ゲノム科学が古代の家族や社会構造を明らかにする:Avar民族のゲノム解析(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024.05.21

古代ゲノムの研究は、おそらく研究人口が少なかったことから、最初はネアンデルタール人やデニソーワ人が暮らしていた時代に集中していたように思うが、急速に研究人口が広がり、多くの研究が我々ホモサピエンスの歴史を扱うようになっている。

 

そのおかげで、例えば、異物や骨だけからは結局推察に過ぎなかったインドヨーロッパ語の起源なども、かなりの説得力でわかるようになってきた。

 

本日紹介する論文

今日紹介する古代ゲノム研究のメッカ、ライプチヒのマックスプランク人類進化学研究所を中心とするドイツとハンガリーからの論文で、このブログでも一度紹介したことのある、東アジアから東ヨーロッパに移動し紀元6世紀から8世紀にかけて存在したAvar民族(https://aasj.jp/news/watch/19476)の墳墓から発見された何百もの骨から採取したDNAを解析し、家族・社会構造を明らかにした研究で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Network of large pedigrees reveals social practices of Avar communities(大きな家系のネットワークからAvar民族の社会慣行が明らかになる)」だ。

 

解説と考察

この研究のすごいのは、ハンガリーで発見されたAvar民族の4つの墳墓から出土した424体の骨からDNA を採取し、平均2カバレージのゲノム解読を行ったことで、古代ゲノムだと考えると大変な仕事だ。これにより、血縁関係の特定できる世代を超えた家族を集めることができ、婚姻を中心に社会や家族のルールを明らかにすることができる。

 

また、異なる地域の墓に埋葬された個体に血縁関係があるかを調べることで、Avar族の家族間のつながりを調べることができる。繰り返すが、すべて400人以上の個体を調べて初めて得られる結果で、これがどのぐらいの実験量なのか私には知るよしもない。

 

一番大きな集団は Rákóczifalva から出土した202人からなる家族で、これまで調べられた他の遊牧民族と同じで、完全に父系家族構成になっている。さらに、近親間の婚姻の後が全く認められないことから、母親はすべて他の家族に由来している。事実、母親として特定されたすべての個体は、同じ場所に父親が発見されない。

 

子供のゲノムと、父母のゲノムを対応させることで、一夫多妻であったこともわかる。2人から4人の妻と家族が形成されている。また、おそらく夫が死亡した場合、その兄弟と女性が結婚することも頻繁に行われていた証拠が見つかっている。

 

次に4つの地域に埋葬されている個体間の血縁関係を調べると、男性では地域間の移動は全く見られないが、女性では地域間の関係を認めることができることから、各地域や異なる家族は、嫁を迎える関係でつながっていたことがわかる。

 

このような家族関係については、他の研究も存在するが、200年という短い期間東ヨーロッパに存在したAvar族では、東ヨーロッパの移動時期から、消滅するまでを一つの家族で世代を追いかけて調べることができる。

 

特に、父系を追跡すると、それまで同じように存在していたいくつかの家系の中から一つの家系が優勢になる歴史の転換点を特定できる。その転換点とは、なんと一人の女性が家系1から、家系2へと移ったタイミングで、家系1が途切れるポイントで、おそらく何らかの政治的変化の結果と考えられる。

 

あとは、Avar民族がアジア由来で、ヨーロッパとの交雑は2割程度と高くなかったこと、ストロンチウムアイソトープから、長距離の移動は行っていないこと、家系によっては一部のメンバーが雑穀のような穀物を多く摂取していたこと、などを示している。

 

本当にいろんなことがわかるということが実感される論文だが、我が国の歴史ももっともっとゲノム科学の光を当てる必要があると思う。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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