立公園のスアク森林で発見された2009年当初はフランジが無いオスでしたが2021年にフランジが発達していることが確認されています。

 

 そして2022年6月22日、ラクスの顔に傷があるのが観察されました。

 傷ついた理由の詳細は不明ですが、前日にロングコールが確認されていたためオス同士の闘争による可能性が考えられます。

 

 その3日後の6月25日。ラクスがアカル・クニンと現地で呼ばれるFibraurea tinctoriaという植物を食べていたのが観察されました。

 アカル・クニンはこの地域のオランウータンの食事の一部ではありますが、それでも食べることは稀です。

 

 ラクスはアカル・クニンの茎と葉を噛み、その汁を傷口に何度も塗布したり噛み砕いた葉を傷口が覆われるまで塗りその後30分に渡っても食べ続けるという行動が観察され、翌日の26日にも摂食しているのが確認されました!

 そして6月30日に顔の傷は塞がっていたのです。

ラクスの傷口の変遷 [Active self-treatment of a facial wound with a biologically active plant by a male Sumatran orangutan.]

 

薬効も確認された、意図的な塗布?

アカル・クニンFibraurea tinctoriaはつる性の植物
[iNaturalist Credit : Samuel Lee (2022) / CC-BY 4.0]

 この植物アカル・クニンはフラノジテルペノイドやプロトベルベリンアルカロイドなどの抗炎症や鎮痛作用、抗原虫や抗菌性などを示す物質を保有していて、その葉や茎は黄色ブドウ球菌等の細菌の増殖を抑制する効果が示されています。

 地元の人もこの植物を赤痢や糖尿病、マラリアなどの治療に用いるそうです!

 

 この行為が意図的な自己治療なのか、という疑問には……

 

(1)顔の傷のみにアカル・クニンの汁を選択的に塗布したこと。

(2)汁の塗布はなんども行い、汁だけでなく噛み砕いた葉を傷口が覆われるまで塗ること。

(3)これらの行動に長い時間を掛けたこと。

 

 という3つの理由により、ある程度は意図的であったと考えられます。

 最初はアカル・クニンを食べている際に偶然にも傷口に触れ、その鎮痛作用によって痛みが和らいだことから行動を繰り返し、傷口を保護するために固い植物で覆った……という仮説です。

 

 研究グループによると、21年間の観察の中でこの行動は国立公園内の他のオランウータンでは確認されていないとされています。

 理由として考えられるものが、この地域では怪我をするオランウータンが少ないため、もしくはラクスがこの地域に来る前に自己治療の方法を身に着けたため、というふたつです。

 

 どちらにしても、今後同じように自己治療を行うスマトラオランウータンがいるかどうかは興味深いものだと思います!

 

まとめ

ボルネオオランウータンPongo pygmaeus
[iNaturalist Credit : Pirataber (2020)/ CC-BY 4.0]

 動物の自己治療(self-medication)には色々な形があります。

 薬草を食べて病気を予防したり、食べて寄生虫を治療したりするものの報告例は多い一方で傷口に薬を塗る、というのは非常に珍しいと言えます。

 中でも薬効の確認されている薬草を傷口に塗る、というのはおそらく今回が初の報告です。

 

 ただ、何度も書くようにあくまで特定の「ラクス」という個体で見られたものであり、スマトラオランウータン全体の特性ではないということ!

 今後見つかる可能性もありますが現時点では彼のみが行ったという報告です。

 

 ちなみにですが、2017年にはボルネオオランウータンPongo pygmaeusでも薬草を使用するという研究がありました。

 こちらはDracaena cantleyiという植物の成分を使用して筋肉の炎症などを抑えようとしているのではないか、というものです。

 この植物に含まれるサポニンは苦く、一部の動物には有毒なのですが葉を食べるのではなく咀嚼し、唾液と混ぜることでサポニンの界面活性様作用で石鹸のようにして体に塗ることで、植物の抗炎症作用を使用しているのです。

 

 こちらもまた面白い研究ですね!

 

 もちろん、今後は動物の自己治療についての発見も増えていくことでしょう!

 今後の研究にも注目していきたいですね!

 

 最後に雑学!

「オランウータンはマレー語で森の人という意味」

 

 それではまた!

<論文>

Laumer, I.B., Rahman, A., Rahmaeti, T. et al. Active self-treatment of a facial wound with a biologically active plant by a male Sumatran orangutan. Sci Rep 14, 8932 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-58988-7

 

Morrogh-Bernard, H.C., Foitová, I., Yeen, Z. et al. Self-medication by orang-utans (Pongo pygmaeus) using bioactive properties of Dracaena cantleyi . Sci Rep 7, 16653 (2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-16621-w


<参考文献>

Gayathri Vaidyanathan. 'Orangutan, heal thyself': First wild animal seen using medicinal plant. nature. (2024). https://www.nature.com/articles/d41586-024-01289-w

 

Daryl Austin. Orangutan seen using medicinal plants to heal a wound for first time ever. National geographic. (2024).

https://www.nationalgeographic.com/premium/article/first-report-wound-treatment-wild-orangutan-using-medicinal-plant

 

【著者紹介】三日月 あかり(みかげ あかり)

生き物大好きなあかり君。生き物の情報を求めて日夜ネットの海を漂っている人。動物の研究について紹介して、みんなが少しでも興味を持ってくれるといいな。

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