ジッとジッと大きくなります。貝殻はどう成長する?

2024.05.01



 暖かい日が続くようになり、食べ物の食べ方も少しずつ冷たいものにシフトしている頃ではないだろうか? バランスをとるために、あっさりとしたすまし汁を付けると、冬を乗り切った体をいたわることが出来る気もする。そんなわけで、毎年423日は4/23シジミの語呂合わせでシジミの日だ。シジミの旬は夏らしいけど……まぁ、深くは考えない!



 シジミは、淡水や汽水に生息する小さな二枚貝だ。私たちの食卓に届くのは2 cm程度の物だが、もちろん生まれた時からこの大きさという訳ではない。少しずつ成長している訳だが、血管や神経で繋がっているわけでもないのに、貝殻が大きくなるのは少し不思議な感じがする。そこで今回は、強靭で堅固な貝殻がどのように成長していくのかについて貝セツ……じゃなくて、解説していく。

少し詳しく 〜貝殻の成長〜

 一口に「大きくする」といっても、その方法は様々だ。

 風船のように内部を詰めていく事で大きくすることもできるし、樹木の枝のように成長するポイントを絞ることで大きくすることもできる。既にあるものを一度無くして、スケールアップして再構築という方法だって取れる。



 それでは貝殻ではどうだろうか?





 当然の事だが、貝殻が大きくなる時、既にある貝殻を完全に捨てて大きな貝を作るということはしない。あまりにも非効率的だからだ。

 また、貝殻は風船のように柔軟性があるわけではないので、貝の本体が大きくなるのに合わせて自然に大きくなるという事もない。

 それでも貝殻が大きくなることが出来るのは、大きくする場所を決めて、そこだけ大きくしているからだ。

 どういうことだろう?



 貝殻をよく観察すると、二枚貝にはふちに沿って半円状に、巻貝では入り口に対して水平な円形の線が見える。これは成長線と呼ばれる、貝殻の成長の様子を表す線だ。樹木にとっての年輪のようなものだと思ってもらえれば良い[注1]



 そして成長線を順々にさかのぼっていくと、二枚貝では蝶番ちょうつがいの根本まで、巻貝ではらせんの先端まで戻ることになる。

 そう、貝は元の貝殻の外縁部に新しい殻を継ぎ足していく事で、大きくしていたのだ[注2]





 貝の殻は全体が成長するのではなく、殻の外縁を広げていく事で大きくなっているという事が分かった。ところで、食べた後の貝殻を放置していても自然に大きくなることはない。貝の本体の働きによって大きくしているからだ。それでは貝の本体は、どのように殻を大きくしているのだろう?

 続いて、殻を大きくする貝本体の働きについて解説していく。



さらに掘り下げ 〜貝殻の生成〜

 ご存知の通り、貝殻を砕くと貝の血液がブシャっと飛び散る……ということはない。貝殻の内部に血管が通っていないからだ。

 貝殻に血管、というより血液が通っていたのであれば説明は簡単だった。血液が貝殻の外縁まで栄養を運んでいる、と説明してしまえば良いからだ。



 とはいえ、血液が通っていないものが成長すること自体はそう珍しいことではない。毛髪や爪なども、末端まで血管が通っているわけではないが、日々着実に成長している。根元に流れる毛細血管が栄養を運んでいるからだ。

 要は栄養を運ぶ存在がどこかにあれば、成長できるのだ。



 それでは貝の本体は、殻を大きくするための栄養をどこから送っているのだろう?





 私たちの爪や毛髪と違い、貝が殻を大きくする場合には最奥ではなく外縁部に直接栄養を送る。その際に必要となるのが、外套膜がいとうまくという器官だ。

 外套膜は貝の本体をぐるりと包む膜で、外套マントの名の通り、ビラビラとした形状をしている[注3]



 殻の外縁まで伸びた外套膜はまず、殻皮がくひと呼ばれる殻を分泌する。

 殻皮が出来たことで貝は、私たちが良く知る頑丈な殻を手に入れることが出来た……とはならない。殻皮は厚さ数十 μm程度の薄い殻で、成分も脂質やタンパク質などだからだ。幼体の頃ならいざ知らず、成熟した体を守るにはあまりにも薄く脆い。



 そこで貝は、殻皮を基材にして炭酸カルシウムCaCO3の層を形成する。炭酸カルシウムはセメントや大理石にも使われる頑丈な成分で、この層を厚くすることで次第に強度が高くなっていく[注4]





 貝の殻は外套膜から分泌されており、殻皮を基材にして炭酸カルシウムの硬い殻を作っていることが分かった。しかしながら、殻皮と炭酸カルシウムだけで、あの頑丈な殻を作ることが出来るのだろうか?

 続いて、殻の強度を高める仕組みについて解説していく。



もっと専門的に 〜貝殻と結晶〜

 黒鉛とダイヤモンドがある。これらはどちらも炭素Cからなる鉱物だが、結晶構造の違いによって硬さが天と地ほど違う。かたや鉛筆の芯として使われるほど脆く、かたや世界最硬の鉱物だ。

 そのため私たちは、目的に応じて黒鉛とダイヤモンドを使い分けることが出来ている。



 それでは貝はどうだろう?





 貝殻の主成分である炭酸カルシウムにもアラゴナイト、カルサイト、バテライトという3種類の結晶多型がある。これら3種のうち貝は、重くて硬いアラゴナイト結晶と、軽くて比較的柔らかいカルサイト結晶を殻に使用している[注5]



 とはいえ、全体を一様に片方の結晶で構成しているわけではない。

 貝は結晶の種類と結晶の方向、そして有機物の比が異なる、微細構造の層を形成することで殻を形成している。

 この微細構造の違いが、殻の強度を高めるうえで重要になる。なぜだろう?





 半分だけ切り取り線の入った紙と、全部に切り取り線の入った紙を想像してほしい[注6]

 全部に切り取り線の入った紙はたやすく裂けるが、半分しか入っていない方は切り取り線の入っていない所でいったん止まる。



 結晶にとって、結晶の方向とは切り取り線のようなものだ。結晶と同じ方向には簡単に割れてしまうが、垂直な方向には強い。

 そのため、同一の結晶で一様に殻を形成するよりも、強度のある貝殻が出来るというわけだ。







 ここまで、貝の殻がどのように成長するのかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 貝殻はかつてはカミソリや包丁などの刃物として利用されていたほどに、高い強度を誇る。破片で指など切ってしまわないように、観察や処理の際には取り扱いに十分注意して行なってほしい。



 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが貝殻の使い道に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。





ちょっとはみ出し 〜貝殻の利用〜

地面を支える!

 悲しいことではあるが、豪雨による災害が近年増加している。豪雨災害の恐ろしい点の一つに、それまで住んでいた土地が、文字通り地面ごと流されてしまうという事がある。これを防ぐためには、都市計画の段階で、水が流れやすくなるよう、よりしっかりと土を固める必要がある。とはいえ、土をいくら固めても、元々隙間が多いため、しっかりと固めるのは困難だ。



 盛り土がより水を流しやすくなるように、貝殻を使って工夫できないかという研究がある。盛り土の浅い部分に破砕した貝殻の層を作ることで、盛り土中に浸透する水の量を減らせないかという試みだ。表面の土の層と貝殻の層との間で、水の浸食が食い止められ豪雨に強くなるというわけだ。知らないうちに、貝殻が私たちの日常を陰から支えているのかもしれない。



水をきれいに!

 きれいな水は、私たちが健康な生活を送るうえで欠かせない存在だ。けれども水は溶媒として優秀過ぎるため、何かに使用すると汚れが溶け込んでしまい、時には病気の原因になることもある。そのため、汚染された水をきれいにして再利用することは、私たちが健康な生活を送り続けるためには、解決しなければならない課題の一つだ。



 貝殻を使って水質を浄化しようという試みがある。貝殻を焼いて粉末にしたものに、水中の汚染物質を吸着させようという研究だ。貝殻の反応時間、焼成物の密度など、コストパフォーマンスが高く吸着効率の高い条件を模索している所だ。私たちの食べた貝の殻が、私たちの水をも救う存在に変化しているようだ。



 

 

参考文献

・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

・奥谷 喬司. 『フィールド図鑑 貝類』. 東海大学出版会.

Clark MS, et al. "Deciphering mollusc shell production: the roles of genetic mechanisms through to ecology, aquaculture and biomimetics". Biol Rev Camb Philos Soc. 2020 Dec;95(6):1812-1837.

Kocot KM, et al. "Sea shell diversity and rapidly evolving secretomes: insights into the evolution of biomineralization". Front Zool. 2016 Jun 7;13:23.

・小林 薫ら. 『斜面浅層部に設けた貝殻層による盛土の豪雨時安定性に関する基礎的研究』. 土木学会論文集B3(海洋開発), 2020, 76 , 2 , p. I_1001-I_1006.

・小林 淳哉. 『ハイドロキシアパタイトの水熱合成へのホタテガイ貝殻利用の特徴』. 廃棄物資源循環学会論文誌, 2022, 33 , p. 170-177.





[注1]成長線はその名の通り成長の頻度を表す線だ。水温が温かく活動が活発になる夏季にはたくさん食べてたくさん成長するので、線と線の間隔が長くなる。対して、寒くてジッとしている冬季はエネルギーを使わないので成長線の間隔は密になる。これを利用して、水温の状態を推測することが出来るようだ。本文に戻る

[注2] 継ぎ足し継ぎ足しというと、そこはかとない秘伝のタレっぽさを感じる。現在葉月は、妙にうなぎを食べたい気持ちで文章を書いております。 本文に戻る

[注3]外套膜と言われてもピンと来ないかもしれないが、貝がお好きな方には「ヒモ」と言えば通じるかもしれない。葉月は貝があまり得意ではないのでピンとこない。別に食べられないわけではないが、グニグニしてて嚙み切れないのがちょっとかなり大分苦手だったりする。 本文に戻る

[注4]貝の殻は年を取っているほど大きく、分厚くなる。大きくなるのは外縁部が広がっているからなのだが、外套膜の全体から殻を厚くするための液体が分泌されている。全体から分泌されているため、殻の古い部分程厚くなっているというわけだ。 本文に戻る

[注5]どの種類の結晶も、炭酸ガスの溶け込んだ水と反応させると溶けてしまう性質がある。そしてこの性質が、昨今の貝の生育環境を脅かしている。さて、炭酸ガス、すなわち二酸化炭素CO2が水中にたくさん溶けているということは、その二酸化炭素はどこから来たのだろうか?本文に戻る

[注6] 本当はここは『さけるチーズ』を例に出したかったのだが、分かりやすさ優先で紙にした。みんなは何色のさけるチーズが好き? 葉月は青いパッケージの奴!本文に戻る



【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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